基本図書を読む35『西遊記』呉承恩


今月の基本図書は、呉承恩作『西遊記』です。岩波少年文庫(伊藤貴麿/訳 1955)と、読み比べた上で、君島久子が翻訳した福音館書店の本で紹介します。(今回は福音館文庫で読みました)

『西遊記(上)』呉承恩/作 君島久子/訳 瀬川康男/画 福音館書店 1975

西遊記(上) (福音館古典童話シリーズ (15))
呉 承恩
福音館書店
1975-07-15
 
 
 

『西遊記(下)』呉承恩/作 君島久子/訳 瀬川康男/画 福音館書店 1976

 

 

花果山の頂きにあった仙石から孵った石猿は、知恵も力も優れていたので、猿の群れの王座につき美猴王と名乗るようになります。そうやって五百年が経ったころ、仙人になろうとして斉天大聖となり、孫悟空という名前をいただきます。しかし仙力が強いことをよいことにやりたい放題。天宮を大いに騒がせ、お釈迦様に五行山の下に閉じ込められます。そのまた五百年後に縁があって三蔵法師に出会い、取経の旅に猪八戒、沙悟浄とともに同行することになります。物語は、西天目指して幾山河越えていく4人に、次々と困難が襲ってくる様が描かれています。これでもか、これでもかと次々襲いかかる妖怪変化の群れを、悟空たちが知恵と力を使って倒し、八十一の災厄艱難を切り抜け、ついには目的地にたどり着き、無事に経典をいただくまでが、百回の物語にまとめられています。

如意金箍棒を片手に觔斗雲に乗って、ひとっ飛びで十万八千里を越えることの出来る孫悟空の姿は、本だけではなく、映画やアニメーション、ゲームにもなっていて、知らない人はいないでしょう。妖術あり、心躍る冒険あり、唐の皇帝太宗や仏典を求めてインドへ旅をした玄奘など歴史上の人物も登場する壮大なファンタジー物語は、読む人の心を惹きつける魅力があります。乱暴者の孫悟空が健気にも三蔵を必死で守る姿や、食い意地がはって欲得に溺れて道を踏み外すけれども愛嬌のある猪八戒、一途に三蔵に仕える沙悟浄と、三蔵法師を守る三人の個性豊かなお供にも親しみがわきます。

今年1月に出版された『子どもの本のよあけー瀬田貞二伝』(荒木田隆子/著 福音館書店)には、瀬田貞二さんがインタビューに答えて「ぼくは『西遊記』って小学校三年のとき読んで、それでそれ以来なんべん読んだかわからないです。大好きなもののひとつですね」と答えている箇所があります。(『子どもの本のよあけー瀬田貞二伝』p323)

子どもの本のよあけ―瀬田貞二伝 (福音館の単行本)
荒木田 隆子
福音館書店
2017-01-11
 
 
 
 

『王さまと九人のきょうだい』(君島久子/訳 赤羽末吉/画 岩波書店 1969)という中国昔話絵本の翻訳でも知られる君島久子さんによる福音館書店版『西遊記』は、声に出して読むとますます滑らかに物語が進み、その面白さを倍増させます。

 

たとえば、「なんじは妖怪か魔物か。我をたぶらかしにやって来たのか。我は公明正大の僧、大唐の勅命を奉じて、西天へ経を求めに行く者。三人の弟子があり、いずれも降竜伏虎の豪傑、妖魔を除く壮士。かれらに見つかれば、その身はみじんに砕かれるであろうぞ。」(第三十七回)、「なんだと。知らざあ言ってきかせよう。我々は、東土大唐より勅命にて、西天へ取経に行く聖僧の弟子だ。(中略)耳をそろえてそっくり返せば、命だけはかんべんしてやる」(第四十七回)という言葉は、目で追って読むよりも、実際に声に出して読んでみると、味わい深いものがあります。

西遊記〈上〉 (福音館文庫 古典童話)
呉 承恩
福音館書店
2004-01-20
 
 

 

西遊記〈中〉 (福音館文庫 古典童話)
呉 承恩
福音館書店
2004-01-20

 

 

西遊記〈下〉 (福音館文庫 古典童話)
呉 承恩
福音館書店
2004-01-20


 

福音館書店版は、「現存する「西遊記」のテキストとして最も古いものの一つ、明代(14~17世紀)に刊行された金陵世徳堂本を底本として、清代(17世紀~20世紀)に出された六種の刻本により校訂を行ない、北京人民文学出版社より刊行した「西遊記」に拠って訳したもの」(「はじめに」より)をもとにして訳出されています。

あとがきには、「作者は呉承恩(1500年~1583年)といっても、明代や清代の古い「西遊記」には作者の署名がなく、呉承恩が書いたという確かな証拠があるわけではありません。あるいは、この物語をまとめ、すぐれた文学作品に仕上げたのが呉承恩であったのかも知れません。」(「訳者あとがき」より)として、南宋時代に著された「大唐三蔵取経詩話」以降、多くの民衆に語り継がれ、「西遊記」という壮大なファンタジーになっていったのではと記されています。

また、福音館書店版は瀬川康男さんの挿し絵がとても目を引きます。この作品に取り掛かっている時、瀬田貞二さんと一緒に宋や明の時代の絵入り古版本を見ており、そうした絵の伝統も受け継いだ作品として仕上がっていると、先の『子どもの本のよあけ』にも記されています。(『子どもの本のよあけ』p324)

「王さまと九人の兄弟」の世界
君島 久子
岩波書店
2009-07-03
 
 
 

君島久子さんは、エッセイ『「王さまと九人の兄弟」の世界』(岩波書店 2009)の中で、孫悟空が刀や斧で切りつけられても死なず、八卦炉の中で錬成されても無事でるのは『王さまと九人のきょうだい』に出てくる「きってくれ」「ぶってくれ」などとの相似しており、天上の話から地獄の音まで聞き分ける聴力はリー族に伝わる「五人兄弟」に出てくる「千里耳」と相似しているなど、中国のさまざまな民族に伝わる多兄弟の昔話との関連を、「このように『西遊記』では、孫悟空が一人で、「九人兄弟」や「十人兄弟」のあらゆる超能力をそなえており、三面六臂の活躍を演じています。どんなに恐ろしく強大な相手にも負けないスーパーヒーロー孫悟空と、「九人兄弟」や「十人兄弟」には、どちらにも、大きな権力に屈しまいとする民衆の願いがこめられているように思われてなりません。」(p105「『西遊記』孫悟空の超能力」)と述べています。

三蔵法師のモデルとなった玄奘(602年~664年)は、隋王朝から唐王朝に代わった629年、太宗の時代に、仏教の研究のために原典を求めようと、西域を抜け、西トルキスタン、サマルカンドを通って、インドのガンダーラに到着、ナーランダ学院で仏典の研究を行い、645年に長安に戻ってきます。その後、「大唐西域記」を著しますが、彼の壮挙はその後広く語り伝えられるようになります。宋代(10世紀~13世紀)にすでに語り物として流行し、「大唐三蔵取経詩話」が書かれていたと、『西遊記』の「はじめに」にも記されています。元の時代には、「西遊記」として芝居として演じられるようになり、物語が次第に膨らんでいったようです。君島久子さんが書いているように、王朝が次々に変わっていく中国の歴史に翻弄される民衆が、語り伝えながら逞しい想像力で練り上げていった物語であり、だからこそ読む者を惹きつけるのだと思います。

今の子どもたちは自分で読むのは難しいかもしれませんが、ひとつひとつの回は短いので、ご家庭でぜひ読み聞かせをしてほしいと思います。「さて、次はどのようになるのでしょうか。次回をお楽しみに。」という言葉に促されて、きっと楽しみに聞くことでしょう。

(作成K・J)