子どもに本を手渡す人にぜひ読んでほしい2冊


今年1月に出版されていながら、手に取るのが遅くなって紹介しそびれていた本が2冊あります。

1冊は子どもの本を専門にする出版社、福音館書店を作り上げてこられた松居直氏の絵本づくりへの篤い思いを膨大なインタビューの中からまとめあげた藤本朝巳著『松居直と絵本づくり』で、もう1冊は長く家庭文庫活動をされた後、54歳の時(1994年)にイギリスに留学し、6年間ヴィクトリア時代の絵本研究をされた当時の様々な記録をまとめた正置友子著『イギリス絵本留学滞在記ー現代絵本の源流ウォルター・クレインに魅せられてー』です。

 

『松居直と絵本づくり』藤本朝巳/著 教文館 2017/1/30

松居直と絵本づくり
藤本 朝巳
教文館
2017-01-25

白百合女子大学大学院に児童文学を学ぶ博士課程が開設された時、男性でありながら院生として迎えられた著者が、講師と院生として出会った福音館書店編集者の松居直氏に絵本や絵本の編集について多くのことを聞き取り記録されたことを1冊にまとめられました。膨大なインタビューの内容は、実は2012年から2014年にかけて、ミネルヴァ書房からシリーズ・松居直の世界として3冊出版されたいます。(『松居直・自伝ー軍国少年から児童文学の世界へ』2012/1/20刊、『松居直と「こどものとも」』2013/7/20刊、『翻訳絵本と海外児童文学との出会い』2017/7/15刊)
そのシリーズとは別の形で、しかも大変読みやすいコンパクトな形で、手に出来ることは、私たち、子どもたちに本を手渡すものにとってはありがたいことです。
戦後日本の絵本を語る時に、松居直氏と福音館書店の月刊「こどものとも」を避けて語ることはできません。この本を読むことによって、長く読み継がれている絵本が、編集者のどのような篤い思いから作られて来たのか、その一端を知ることができるでしょう。

第1部「こどものとも」の編集と松居直
第2部 松居直と名作絵本作り
第3部 松居直とともに絵本を作った人々
第4部 ロングセラーと新しい絵本

以上の4部構成となっており、私たちがよく知っている作品や作者についてわかりやすく解説されているので、親しみをもって読むことができます。
創刊当時から子どもに手渡す本であるからこそ、芸術性の高い絵本づくりを目指した「こどものとも」と松居直氏の姿勢は、デジタル時代を迎えた現代の子どもたちにどのような絵本を手渡していくのか、残していくのかを考えるのにも多くのヒントを与えてくれます。


『イギリス絵本留学滞在記ー現代絵本の源流ウォルター・クレインに魅せられてー』正置友子/著 風間書房 2017/1/31

イギリス絵本留学滞在記
正置 友子
風間書房
2017-02-13
 
著者の正置友子氏は、大学卒業後結婚され、子育ての傍ら、大阪千里ニュータウンで家庭文庫(青山台文庫)活動をずっと続けてこられています。子どもたちに直接本を手渡す活動をする中で、絵本についてもっと学びたい、絵本の歴史について深く研究したいと考え、古今の絵本の蔵書があり、絵本という芸術について造詣の深い研究者のいるところとしてイギリスへ留学します。その時点で、著者は54歳になっており。自分のお子さん達は成人していました。
イギリスでは、ウォルター・クレイン(1845~1915)の絵本に出会い、その運命的な出会いからヴィクトリア時代(1837~1901)の絵本の歴史を研究し、6年後に1千ページに及ぶ英文と900枚の図版入りの博士論文にまとめられました。それが、ヴィクトリア時代の絵本研究として世界で初めての本格的な研究であり、子どもの本の優れた歴史研究であると認められイギリスの子どもの本歴史協会から2008年に「ハーベイ・ダートン賞」を授与されました。
イギリスでの生活のこと、出会った人々のことなど、留学中のさまざまなエピソードが盛りだくさんで読み物として面白く、一気に読んでしまいました。
その中で、一番心に残ったのは、ロンドンの新聞図書館で著者が見つけた新聞記事でした。今から150年前の1865年12月12日づけの出版業界新聞『ブックセラー』の中に記されている言葉です。

「本を制作するとき、子どもの本を作製するときほど、いっそうの熟練の技と、良いセンスに培われた細やかな配慮とが必要とされる分野はないであろう。にもかかわらず、このことは概してなおざりにされてきた。子どもたちにはまるでガラクタモノで充分だというふうに考えられている。なんというひどい間違いだ!もし可能であるならば、本当に美しいもの、純粋なもの、良いものだけが、子ども時代の感じやすい目と耳に提供されるべきである。」(「第4部 ヴィクトリア時代の絵本に魅せられて 第6章 児童文学史上重要な一八六五年 第1節 子どもたちには最高の絵本を手渡すべきであるー一八六五年十二月」p202)
 
 松居直氏が、「こどものとも」で目指した絵本づくりの目標が、すでに150年前のイギリスで掲げられていたこと、そしてヴィクトリア時代の絵本にはウォルター・クレインをはじめとして、そのような作品が生み出されていたことを、この本を通して再確認できました。
 
 この本の「おわりに」で、著者はイギリス留学中に、自分の母と父を相次いで天国へ見送ったことが記されていました。ロンドンとご実家のある名古屋を何度も行き来されたこと、父危篤の知らせを受けた時に英国航空がしてくれた粋な計らいを読んだ時には思わず涙がこぼれました。
 この本を手にすることによって、絵本の研究を志す若い世代が現れることを期待するとも記されています。絵本の研究分野には、文学にも芸術にもデザインにも保育学にも押し込めることのできない広さと奥行を内包しているとして、絵本学の構築を目指して、今また大阪大学の大学院で学んでいるという正置氏。女性の生き方、学び続けることの価値についても教えてくださっていると感じました。
 
この2冊の本は、子どもたちに本を手渡す活動をされている方々にはぜひ読んでほしいと思います。

(作成K・J)