基本図書を読む2『たのしい川べ』


「基本図書を読む」の2回目は、ケネス・グレーアムの『たのしい川べ』です。

たのしい川べ―ヒキガエルの冒険
ケネス・グレーアム
岩波書店
1963-11-29
 
 
カナダおよびアメリカの児童文学に大きな影響を与えたのリリアン・H・スミスが、『児童文学論』(岩波書店、1964)の中で、「『たのしい川べ』は、ゆたかな心の生んだ、ゆたかな本である。そして、非常な明確さとつややかさをもって書かれ、使われていることばは、韻文のもつ呪力にみちている。文にはリズムがあり、また、アーノルド・ベネットのことばを借りれば、「そこには、森と水辺のうた」が見いだされるので、声をだして読むのに楽しい」(p297)と、書き記しているように、大変美しい文章の本で、欧米の子どもたちが必ず一度は声に出して読んだ経験のある作品です。
児童文学論
リリアン H.スミス
岩波書店
1964-04-20
 
待ちに待った春の気配に、家の中の掃除をほっぽり出して、外へ出ていったモグラを待ち構えていたのは、優しい春の陽ざしと、草原をわたる暖かな風でした。春に誘われて歩き回るうちに、モグラは生まれて初めて川に出会います。その川の流れの表現が、ほんとうに美しく、リズミカルで、声に出して読みたくなるのです。

「川はおいかけたり、くすくす笑ったり、ゴブリ、音をたてて、なにかをつかむかとおもえば、声高く笑ってそれを手ばなし、またすぐほかのあそび相手にとびかかっていったりしました。すると、相手のほうでも、川の手をすりぬけてにげだしておきながら、またまたつかまったりするのです。川全体が、動いて、ふるえて―きらめき、光り、かがやき、ざわめき、うずまき、ささやき、あわだっていました。」(『たのしい川べ』p11)
 
春に誘われて出かけたモグラがやがて川ネズミと出会い、一緒に過ごすうちに、ヒキガエルやアナグマなど個性豊かな仲間たちと出会っていきます。その仲間たちとの友情あふれる日々を、豊かな自然の描写とともに描いています。とりわけ、見栄っ張りで向う見ずなヒキガエルが引き起こす事件は、翻訳者の石井桃子が最初に『ヒキガエルの冒険』(英宝社 1950)として出版したように、物語の中心になっています。

それでも、主人公はあくまでモグラとネズミ。そしてなにより豊かな四季折々の川辺の自然です。
 
児童文学研究者であり、児童文学作家・翻訳家でもあった瀬田貞二も、『瀬田貞二 子どもの本評論集 児童文学論(上)』(福音館書店 2009)の中で、「まことにファンタジーの傑作で」(p160)と評しています。躍動感あふれる文章と、小動物たちが繰り広げる物語の中に、人生の悲喜交々が重層的に織りなされ、おとなにも子どもにも愛される作品になっているとまとめています。

ケネス・グレーアムは、スコットランド生まれのイギリスの児童文学者です。5歳で母親を亡くし、母方の祖母に引き取られて数年を過ごした田舎の自然体験がこの本のベースとなっています。不遇の時代を乗り越えて、家族を持った時に幼い自分の息子に語った話が1冊の本になりました。息子に語る話の中に自分の幼少期に体験した豊かな川の流れと、自然、小さな動物たちが盛り込まれ、やがて『The Wind in the Willows』(『たのしい川べ』の原題)にまとめられたのです。
生き生きと描かれる小動物たちの物語を通して、自然の豊かさ、そこで懸命に生きることの素晴らしさ、友情の尊さを伝えてくれます。なにより、「声に出して」読む、その楽しさを味わえる1冊です。

この度、出版された『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか―「声を訳す」文体の秘密』(竹内美紀 ミネルヴァ書房 2014)では、石井桃子が戦後直ぐに『ヒキガエルの冒険』(英宝社 1950)として翻訳し出版した文章と、1963年に『たのしい川べ』と題して翻訳し直した文章が比較されています。この13年の間に、石井桃子は、岩波書店の編集部で「岩波少年文庫」、「岩波子どもの本」シリーズを創刊し、またアメリカやカナダの図書館を訪問し、帰国後に自宅で「かつら文庫」を開設しています。著者の竹内美紀は、「さまざまな側面から現実の子どもに接し、子どもの読みを考える機会に恵まれた13年間であったといえよう。」(p160)と、書いています。この間に、アメリカでリリアン・H・スミス本人に出会い、『児童文学論』を手渡されて、そちらの翻訳にも携わりました。リリアン・H・スミスとの出会いや、実際に子どもたちに本を手渡す中で、子どもたちに届く翻訳を考え手直ししたことは、とても興味深く思います。

「子どもの本の翻訳」という視点で、児童文学を考えてみるのも面白く、こちらの本もぜひ一読されることをおすすめします。(K・J)

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