基本図書を読む36『ムギと王さま』『天国を出ていく』エリナー・ファージョン


 36回目の「基本図書を読む」は、エドワード朝のイギリスで活躍した女性作家エリナ―・ファージョンの『ムギと王さま 本の小べや1』、『天国を出ていく 本の小べや2』(共に石井桃子/訳 岩波書店 岩波少年文庫)です。これらは、ファージョンが77歳の時(1955年)に、それまで書いた作品の中から27編の短編を自ら選んで一冊の本、『THE LITTLE BOOKROOM』(邦題 『本の小部屋』)として出版したものです。

『ムギと王さま 本の小べや1』エリナー・ファージョン/作 石井桃子/訳 岩波少年文庫 岩波書店 2001

ムギと王さま―本の小べや〈1〉 (岩波少年文庫)
エリナー ファージョン
岩波書店
2001-05-18
 
 
 
 
『天国を出ていく 本の小べや2』エリナー・ファージョン/作 石井桃子/訳 岩波少年文庫 岩波書店 2001
 

 

ファージョン作品集3『ムギと王さま』(石井桃子/訳 岩波書店 1971)では、原作と同じ27編が収められていますが、岩波少年文庫として出版される時に、14編と13編に分けられました。

 『ムギと王さま ファージョン作品集3』エリナ―・ファージョン/作 石井桃子/訳 岩波書店 1971

ムギと王さま (ファージョン作品集 3)
エリナー・ファージョン
岩波書店
1971-09-08

 

本の表紙画は、『チムとゆうかんなせんちょうさん』(瀬田貞二/訳 福音館書店)、『時計つくりのジョニー』(あべきみこ/訳 こぐま社)などでおなじみのエドワード・アーディゾーニで、たくさんの本に囲まれて、読書に没頭する子どもの姿が描かれています。

「作者まえがき」には、“わたくしが子どものころに住んでいた家には、わたくしたちが「本の小部屋」とよんでいた部屋がありました。なるほど、その家の部屋は、どの部屋も、本の部屋といえたかもしれません。”(『ムギと王さま』p3)と、子ども部屋も、父の書斎も、食堂も居間も、寝室も本であふれていたことが書かれています。

 そして「本の小部屋」について、次のように語っています。“わたくしに魔法のまどをあけてみせてくれたのは、この部屋です。そこのまどから、わたくしは、じぶんの生きる世界や時代とはちがった、またべつの世界や時代をのぞきました。詩や散文、事実や夢に満ちている世界でした。その部屋には、古い劇や歴史や、古いロマンスがありました。迷信や、伝説や、またわたくしたちが「文学のこっとう品」とよぶものがありました。”(『ムギと王さま』p4~5)

そうしたものに夢中になった子ども時代があったからこそ、ファージョンは詩や、子どものための創作物語を書くようになっていくのです。そして、77歳で出版した『THE LITTLE BOOKROOM』で、1956年にイギリスで出版された最もすぐれた子どもの本に贈られるカーネギー賞と、初の国際アンデルセン賞を受賞しました。

イギリス児童文学研究者の中野節子らは、『作品を読んで考えるイギリス児童文学講座4 花ひらくファンタジー』(中野節子・水井雅子・吉井紀子/著 JULA出版局 2012)の中で、“「イギリスのアンデルセン」といわれたエリナ―の特徴をよく伝える創作妖精物語の傑作が収められている。”と、この作品について評しています。

花ひらくファンタジー (作品を読んで考えるイギリス児童文学講座)
中野 節子
JULA出版局
2012-05

 

 

表題作の「ムギと王さま」は、お人よしの少年ウィリーがエジプトのラー王との不思議な問答を語ってくれるというお話です。エジプト王の持つ財宝よりも自分の父親が丹精込めて作ったムギのほうが金色だと信じるウィリーの純粋な気持ちと、空想の中で語られる問答に思わず引き込まれます。

「貧しい島の奇跡」では、貧しい島を訪問してくれる女王のために大切なバラの花を犠牲にして水たまりを埋めたロイスの心に報いるように、女王亡き後に起こる奇跡を描いています。純真な子どものひたむきさと、それが身分の高い人の気持ちを動かすという物語は、静かな感動がすっと心にしみわたりました。

ひいおばあちゃんのそのまたひいおばあちゃんの時代から代々受け継がれてきた子守歌を、百十歳のひいおばあちゃんのために歌ってあげる十歳のひ孫グリゼルダを描く「《ねんねはおどる》」は、健気な少女の姿に心を打たれます。

「サン・フェアリー・アン」というお話もまた印象的です。第二次世界大戦でリトル・エグハム村に疎開してきたキャシーはずっと心を閉ざしていました。それは大事にしていた人形のサン・フェアリー・アンを、いたずらっ子によって池の中に投げ込まれてしまったからでした。この人形は、第一次世界大戦前にフランスで作られ代々女の子に受け継がれていたもので、終戦後、フランスに従軍していたキャシーの父親が廃墟の中から拾って娘に渡したものだったのです。心を閉ざしているキャシーを気にしていたレイン先生の奥さんは、ある時干上がった池が不衛生なのを見て、池の掃除をします。最後に出てきたのがサン・フェアリー・アンでした。レイン先生の奥さんはその人形を見て驚きます。それこそ、自分がフランスにいた時、母から譲られ大切にしていた人形だったからです。幾世代も女の子たちの手を経て大切にされてきた人形が、キャシーのその後の人生を変えていくこのお話も、心を動かします。 

 27の短い物語は、どれも不思議で面白く、それぞれに歌うようなことばで、ファージョンが作り上げた想像の世界に私たちを誘ってくれます。この歌うようなことば、詩のようなことばこそファージョンの魅力なのでしょう。

『ファージョン自伝 わたしの子供時代』(エリナ―・ファージョン/著 中野節子/監訳 広岡弓子・原山美樹子/訳 西村書店 2000)によると、ファージョンの子ども時代、さまざまな生活の場面に歌があったと書かれています。ゲームの時に子どもたちがポーズを決めるときも、「はい、ポーズ」というメロディを母親がピアノで弾いていたというのです。(第5章 1890年代の子供部屋 p259)

この自伝にはあちこちに、遊びの中で歌われていたメロディが採譜されて掲載されています。

ファージョン自伝―わたしの子供時代
エリナー ファージョン
西村書店
2000-02
 
 
 

 エリナ―・ファージョンは1881年、ロンドンに生まれます。父親は貧しい生まれのユダヤ系イギリス人でしたが、ニュージーランドで新聞を発行する仕事につき、その後ベストセラー作家となってイギリスに戻ってきます。母親は、その作品愛読していたというアメリカの俳優ジョーゼフ・ジェファソンの娘マーガレットです。ふたりの間には、兄ハリー、そしてエリナ―、弟ジョーゼフ、ハーバート(ほかに夭折したエリナ―の兄チャールズもいた)の子どもたちがいましたが、兄弟は学校には通うことなく育ちました。ファージョンが物語のまえがきに書いた「本の小部屋」で、古今東西のさまざまな本に出会うことによって、さまざまな知識を得、想像の世界を広げていったのです。

この自伝は1935年にイギリスで出版されました。克明に自分たちの両親のこと、そして子ども時代のことが記されており、その中にはエリナ―・ファージョンの作品の魅力を理解するためのヒントがたくさん散りばめられています。

 ファージョンの作品は、一部では古臭いと評する人もいるようですが、想像の翼を広げて物語の世界に深く入り込んでいくことを好む子どもたちには、今でも手渡すことの出来る作品です。また、歌うようなことばで綴られた物語は、耳から聴いて心地よく語りのテキストとしておすすめです。

 

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2014年4月より毎月1回長く読み継がれてきた児童文学を紹介してきた「基本図書を読む」の連載は、36回をもって最終回とします。

第1回目の冒頭には、もう一人の執筆者T・S(のちにT・I)が
“「何か楽しい本ない?」と聞かれたとき、ブックトークを作成するとき、新刊図書の購入を検討するときなど、業務を行ううえで、本を選ぶ場面はたくさんあります。資料を選択するためには、その資料を評価しなければならず、資料を選ぶ判断基準が必要になってきます。判断基準をつくるには、とにかくたくさん本を読むことですが、とりわけ基本図書とよばれている本を読むことは、大きな力となってくれます。

基本図書とは、長い間子どもに愛され、読み継がれてきた本を言います。時の試練を経ても色あせることがない、読書の喜びを与えてくれる本で、図書館の蔵書の核となっています。基本図書を読むことで、子どもたちが本質的にどんなものを求めているのか、質の高い作品とはどのようなものなのか、図書館員としてどのようなものを手渡していくべきかが、自ずとみえてきます。

H26年度「本のこまど」では、「基本図書を読む」というテーマで、毎月1冊の本を紹介する予定です。大人になっても楽しめる作品ばかりですが、子どもたちはどんなふうに読んでいるのだろうという視点も持って、味わってみてください。12冊の中から、みなさまにとっても、心に残る大切な1冊が見つかり、仕事をしていくうえで力になってくれればと思っています。”

と記しました。

当初、1年だけで終わる予定だった連載を3年続けて来られたのは、私たちが子ども時代に読んだ本が、「子どもに本を手渡す」という今の仕事を支えてくれているという思いがあったからです。3年間で36冊を紹介できたことは、私たちにとっても喜びです。

この度、共に記事を書いてきた室員が産休に入ったこともあり、連載を終わることにしました。長い間、読んでくださりありがとうございました。

過去の記事はこちらから遡って読むことが出来ます。→「基本図書を読む

(作成K・J)