基本図書を読む9『アンデルセン―夢をさがしあてた詩人』


 世界中で愛されているデンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンの伝記です。アンデルセンの子ども向けの伝記は、多数出版されていますが、アンデルセンを理想化して描いたものも少なくありません。その中でも、イギリスの作家ルーマー・ゴッテンは、類いまれなる才能を持ち名声を得ながら、鋭敏な感受性のため苦しんでいた、一人の人間としてのアンデルセンを描き出しています。

 
アンデルセン―夢をさがしあてた詩人
ルーマ ゴッデン
偕成社
1994-04


 アンデルセンは、くつ職人の息子として、オーデンセの貧しい家に生まれました。幼いころから、精神異常の祖父の影響で、自分もそうなるのでと怯える一方で、有名になれることを頑なに信じ込んでいるといった複雑な面を持っていました。教育もほとんど受けませんでしたが、14歳のとき俳優になるために首都コペルハーゲンに向かいます。そして、理解ある人たちから助けを得ながら、文学の才能を開花させ、作家として認められていくのです。
 28歳のときにイタリアを舞台にした自伝的要素が強い『即興詩人』を発表し、好評をえます。また、この年には、はじめて書いた童話の4編がおさめられた『子どものための童話集』第一集が刊行されます。批判されると堪え切れず泣き出してしまうといったこともありましたが、アンデルセンの童話は、瞬く間に世界中の子どもたちの間に広まり、愛されるようになります。
 
 ゴッテンは、アンデルセンの作品が愛される理由として、ほかの作家にみられない”完成された形式”があることや、それぞれの物語に詩情が流れていることをあげています。同じ童話作家のペローやグリムなら、「子どもたちは、馬車に乗りこんだ。そして、出発した」といでも書いたであろうところを、アンデルセンなら、「みんなは、馬車に乗りこんだ。かあちゃん、いってきます。とうちゃん、いってきます。ピシリッ、むちが鳴る。ガラガラ、馬車は走り去る。いそげ! いそげ!」と書くだろうと指摘し、この生命、文体のはつらつさこそが彼の特徴なのだと述べています。
 「聖書では、神様が土ぼこりで人間をおつくりになり、その鼻の穴に息を吹きこまれました・・・・・・それで、人間は生命が与えられた、と語られています。アンデルセンの創作にも同じようことが言えるといっても、けっして失礼ということにはならないでしょう。彼も土ぼこりのなかから物語をつくったのですから。ヒナギク、古い街灯、縫い針、カブトムシなどに生命を吹きこみました。アンデルセンが吹きこんだ息は独特のものでした。それは、知恵と、詩と、ユーモアと、清純の錬金術のようなものでした」(P259)
 
 本書は、実際の作品や、手紙、日記を紹介しながら、アンデルセンの内面や不思議な魅力に迫っています。また、人々の肖像画や風景の写真、物語の挿絵が掲載されていて、時代の雰囲気や交流した人たちの様子が伝わってきます。デンマークやヨーロッパの地図もあり、巻末には発表した作品や交流関係を記した年表もあるので、出来事を整理することができます。充実した資料と、作家ゴッテンの的確な洞察と表現が、見事に生きている伝記です。これまで、アンデルセンの作品に親しんできた子にも、名前は知っていたけれどもじっくりと作品を読んだことがない子にも、アンデルセンの人となりに触れ、改めて作品を深く味わうきっかけとなってくれる本でしょう。
 
「アンデルセンは王である。なぜなら、生命あるものと生命ないものの魂のなかに、誰も彼のようにはいりこむことはできなかったからである。」
(『本・子ども・大人』 ポール・アザール著 紀伊國屋書店 1957 P143)
 
本・子ども・大人
ポール アザール
紀伊國屋書店
1957-01
 
フランスの文学史家によって書かれた、60年近く読み継がれている児童文学論の古典的名著です。少し難しい内容ですが、子どもと本の本質が、美しい表現で書かれています。ぜひ一読したい1冊です。アンデルセンについても「童話の王様アンデルセン」として、論じられています。
(T.S)

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