訃報 まついのりこさん


今月、また子どもの本の作り手の訃報が飛び込んできました。絵本&紙芝居作家のまついのりこさんが、2017年2月12日に亡くなられたとのこと。82歳だったそうです。(ニュース記事→こちら

2011年5月にクレヨンハウスでまついのりこさんの講演を聞きました。その時のお話が今も胸に残っています。

じゃあじゃあびりびり (まついのりこのあかちゃんのほん)
まつい のりこ
偕成社
2001-08
 
 
 

 

その講演のことを綴った日記にこんなことを記していました。
「まついさんは1934年生まれの77歳。1931年に日本は15年戦争に突入し、45年まついさんが9歳の時に終戦を迎えています。まさに子ども時代がすっぽりと戦時中に重なっているのです。子ども心に覚えているのは、色彩のない世界。美しいもの、きれいなもの、本物が圧殺され、「生きる意味」を問う文化というもの、本物の文化を創ろうとする人を弾圧していた時代と重なっていたのです。
 まついさんのお父様は、経済学者でいらしたのですが、まついさんが小4の時に治安維持法により逮捕、抑留されるという経験もなさっています。弾圧されていた時代に子ども時代を過ごされていたので、27歳の時、上のお子さんの子育て中に福音館書店の月刊こどものとも、かこさとし作『だむのおじさんたち』(1959年発行)と出会った、大きな衝撃を受けたというのです。絵本というものが持つ文化の光、本物が放つ光を、そこに感じたのだそうです。
 まついさんのすごいところは、絵本の持つ力を感じたことで、自分も絵本を描きたい、絵本を作りたいと思ったということ。子育てをしながら、28歳で武蔵野美術大学に入学し、絵を描くということを一から学ばれたのでした。当時は、今のように社会人入学という制度もなく、ましてや子育てをしながらの大学での学びは、容易ではなかったはずですが、子ども時代に文化というものから隔離されていたという渇望が、まついさんをそこまで突き動かしたでした。
 32歳で美大を卒業された後、さて絵本を作ろうと思ったものの、デッサンや油絵を美大で学んだものの、自分は絵本の作り方は学んでこなかったと、戸惑ったそうです。しかし卒業した年に次女が生まれ、「私はこの子に対して絵本を描こう」と決意されたのです。
 生まれ出た人間の子は、人間になりたいという本能を持っている。“生きるとはなにか”その意味を知りたいという欲求を持っている。そういう知的好奇心を持って生まれた我が子が喜ぶ絵本を作ろうと決意され、我が子のために何作も作ってこられました。それらは、子どもが心の底から喜ぶもの、奥底から光ってくるものを描いてこられたのです。36歳の時、最初にお子さんに作った絵本が、『じゃあじゃあびりびり』でした。」

子どもたちが楽しみながら理解できるよう工夫がされた行事の絵本や、数字・ひらがななどの知識の絵本もたくさん作られました。

『ひらがなのほん』まついのりこ/作 福音館書店 かがくのとも傑作集 1971

ひらがなのほん (かがくのとも傑作集―わくわくにんげん)
まつい のりこ
福音館書店
 
 
 
 
 
『とけいのほん1』まついのりこ/作 福音館書店 1993
とけいのほん1 (幼児絵本シリーズ)
まつい のりこ
福音館書店
1993-03-15
 
 
 
 
 
読み手と聞き手が一緒に楽しめる紙芝居作品をたくさん作られました。
 
『おおきくおおきくおおきくなあれ』まついのりこ/作 童心社 1983
『みんなでぽん!』まついのりこ/作 童心社 1987
 
また、日本独自の文化である紙芝居を世界各地へ普及しようとして、「紙芝居文化の会」代表も長く務められました。紙芝居の演じ方の本も何冊か出されています。
 
『紙芝居の演じ方Q&A』まついのりこ/作 童心社 2006
紙芝居の演じ方 Q&A (単行本図書)
まつい のりこ
童心社
2006-10-31
 
 
 
 
心より冥福をお祈り申し上げます。

(作成K・J)