基本図書を読む

基本図書を読む36『ムギと王さま』『天国を出ていく』エリナー・ファージョン
基本図書を読む35『西遊記』呉承恩
基本図書を読む34『人形の家』ルーマー・ゴッデン
基本図書を読む33『シートン動物記3 カランポーのオオカミ王 ロボ』 アーネスト・T・シートン
基本図書を読む32『ニルスのふしぎな旅』セルマ・ラーゲルレーヴ
基本図書を読む31『クラバート』プロイスラー
基本図書を読む30『エイブ・リンカーン』 吉野源三郎
基本図書を読む29『時の旅人』アリソン・アトリー
基本図書を読む28『注文の多い料理店』『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』宮沢賢治(8/4追記あり)
基本図書を読む27『ピーター・パンとウェンディ』J・M・バリー
基本図書を読む26『風と木の歌』 安房直子
基本図書を読む25『ハイジ』ヨハンナ・シュピーリ
基本図書を読む24『ジャングル・ブック』 R・キップリング
基本図書を読む23『ゲド戦記Ⅰ影との戦い』ル=グウィン
基本図書を読む22『トムは真夜中の庭で』フィリッパ・ピアス

基本図書を読む36『ムギと王さま』『天国を出ていく』エリナー・ファージョン


 36回目の「基本図書を読む」は、エドワード朝のイギリスで活躍した女性作家エリナ―・ファージョンの『ムギと王さま 本の小べや1』、『天国を出ていく 本の小べや2』(共に石井桃子/訳 岩波書店 岩波少年文庫)です。これらは、ファージョンが77歳の時(1955年)に、それまで書いた作品の中から27編の短編を自ら選んで一冊の本、『THE LITTLE BOOKROOM』(邦題 『本の小部屋』)として出版したものです。

『ムギと王さま 本の小べや1』エリナー・ファージョン/作 石井桃子/訳 岩波少年文庫 岩波書店 2001

ムギと王さま―本の小べや〈1〉 (岩波少年文庫)
エリナー ファージョン
岩波書店
2001-05-18
 
 
 
 
『天国を出ていく 本の小べや2』エリナー・ファージョン/作 石井桃子/訳 岩波少年文庫 岩波書店 2001
 

 

ファージョン作品集3『ムギと王さま』(石井桃子/訳 岩波書店 1971)では、原作と同じ27編が収められていますが、岩波少年文庫として出版される時に、14編と13編に分けられました。

 『ムギと王さま ファージョン作品集3』エリナ―・ファージョン/作 石井桃子/訳 岩波書店 1971

ムギと王さま (ファージョン作品集 3)
エリナー・ファージョン
岩波書店
1971-09-08

 

本の表紙画は、『チムとゆうかんなせんちょうさん』(瀬田貞二/訳 福音館書店)、『時計つくりのジョニー』(あべきみこ/訳 こぐま社)などでおなじみのエドワード・アーディゾーニで、たくさんの本に囲まれて、読書に没頭する子どもの姿が描かれています。

「作者まえがき」には、“わたくしが子どものころに住んでいた家には、わたくしたちが「本の小部屋」とよんでいた部屋がありました。なるほど、その家の部屋は、どの部屋も、本の部屋といえたかもしれません。”(『ムギと王さま』p3)と、子ども部屋も、父の書斎も、食堂も居間も、寝室も本であふれていたことが書かれています。

 そして「本の小部屋」について、次のように語っています。“わたくしに魔法のまどをあけてみせてくれたのは、この部屋です。そこのまどから、わたくしは、じぶんの生きる世界や時代とはちがった、またべつの世界や時代をのぞきました。詩や散文、事実や夢に満ちている世界でした。その部屋には、古い劇や歴史や、古いロマンスがありました。迷信や、伝説や、またわたくしたちが「文学のこっとう品」とよぶものがありました。”(『ムギと王さま』p4~5)

そうしたものに夢中になった子ども時代があったからこそ、ファージョンは詩や、子どものための創作物語を書くようになっていくのです。そして、77歳で出版した『THE LITTLE BOOKROOM』で、1956年にイギリスで出版された最もすぐれた子どもの本に贈られるカーネギー賞と、初の国際アンデルセン賞を受賞しました。

イギリス児童文学研究者の中野節子らは、『作品を読んで考えるイギリス児童文学講座4 花ひらくファンタジー』(中野節子・水井雅子・吉井紀子/著 JULA出版局 2012)の中で、“「イギリスのアンデルセン」といわれたエリナ―の特徴をよく伝える創作妖精物語の傑作が収められている。”と、この作品について評しています。

花ひらくファンタジー (作品を読んで考えるイギリス児童文学講座)
中野 節子
JULA出版局
2012-05

 

 

表題作の「ムギと王さま」は、お人よしの少年ウィリーがエジプトのラー王との不思議な問答を語ってくれるというお話です。エジプト王の持つ財宝よりも自分の父親が丹精込めて作ったムギのほうが金色だと信じるウィリーの純粋な気持ちと、空想の中で語られる問答に思わず引き込まれます。

「貧しい島の奇跡」では、貧しい島を訪問してくれる女王のために大切なバラの花を犠牲にして水たまりを埋めたロイスの心に報いるように、女王亡き後に起こる奇跡を描いています。純真な子どものひたむきさと、それが身分の高い人の気持ちを動かすという物語は、静かな感動がすっと心にしみわたりました。

ひいおばあちゃんのそのまたひいおばあちゃんの時代から代々受け継がれてきた子守歌を、百十歳のひいおばあちゃんのために歌ってあげる十歳のひ孫グリゼルダを描く「《ねんねはおどる》」は、健気な少女の姿に心を打たれます。

「サン・フェアリー・アン」というお話もまた印象的です。第二次世界大戦でリトル・エグハム村に疎開してきたキャシーはずっと心を閉ざしていました。それは大事にしていた人形のサン・フェアリー・アンを、いたずらっ子によって池の中に投げ込まれてしまったからでした。この人形は、第一次世界大戦前にフランスで作られ代々女の子に受け継がれていたもので、終戦後、フランスに従軍していたキャシーの父親が廃墟の中から拾って娘に渡したものだったのです。心を閉ざしているキャシーを気にしていたレイン先生の奥さんは、ある時干上がった池が不衛生なのを見て、池の掃除をします。最後に出てきたのがサン・フェアリー・アンでした。レイン先生の奥さんはその人形を見て驚きます。それこそ、自分がフランスにいた時、母から譲られ大切にしていた人形だったからです。幾世代も女の子たちの手を経て大切にされてきた人形が、キャシーのその後の人生を変えていくこのお話も、心を動かします。 

 27の短い物語は、どれも不思議で面白く、それぞれに歌うようなことばで、ファージョンが作り上げた想像の世界に私たちを誘ってくれます。この歌うようなことば、詩のようなことばこそファージョンの魅力なのでしょう。

『ファージョン自伝 わたしの子供時代』(エリナ―・ファージョン/著 中野節子/監訳 広岡弓子・原山美樹子/訳 西村書店 2000)によると、ファージョンの子ども時代、さまざまな生活の場面に歌があったと書かれています。ゲームの時に子どもたちがポーズを決めるときも、「はい、ポーズ」というメロディを母親がピアノで弾いていたというのです。(第5章 1890年代の子供部屋 p259)

この自伝にはあちこちに、遊びの中で歌われていたメロディが採譜されて掲載されています。

ファージョン自伝―わたしの子供時代
エリナー ファージョン
西村書店
2000-02
 
 
 

 エリナ―・ファージョンは1881年、ロンドンに生まれます。父親は貧しい生まれのユダヤ系イギリス人でしたが、ニュージーランドで新聞を発行する仕事につき、その後ベストセラー作家となってイギリスに戻ってきます。母親は、その作品愛読していたというアメリカの俳優ジョーゼフ・ジェファソンの娘マーガレットです。ふたりの間には、兄ハリー、そしてエリナ―、弟ジョーゼフ、ハーバート(ほかに夭折したエリナ―の兄チャールズもいた)の子どもたちがいましたが、兄弟は学校には通うことなく育ちました。ファージョンが物語のまえがきに書いた「本の小部屋」で、古今東西のさまざまな本に出会うことによって、さまざまな知識を得、想像の世界を広げていったのです。

この自伝は1935年にイギリスで出版されました。克明に自分たちの両親のこと、そして子ども時代のことが記されており、その中にはエリナ―・ファージョンの作品の魅力を理解するためのヒントがたくさん散りばめられています。

 ファージョンの作品は、一部では古臭いと評する人もいるようですが、想像の翼を広げて物語の世界に深く入り込んでいくことを好む子どもたちには、今でも手渡すことの出来る作品です。また、歌うようなことばで綴られた物語は、耳から聴いて心地よく語りのテキストとしておすすめです。

 

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2014年4月より毎月1回長く読み継がれてきた児童文学を紹介してきた「基本図書を読む」の連載は、36回をもって最終回とします。

第1回目の冒頭には、もう一人の執筆者T・S(のちにT・I)が
“「何か楽しい本ない?」と聞かれたとき、ブックトークを作成するとき、新刊図書の購入を検討するときなど、業務を行ううえで、本を選ぶ場面はたくさんあります。資料を選択するためには、その資料を評価しなければならず、資料を選ぶ判断基準が必要になってきます。判断基準をつくるには、とにかくたくさん本を読むことですが、とりわけ基本図書とよばれている本を読むことは、大きな力となってくれます。

基本図書とは、長い間子どもに愛され、読み継がれてきた本を言います。時の試練を経ても色あせることがない、読書の喜びを与えてくれる本で、図書館の蔵書の核となっています。基本図書を読むことで、子どもたちが本質的にどんなものを求めているのか、質の高い作品とはどのようなものなのか、図書館員としてどのようなものを手渡していくべきかが、自ずとみえてきます。

H26年度「本のこまど」では、「基本図書を読む」というテーマで、毎月1冊の本を紹介する予定です。大人になっても楽しめる作品ばかりですが、子どもたちはどんなふうに読んでいるのだろうという視点も持って、味わってみてください。12冊の中から、みなさまにとっても、心に残る大切な1冊が見つかり、仕事をしていくうえで力になってくれればと思っています。”

と記しました。

当初、1年だけで終わる予定だった連載を3年続けて来られたのは、私たちが子ども時代に読んだ本が、「子どもに本を手渡す」という今の仕事を支えてくれているという思いがあったからです。3年間で36冊を紹介できたことは、私たちにとっても喜びです。

この度、共に記事を書いてきた室員が産休に入ったこともあり、連載を終わることにしました。長い間、読んでくださりありがとうございました。

過去の記事はこちらから遡って読むことが出来ます。→「基本図書を読む

(作成K・J)

基本図書を読む35『西遊記』呉承恩


今月の基本図書は、呉承恩作『西遊記』です。岩波少年文庫(伊藤貴麿/訳 1955)と、読み比べた上で、君島久子が翻訳した福音館書店の本で紹介します。(今回は福音館文庫で読みました)

『西遊記(上)』呉承恩/作 君島久子/訳 瀬川康男/画 福音館書店 1975

西遊記(上) (福音館古典童話シリーズ (15))
呉 承恩
福音館書店
1975-07-15
 
 
 

『西遊記(下)』呉承恩/作 君島久子/訳 瀬川康男/画 福音館書店 1976

 

 

花果山の頂きにあった仙石から孵った石猿は、知恵も力も優れていたので、猿の群れの王座につき美猴王と名乗るようになります。そうやって五百年が経ったころ、仙人になろうとして斉天大聖となり、孫悟空という名前をいただきます。しかし仙力が強いことをよいことにやりたい放題。天宮を大いに騒がせ、お釈迦様に五行山の下に閉じ込められます。そのまた五百年後に縁があって三蔵法師に出会い、取経の旅に猪八戒、沙悟浄とともに同行することになります。物語は、西天目指して幾山河越えていく4人に、次々と困難が襲ってくる様が描かれています。これでもか、これでもかと次々襲いかかる妖怪変化の群れを、悟空たちが知恵と力を使って倒し、八十一の災厄艱難を切り抜け、ついには目的地にたどり着き、無事に経典をいただくまでが、百回の物語にまとめられています。

如意金箍棒を片手に觔斗雲に乗って、ひとっ飛びで十万八千里を越えることの出来る孫悟空の姿は、本だけではなく、映画やアニメーション、ゲームにもなっていて、知らない人はいないでしょう。妖術あり、心躍る冒険あり、唐の皇帝太宗や仏典を求めてインドへ旅をした玄奘など歴史上の人物も登場する壮大なファンタジー物語は、読む人の心を惹きつける魅力があります。乱暴者の孫悟空が健気にも三蔵を必死で守る姿や、食い意地がはって欲得に溺れて道を踏み外すけれども愛嬌のある猪八戒、一途に三蔵に仕える沙悟浄と、三蔵法師を守る三人の個性豊かなお供にも親しみがわきます。

今年1月に出版された『子どもの本のよあけー瀬田貞二伝』(荒木田隆子/著 福音館書店)には、瀬田貞二さんがインタビューに答えて「ぼくは『西遊記』って小学校三年のとき読んで、それでそれ以来なんべん読んだかわからないです。大好きなもののひとつですね」と答えている箇所があります。(『子どもの本のよあけー瀬田貞二伝』p323)

子どもの本のよあけ―瀬田貞二伝 (福音館の単行本)
荒木田 隆子
福音館書店
2017-01-11
 
 
 
 

『王さまと九人のきょうだい』(君島久子/訳 赤羽末吉/画 岩波書店 1969)という中国昔話絵本の翻訳でも知られる君島久子さんによる福音館書店版『西遊記』は、声に出して読むとますます滑らかに物語が進み、その面白さを倍増させます。

 

たとえば、「なんじは妖怪か魔物か。我をたぶらかしにやって来たのか。我は公明正大の僧、大唐の勅命を奉じて、西天へ経を求めに行く者。三人の弟子があり、いずれも降竜伏虎の豪傑、妖魔を除く壮士。かれらに見つかれば、その身はみじんに砕かれるであろうぞ。」(第三十七回)、「なんだと。知らざあ言ってきかせよう。我々は、東土大唐より勅命にて、西天へ取経に行く聖僧の弟子だ。(中略)耳をそろえてそっくり返せば、命だけはかんべんしてやる」(第四十七回)という言葉は、目で追って読むよりも、実際に声に出して読んでみると、味わい深いものがあります。

西遊記〈上〉 (福音館文庫 古典童話)
呉 承恩
福音館書店
2004-01-20
 
 

 

西遊記〈中〉 (福音館文庫 古典童話)
呉 承恩
福音館書店
2004-01-20

 

 

西遊記〈下〉 (福音館文庫 古典童話)
呉 承恩
福音館書店
2004-01-20


 

福音館書店版は、「現存する「西遊記」のテキストとして最も古いものの一つ、明代(14~17世紀)に刊行された金陵世徳堂本を底本として、清代(17世紀~20世紀)に出された六種の刻本により校訂を行ない、北京人民文学出版社より刊行した「西遊記」に拠って訳したもの」(「はじめに」より)をもとにして訳出されています。

あとがきには、「作者は呉承恩(1500年~1583年)といっても、明代や清代の古い「西遊記」には作者の署名がなく、呉承恩が書いたという確かな証拠があるわけではありません。あるいは、この物語をまとめ、すぐれた文学作品に仕上げたのが呉承恩であったのかも知れません。」(「訳者あとがき」より)として、南宋時代に著された「大唐三蔵取経詩話」以降、多くの民衆に語り継がれ、「西遊記」という壮大なファンタジーになっていったのではと記されています。

また、福音館書店版は瀬川康男さんの挿し絵がとても目を引きます。この作品に取り掛かっている時、瀬田貞二さんと一緒に宋や明の時代の絵入り古版本を見ており、そうした絵の伝統も受け継いだ作品として仕上がっていると、先の『子どもの本のよあけ』にも記されています。(『子どもの本のよあけ』p324)

「王さまと九人の兄弟」の世界
君島 久子
岩波書店
2009-07-03
 
 
 

君島久子さんは、エッセイ『「王さまと九人の兄弟」の世界』(岩波書店 2009)の中で、孫悟空が刀や斧で切りつけられても死なず、八卦炉の中で錬成されても無事でるのは『王さまと九人のきょうだい』に出てくる「きってくれ」「ぶってくれ」などとの相似しており、天上の話から地獄の音まで聞き分ける聴力はリー族に伝わる「五人兄弟」に出てくる「千里耳」と相似しているなど、中国のさまざまな民族に伝わる多兄弟の昔話との関連を、「このように『西遊記』では、孫悟空が一人で、「九人兄弟」や「十人兄弟」のあらゆる超能力をそなえており、三面六臂の活躍を演じています。どんなに恐ろしく強大な相手にも負けないスーパーヒーロー孫悟空と、「九人兄弟」や「十人兄弟」には、どちらにも、大きな権力に屈しまいとする民衆の願いがこめられているように思われてなりません。」(p105「『西遊記』孫悟空の超能力」)と述べています。

三蔵法師のモデルとなった玄奘(602年~664年)は、隋王朝から唐王朝に代わった629年、太宗の時代に、仏教の研究のために原典を求めようと、西域を抜け、西トルキスタン、サマルカンドを通って、インドのガンダーラに到着、ナーランダ学院で仏典の研究を行い、645年に長安に戻ってきます。その後、「大唐西域記」を著しますが、彼の壮挙はその後広く語り伝えられるようになります。宋代(10世紀~13世紀)にすでに語り物として流行し、「大唐三蔵取経詩話」が書かれていたと、『西遊記』の「はじめに」にも記されています。元の時代には、「西遊記」として芝居として演じられるようになり、物語が次第に膨らんでいったようです。君島久子さんが書いているように、王朝が次々に変わっていく中国の歴史に翻弄される民衆が、語り伝えながら逞しい想像力で練り上げていった物語であり、だからこそ読む者を惹きつけるのだと思います。

今の子どもたちは自分で読むのは難しいかもしれませんが、ひとつひとつの回は短いので、ご家庭でぜひ読み聞かせをしてほしいと思います。「さて、次はどのようになるのでしょうか。次回をお楽しみに。」という言葉に促されて、きっと楽しみに聞くことでしょう。

(作成K・J) 

基本図書を読む34『人形の家』ルーマー・ゴッデン


今月、基本図書として取り上げるのはルーマー・ゴッデンの『人形の家』(瀬田貞二/訳 岩波少年文庫 岩波書店 1978)です。 

人形の家 (岩波少年文庫)
ルーマー ゴッデン
岩波書店
2000-10-18

昨年の秋、八ヶ岳にある小さな絵本美術館にて開催されていた「生誕100年 瀬田貞二―こころに響くことば―展」(2016/9/17(土)~12/04(日))にて、瀬田貞二訳の『人形の家』に堀内誠一が絵を描いた原画を見て、この作品への瀬田貞二のことば(この本のあとがき)を読みました。そこで昔読んだこの作品を読み返してみることにしました。 

1947年に書かれた作品の主人公は、エミリーとシャーロットという姉妹です。彼女たちは曾祖母の代から譲られた小さなオランダ人形や、ほかの手持ちの人形を家族に見立てて遊んでいました。

この姉妹の他に、小さな主人公がいます。それはオランダ人形のトチーです。トチーは百年前に上等な木を使って丁寧に作られたものでした。

そしてトチーには家族がいます。陶器で出来た男の子人形(もとはスコットランドの伝統衣装キルトを着ていた)は、プランタガネットさんと名付けられお父さん役でした。なぜなら前の持ち主が消えないペンで口髭を書き込んでいたからです。姉妹は、この人形に水色のシャツと格子縞の背広を着せ、本物の新聞紙を切って持たせ、貫禄十分に仕立てました。プランタガネット夫人には、クラッカーのおまけで付いていたセルロイド人形がなりました。姉妹が赤い水玉模様の青いブラウスと、青い紐飾りのついた赤いスカートを着せてあげたのです。夫人はことりさんという名前でした。またフラシ天(ビロードのこと)で出来た小さな男の子の人形は、りんごちゃんと名付けられ、トチーの弟になりました。背骨はかがり針、足はパイプ掃除で使うモールで出来た犬には、かがりと名付けられていました。

人形の一家は仲良く暮らしていましたが、ただひとつ不満がありました。それは、自分たちが住んでいるところが靴が入っていた箱だということでした。トチーは百年前、曾祖母に可愛がられていたころには、素敵な人形の家があったことを、家族に話して聞かせます。二階建てで玄関の間や、食堂、居間、二階には寝室が二つあって、どの部屋の調度も素晴らしかったことを伝えると、みんなはそんな素敵な家に住めるといいなあと願います。

そこへ、曾祖母の娘であるエミリーとシャーロットの大叔母さんが亡くなり、遺品である人形の家がエミリーたちのところへ届きます。古ぼけてしまった家具や調度を、姉妹と母親が一緒になって修理をしてくれて、人形の一家はこの上なく和やかで幸せな日々を送り始めました。

ところが、トチーはその修理にかかった費用を捻出するために、姉妹によって展覧会に出品されます。トチーは展覧会の会場で家族のことを思い続けて泣いてばかりいました。展覧会が始まると、女王陛下が見学に来られて、自分も幼いころにこれと同じ人形と遊んだと懐かしがって手に取ります。それには展覧会会場に並べられていた人形たちがびっくりしました。トチーが一文人形と呼ばれる安価なものなのに、女王陛下が足を止めたからでした。とりわけ昔、トチーと一緒に人形の家にいたマーチペーンという花嫁人形は嫉妬を募らせます。

運命とは時にいたずらなものです。展覧会が終わってエミリーとシャーロットのもとに戻され、人形の家で家族で楽しく過ごしていたトチーのもとへ、姉妹へのクリスマスの贈り物として、こともあろうかあの花嫁人形のマーチぺーンが届くのです。

そしてマーチぺーンは、エミリーによって人形の家の女主人になり、プランタガネット一家は使用人として屋根裏部屋に押し込められます。そのうえ、りんごちゃんはマーチぺーンの子どもとされてしまうのです。妹のシャーロットはそれに抗議するのですが、そう決めたのはお姉さんのエミリーで、頑として聞きませんでした。

人形の家の居間には、白い磁器のランプがあり、誕生祝用の小さなロウソクを立てれば灯がともるようになっていました。ある日、りんごちゃんがそのランプに近づき過ぎて、今にも火が燃え移ろうとした時、犬のかがりが異変を見つけて吠えはじめます。すると居間に近づくなとマーチペーンに言われていたにもかかわらず、ことりさんが居間に駆け付け、身を投げ出してりんごちゃんを助けたのです。セルロイドで出来ていることりさんは、りんごちゃんを押しのけた瞬間、引火して燃え尽きてしまったのでした。その間、マーチペーンは薄ら笑いを浮かべてソファに座っているだけでした。

エミリーとシャーロットが人形の家の異変に気付いて、人形の家を開けた時にはことりさんはどこにも名残を留めていませんでした。姉妹は、人形の家で起きた事の次第を理解し、マーチペーンは博物館へ寄贈されることになりました。そしてことりさんのいない人形の家で、トチーとプランタガネットさん、りんごちゃんの平穏な生活がまた続くのでした。

大人に贈る子どもの文学
猪熊 葉子
岩波書店
2016-08-31


この本の作者ルーマー・ゴッデン(1907~1998)は、イギリスのサセックス州で生まれ、12歳までインドで育ちました。 その後、教育を受けるためイギリスに戻るのですが、学校に適応できずにいたことが、猪熊葉子さんが昨年出版された『大人に贈る子どもの文学』(岩波書店)の203ページに記されています。異文化の中で育った幼少期と、イギリスでの厳格な教育の中で葛藤したゴッデンは、後に自由教育の立場の教師に出会い、書くことの訓練を受けたということです。こうした経験を通して、物事を相対的に見る力や、想像性を豊かにしていったのです。

ゴッデンは、『人形の家』の物語を通して、人間関係の中にあるさまざまな葛藤や、それでも最後には必ず人は幸せに気づくことができると、子どもたちに伝えようとしたのでしょう。この物語の終盤で、トチーとプランタガネットさんの会話の中で、

「ぼくたちのような小さいものにとって、人形にとってさえ、そうだ。よいことも、悪いことも、そうだ。でもよいことはもどってくる。そうだろ、トチー?」プランタガネットさんは気がかりになってききました。
「もちろん、そうだわ。」トチーは持ち前の親切な木の声でいいました。
「よいことと悪いことか。ずいぶん悪いことがあった。」とプランタガネットさんはいいました。「でも、それも来ては、去っていくんだわ。だからわたしたちも今はしあわせにやっていきましょう。」とトチーがいいました。   (『人形の家』岩波少年文庫 p230~231)

と、語らせています。

あるインタビュアーが、現実には悪が勝つこともあるのでは、といういじわるな質問をすると、“ゴッデンは、「最後は悪は打ち負かされるものです。もっともよい児童文学作品を検討してみれば、そこではすべて、最後に悪が打ち負かされることがわかるでしょう。物語の途中では、ぞっとするほど恐ろしく、また破壊的かもしれない悪であっても、打ち負かされるのです。無意識のうちに私たちは、子どもが悪より善が強いのだということを信ずるようになることを望んでいるのでしょう。(中略)私は、児童文学作品は倫理的でなければならないと固く信じています。」”(『大人に贈る子どもの文学』p204~205より)と、インタビューに答えたということです。

児童文学論
リリアン H.スミス
岩波書店
1964-04-20

 

こうした点についてリリアン・スミスは、『児童文学論』(石井桃子、瀬田貞二、渡辺茂男/訳 岩波書店)の中で、“この本は、作中に出てくる登場人物の人形をのりこえて、人間世界の根本問題にまで触れているのである。つまり、善と悪、正と邪、はかなく消えてゆく価値に対して真実なるもの、などの問題であり、このようなことは、すべての人に重要な問題なのである。(中略)だが、子どもは、こうした内に秘められた意味をとらえることはできないし、子どもが喜ぶのはそのストーリーである、と主張する人がいるかもしれない。しかし、知覚の鋭い子どもたちは、おのずからこのストーリーの底にながれる意味のいくぶんかを感じとって、かれらをとりまく世界にたいして、いっそう敏感な心をもつようになるのである。”(p276~277)と、述べています。

 

そういえば私自身も子ども時代に、叔母に贈られた着せ替え人形と、その周りにキューピー人形やぬいぐるみなどを置いて、それぞれに身近な大人たちの役割を割り振り、大人たちの言うような言葉を言わせて遊びました。後に自分の娘たちが同様にドールハウスで遊ぶようになったとき、人形に言わせるセリフが、やはり大人の鏡のように感じ、子どもの感性は鋭いと思ったものでした。

エミリーとシャーロットの人形遊びでありながら、人生の深い意味を内在させるこの『人形の家』の物語は、子どもたちの遊びの中に見え隠れする、その鋭い感性を見事に描いた作品と言えるでしょう。時代は大きく変わったとはいえ、今の子どもたちも人形で遊ぶことを好みます。そしてこの作品も、これからも読み継がれるよう手渡していきたいと思います。

 (作成K・J)

基本図書を読む33『シートン動物記3 カランポーのオオカミ王 ロボ』 アーネスト・T・シートン


 今月の基本図書として取り上げるのは、『シートン動物記3 カランポーのオオカミ王 ロボ』(アーネスト・T・シートン作・絵 今泉吉晴訳 福音館書店 2003)です。作家、画家でもあり、環境に関する運動にも取り組んだナチュラリスト(自然が好きで、自然とともに生き、たえず自然に目をむけて、自然について深い学識をもつ人)だったシートンが描いた動物物語の中でも有名な作品です。

ロボ―カランポーのオオカミ王 (シートン動物記 3)
アーネスト・T.シートン
福音館書店
2003-06-20

 

 

 著者のシートンは、イギリス生まれですが、5歳のとき家族と一緒にカナダの開拓農場に移住し、大自然とそこに生きる野生動物たちに親しみました。その後、画家になるためにロンドンで絵の勉強をしますが、野生動物と共に生きながら研究したいという気持ちが大きくなり、トロントに戻り、ナチュラリストとして生きる道を探り始めます。そんなシートンが「ナチュラリスト、作家、そして画家としての仕事をひとつにひっくるめた自立した人生」を確固たるものとした作品がオオカミ王ロボの物語です。この作品は、シートンが経験した事実をもとに描かれています。

 今から120年程前、アメリカのニューメキシコ、カランポーという砂漠のような高原地帯が広がっている土地に、「オオカミ王」と呼ばれたロボというオオカミがいました。普通のオオカミよりも圧倒的に体が大きく、優れた知性をもったロボは、4頭のオオカミを引き連れ、カランポーの牧場のウシに大きな被害をもたらしていました。ついにはロボの首には、当時豪邸が買えるくらいの大金1000ドルという懸賞金がかけられますが、挑戦者はことごとく打ち負かされ、依然ロボの群れは自由なふるまいを続けていました。そこで動物の生態に詳しいシートンに声がかかるのです。シートンは、どんな動物でも生きていく権利があると考えるナチュラリストでしたので、この仕事を引き受けることに迷いはありましたが、その迷いを抱えながらも、ロボの存在にひかれ、真剣に勝負を挑みます。

 シートンは、人間の匂いがつかないように、ウシの血にひたした手袋をはめ、骨でつくったナイフを使って巧妙に罠をしかけたり、H型の罠を作ったりなど、あらゆる知恵を絞ってつかまえようとしますが、ロボは見事に見破ります。そんなロボをシートンは観察し続け、やがて一頭、ロボの前を走ったりして群れをみだすものがいることに気がつきます。ロボの連れ合いと言われていた白く美しいオオカミ、ブランカでした。シートンはまずこのブランカを捕まえることに成功し、動揺して適切な判断ができなくなったロボを捕えるのです。

 動物を愛しながらしとめる立場となったシートンですが、ロボと真剣に向き合う姿勢から、シートンがいかにロボに敬意を抱き、共感していたのか伝わってきます。人間は動物を圧倒する力を持っているように見えるけれども、人間と動物は同じ生きものとして共に生きていく権利を持っているのだというシートンの姿勢は貫かれています。訳者あとがきには、「シートンがいなければ、このように野生動物にやさしくなれる自分に、気づくことはなかった。作者(シートン)が動物たちのくらしを、わたしたちが深く考えられるように、描きだしてくれたことに感謝したい。」(P89)という読者の感想が紹介されています。動物への深い理解と愛を持ったシートンが描いた物語は、動物もくらしを持ち、感情を持ち、その生をまっとうしようとしているのだということを、私たちに伝えてくれます。

 この本にはシートン自身が描いた絵やカットが豊富におさめられています。画家をめざし、どうすれば野生動物の美しさを描くことができるのか考えていたシートンの描いたロボは、荒々しく躍動感があります。以前絵のワークショップで、シートンの絵を一生懸命に写している男の子がいました。緻密に愛情を持って書かれた絵は、思わず描いてみたくなるほど力があるのだと改めて思いました。

 訳者の今泉吉晴氏も動物学者で、シートンに深く共感し、自然の中で動物を観察してきたナチュラリストです。動物への理解とシートンへの共感をもって、美しい文章で訳しています。今回は福音館書店で出版されたものを紹介しましたが、同じ訳者で、童心社からも出版されています。

オオカミ王ロボ (シートン動物記)
Ernest Thompson Seton
童心社
2010-02-01

 

 

 こちらの訳は福音館書店版よりも簡潔な文章になっています。また巻末に「Q&A」があり、シートンについてや当時の社会状況、動物の習性などがわかりやすく解説されています。文学的なものが好きな子には福音館書店版を、動物に興味がある子には童心社版をといった具合に、子どもによっておすすめする本を変えてもよいかと思います。シートンの作品は、物語のあらすじを中心に書いた抄訳版も多数出版されていますが、シートンの動物に対する真摯な姿勢を知るには完訳版がよいでしょう。

  またシートンの伝記として、今泉氏が執筆した『子どもに愛されたナチュラリスト シートン』(今泉吉晴著 福音館書店 2002)があります。

シートン―子どもに愛されたナチュラリスト (福音館の単行本)
今泉 吉晴
福音館書店
2002-07-20

 

 

  この伝記は、今泉氏がシートンのすばらしさを伝えたいという思いから、シートンの生涯をシートンの作品や豊富な資料をもとに丁寧に描き出しています。ナチュラリストとして生きていく道を確立するまでに苦労があったこと、またアメリカの先住民の考え方・生き方に共感していたこと、ウッドクラフト運動など社会運動にも積極的だったことなど、シートンの人生を知ることができると同時に、どのような出会いをもってシートンの思想が作り上げられていったのかを知ることができます。この本の中で、今泉氏はシートンの動物物語について次のように書いています。

「シートンの動物物語は、動物の世界のほんらいの楽しさと、人間に圧迫される、きびしく、悲惨なくらしの現実をつつみかくさず伝えていました。しかも、そのきびしい現実のなかに、人間らしい新しい意味を見いだし、未来に夢をもとうというメッセージがこめられていました。自然をふみにじり対立するのではなく、自然と親しみ、先住民の知恵と文から学び、自分たちのくらしを簡素に豊かにしようと、うったえる作品でした。」(P229) 

 シートンの伝えてくれたメッセージは、21世紀を生きる私たちにも響きます。ぜひ次の世代にも継いでいきたい作品です。

 (作成 T.I)

基本図書を読む32『ニルスのふしぎな旅』セルマ・ラーゲルレーヴ


今月の基本図書として取り上げるのは、スウェーデンの女性作家で、1909年にノーベル文学賞も受賞しているセルマ・ラーゲルレーヴ(1858~1940)の書いた『ニルスのふしぎな旅』(上・下巻 菱木晃子/訳 ベッティール・リーベック/画 福音館書店 2007)(原題『ニルス・ホルゲルソンのふしぎなスェーデン旅行』)です。この作品は、スウェーデンで上巻が1906年、下巻が1907年に出版されました。

父親の影響でスウェーデンの文化に親しみを持ち、スウェーデン語の翻訳家になった菱木晃子は、この作品に携わるために、8年をかけてスウェーデンの地理や歴史を学び直したということです。(下巻「訳者あとがき」より)

ニルスのふしぎな旅〈上〉 (福音館古典童話シリーズ 39)
セルマ ラーゲルレーヴ
福音館書店
2007-06-20

 

 

ニルスのふしぎな旅〈下〉 (福音館古典童話シリーズ 40)
セルマ ラーゲルレーヴ
福音館書店
2007-06-20

スウェーデン南部の村に住むニルスという14歳の少年は、怠惰な上に乱暴者で、学校でも家でも問題児でした。ある春の日、ニルスは両親が教会に出かけている間に、家の中でトムテ(小人の妖精)を虫とり網で捕まえ、からかったため、トムテの怒りをかい、小人の姿に変えられてしまいます。

小人になったニルスは、家で飼っているガチョウのモルテンが、ガンの群れと一緒に北へ飛んでいこうするのを止めようとして飛びつき、そのままモルテンと共にガンの群れに加わって飛び立ちます。その後、群れを率いるアッカに認められ、ラップランドへ向かう旅について行くことになりました。

この冒険の旅は、3月20日に始まり、11月9日に終わる55章の物語として描かれています。小人になった途端に動物たちと会話ができるようになったニルスは、旅の中で出会うさまざまな出来事を通して、互いに尊重し合い、助け合うことの大切さを学んでいきます。家畜にさえ悪戯をしていたニルスですが、知恵をはたらかせてリスの親子を助けたり、キツネからガンの群れを守ったりするなど、しだいに動物たちからの信頼を得ていきます。途中、ガンの群れからはぐれますが、動物園に捕らえられていたワシのゴルゴ(ゴルゴは幼鳥の時に親を亡くしアッカに育てられています)を救い出し、最北の地ラップランドにいたアッカたちに再会します。

夏の間、ラップランドで過ごしたニルスとガンの群れは秋の訪れとともに、故郷の村へと戻ってきます。小人になってしまった今は両親の前に姿を見せられないと、再びガンと共に旅を続けたいというニルスでしたが、両親に捕まえられ祭りの供え物にされそうになったモルテンを救い出そうとして、妖精の魔法がとけ、元の少年の姿に戻るのでした。

この作品は、「子どもたちに自分の国の歴史や地理について楽しみながら学んでほしい」という狙いで、副教材としてラーゲルレーヴに執筆の依頼があり、書かれたものです。私はそのことを、出版を記念した訳者菱木晃子の講演会で伺いました。

そのあたりについて下巻の「訳者あとがき」にも詳しく記されています。

“「スウェーデンの地理にふれながらも、物語として子どもたちが楽しめる本にしたい」という意気ごみのもと、ラーゲルレーヴはこの仕事をひきうけました。そして周到な準備をはじめました。地理、歴史、動植物に関する文献を読み、各方面からの提案や意見に耳をかたむけ、自らの足でスウェーデン各地を取材してまわったのです。”『ニルスのふしぎな旅 下』(福音館書店) p526~527

そうした材料がそろう中、どのような作品にするかを思い悩んだ末、イギリスのキップリング(『ジャングル・ブック』の作品などがある)の作品にヒントを得て、動物たちを擬人化すること、トムテ(小人の妖精)の言い伝えを踏まえて、『ニルスのふしぎな旅』が紡ぎ出されていったのです。

”ここにようやく、ラーゲルレーヴは主人公の男の子をトムテの姿に変えて、ガチョウの背中にのせ、スウェーデンじゅうを旅させることを思いついたのでした。これは、ほんとうにすばらしい思いつきでした。空から地面をながめること、つまり国土を鳥瞰図としてとらえることは、地理の教科書にはもってこいの手法だったからです。もちろん、この設定は物語の導入としても、子どもたちの興味をひくのに十分なものでした。”

 この作品は、副教材としてだけでなく、物語としての面白さが評判となり、大人たちにも読まれるようになり、海外へも広まっていきます。

 
日本では大正半ばの1918年に、原作の一部が香川鉄蔵により翻訳され『飛行一寸法師』と題して大日本図書から出版されています。その後も多くの出版社からこの作品は出版されますが、とても分量が多いためいずれも抄訳に留まっていました。1958年に、香川鉄蔵はラーゲルレーヴ生誕100周年祝賀行事にスウェーデンに招待されたのを機に、完訳することを目指します。しかし完成をみるものの、病に倒れてしまいます。その志を継いだのが息子の香川節で、父の訳出したものを現代風に改めるなどして完成させ、1982年に偕成社から全訳版として出版されました。
 偕成社から出版された全訳版は4巻に分かれています。挿絵は、原作と同じリューベックのものが使われています。そのあたりの経緯については、村山朝子の著書『『ニルス』に学ぶ地理教育―環境社会スウェーデンの原点』(叢書 地球発見3 ナカニシヤ出版 2005)に詳しく記されています。(第1章2「完訳までの長い道のり」p19~31)
『ニルス』に学ぶ地理教育―環境社会スウェーデンの原点 (叢書・地球発見)
村山 朝子
ナカニシヤ出版
2005-12


 
 
その後、この作品がたいへん優れているにも関わらず分厚い2冊組で本に親しんでいる子でないと手に取らないこと、内容的には小学校中学年くらいの子どもたちに読んでほしいということから、福音館書店から2012年から2013年にかけて絵物語「ニルスが出会った物語」シリーズが出版されました。
長い物語のうち、独立して読んでも楽しめる6つのエピソードにしぼり、児童書の挿絵などで子どもたちから人気のある平澤朋子が絵をつけており、とても親しみやすいものになっています。このシリーズを出版するために、菱木と平澤はスウェーデン旅行をし、実際に物語の舞台を歩いたとのことです。
どの物語も美しい絵がふんだんに使われており、長編に挑戦する前の小学校中学年の子どもたちに最適のシリーズです。


 なお、菱木晃子の公式サイトには「『ニルスのふしぎな旅』を訳して―翻訳こぼれ話」の特集ページがあり、実際に物語に出てくるスウェーデンの町や村、建造物の写真もたくさん紹介されています。(菱木晃子公式ホームページ→こちら 「『ニルスのふしぎな旅』を訳して」のページ→こちら

『ニルスのふしぎな旅』は、今から110年ほど前に書かれた物語であるにも関わらず、前出の村山朝子『『ニルス』に学ぶ地理教育―環境社会スウェーデンの原点』でも指摘されているのですが、早くから環境保全に対する考え方がきちんと記されているのです。

たとえば製鉄所が出来たばかりに棲家を追われるクマについて書かれている28章「製鉄所」では開発か自然保護かということを考えさせられます。また、山火事で木が焼けてしまったところへ植樹する子どもたちを描いている39章「イェストリークランド地方をこえて」では、“木が育ち、森ができれば、このあれはてていた山に、虫が飛びまわり、オオヨシキリの歌声が響きわたり、ライチョウがおどり、すべての命あるものがよみがえります。そうです。これは、つぎの世代のための記念碑のような仕事です。なにもしなければ、裸の山しか残せなかったでしょうに、この仕事のおかげで子孫にりっぱな森をゆずりわたせるのです。”(下巻 p233~234)と、環境を保全することの大切さをさらりと記しています。

またニルスが人間に戻る前に最後にガンのアッカとことばを交わすところでは、アッカに”「いいかね。おまえがわたしたちといっしょにして学んだことがあるとすれば、人間はこの世に人間だけで暮らしているのではないということだろう。人間は広い土地を持っているのだから、自然の岩礁、浅瀬の湖、沼、湿地、未開の山、人里離れた森を、わたしたちのような貧しい生き物が安心して暮らせるように、少しくらい残してくれてもよいと思うのだ。若いころから、わたしは追われてばかりだった。わたしのような者にも安心してすごせる場所が必要だということを、知っていてほしいのだよ」”(下巻53章「ヴェンメイヘーイ丘への旅」 p503)と、言わせています。

作者のラーゲルレーヴは、1858年にスウェーデン中南部ヴェルムランド地方のモールバッカの旧家富農の娘として生まれました。女子高等師範学校を卒業し教師をしながら、小説を書き続けていました。1890年に『イェスタ・ベルリング物語』を書いてコンクールで1等になったことから、作家活動に専念し、1909年にスウェーデン人として、女性として初のノーベル文学賞を受賞しています。

この作品を書いた頃は、イギリスに始まった産業革命の影響で工業が盛んになっていた時代です。急な発展の陰で、自然が破壊されていくのを見ていたのでしょう。子ども向けの作品のなかに、こうした鋭い視点を盛り込みつつ、ニルスが冒険を通して人間的に成長していく様子を、子どもたちの心に沁み渡るように描いており、大変読み応えのある作品です。偕成社の全訳版と合わせて、子どもたちに読んでもらいたいと思います。

(作成K・J)

基本図書を読む31『クラバート』プロイスラー


 今回の基本図書を読むでは、小学校低学年くらいから中学年くらいの子が楽しむ『大どろぼうホッツエンプロッツ』でも有名なドイツの作家オトフリート・プロイスラーが11年かけて書き上げた『クラバート』を紹介します。この作品は、国際アンデルセン賞・作家賞・次席、ドイツ児童文学賞、ヨーロッバ児童文学賞を受賞しています。

『クラバート』 プロイスラー作 中村浩三訳 偕成社 1980

クラバート
オトフリート=プロイスラー
偕成社
1980-05

 

 

  物語は、14歳で孤児となった主人公クラバートは、自分に呼びかける奇妙な夢に誘われ、湿地のほとりにある水車小屋で11人の粉ひき職人の仲間になるところから始まります。

 「クラバートはしばらくのあいだ、霧につつまれた森のなかを、まるで盲人のように手さぐりで歩いた。するとあき地にゆきついた。ちょうど木立の下からぬけ出ようとしたとき、雲が切れて、月があらわれ、あたりのすべてが急につめたい月光のなかに浮かびあがった。

 そのとき、クラバートは水車場を見た。

 それはすぐ目の前にあった。雪のなかに黒ぐろと、おどすようにうずくまっていて、さながら、獲物を待ちぶせている、巨大な、おそろしいけだもののようであった。」(P17)

 実は水車小屋の親方は魔法使いで、金曜日の夜になると、職人たちをカラスに変え、魔法を教えていたのです、魔法を使えば、苦しい労働も楽にでき、他人をも支配することができると思ったクラバートは懸命に魔法を勉強します。しかし、クラバートが水車小屋に来て1年目の大みそか、クラバートを何かと気遣ってくれた職人頭のトンダの死をきっかけに、親方の変わりに毎年職人の中から一人、犠牲にならなければならないことを知るのです。最初の1年がふつうの3年に相当する水車小屋で、クラバートは少しずつ秘密を知りながら、心も体も成長していきます。そして、村の少女に恋をし、娘の愛を得、親方から自由になるために、生死をかけた対決をするのです。

 この物語は、ドイツのラウジッツ地方に伝わる<クラバート伝説>を素材に描かれたもので、プロイスラーは、少年のときに読んだクラバート伝説から受けた感銘の深さについて、次のように述べています。

「この物語は当時わたしに強烈な印象をあたえました。なかでも、神秘的なひびきをもつクラバートという名前がわたしの記憶に強くきざみこまれました。それにまた、水車場の職人たちの頭上に死の運命がただよい、年ねんかれらのひとりにおそいかかるという話に、わたしはひどくうごかされ、心をうばわれました。ですから、その後二十年にたって、クラバートに再会したような気持ちになったのも、けっしてふしぎではありません」(「解説」より P379)

 ラウジッツ地方は、ドイツ人(ゲルマン民族)のほかにヴェント人という少数のスラブ系の人々も住んでいる地域で、キリスト教もはいってきましたが、在来の異教の信仰の風習を濃くとどめ、魔女や魔法使いの伝説も豊富に残っているそうです。作品の中で描かれる、湿地のほとりにある不気味な水車小屋の様子、粉ひき職人や村人たちの生活などは、土地に根ざした現実感があります。

 作品の構成は、「1年目」「2年目」「3年目」の3章から成っており、年を重ねるごとに親方との対決が近づき、迫力が増していきます。1年目のクラバートはまだ何も知らない少年で、魅惑的な魔法の力に魅かれますが、次第にその力の代償の大きさを知り、自分の全てをかけて打ち勝とうとします。親方にさとされないように力になってくれる仲間、恋した少女との心のつながり、そして何としてでも抗うのだという自分の強い意志をもってして対決に臨んだとき、クラバートを解放してくれたものは何だったのでしょうか。クラバートを支えてくれた友人ユーローは、対決前のクラバートにこう伝えます。

「苦労して習得しなければならない種類の魔法がある。それが『魔法典』に書いてある魔法だ、記号につぐ記号、呪文につぐ呪文で習得してゆく。それからもうひとつ、心の奥底からはぐくまれる魔法がある。愛する人にたいする心配からうまれる魔法だ。なかなか理解しがたいことだってことはおれにもわかる。――でも、おまえはそれを信頼すべきだよ、クラバート。」(P355)

 この物語は、これから世に出て様々な矛盾と向き合いながらも、希望をもって前に進んでいこうとする若い人たちに、生きていくうえで大切なものは何かを教えてくれます。分厚い本ではありますが、文体は簡潔で読みやすく、振り仮名も丁寧に振られていますので、読みやすいと思います。

 尚、プロイスラー氏が1984年に日本講演のなかで語ったものを再話した「クラバート伝説」が、季刊誌<「子どもと昔話」33号 2007年秋 小澤昔ばなし研究所編集・発行>に掲載されています。プロイスラーの作品との大きな違いは、クラバートを解放するのは恋人ではなく母という点ですが、水車小屋で働くこと、実は親方は魔法使いであること、馬や牛に化けて取引することなど、モチーフが生かされていることがわかります。

(作成 T.I)

基本図書を読む30『エイブ・リンカーン』 吉野源三郎


 2016年11月8日にアメリカ大統領選挙が行われますが、今回の「基本図書を読む」では、「人民の、人民による、人民のための政治を、断じてこの地上から死滅させない」というゲティスバーグ演説で有名な第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンの伝記を紹介します。

 

 

 リンカーンの伝記は多数出版されていますが、この作品は、子どもたちが読み物として読めるよう、事実に基づいて物語風に書かれています。肩書や成し遂げたことだけでなく、リンカーンが何を見て、何を感じたのか、内面まで掘りさげて描かれているので、信念をもち自分の成すべきことにしっかり向き合った一人の人間を感じることができます。

「都会育ちの人びとから見ると、彼は感じのにぶい男に見えましたし、たしかに彼の心は、ものごとに応じて軽快に、しなやかに動いてゆくほうではありませんでした。しかし、彼はものごとをどっしりと深く経験してゆく男でした。心の表面ではなく、魂のしんで経験してゆく男でした。このしんまでひびいてくるほどの経験はめったにありませんが、その代わり、このしんまでしみ通った以上は、一生心から消しとることができない思いとなって残ります。」(P124)

 リンカーンは、貧しい家庭に生まれながら、自分の力で身を立て、州議会の議員からやがてアメリカ大統領となります。当時アメリカでは、奴隷制をめぐる争いが激しさを増していました。リンカーンは、ニューオリンズの奴隷市場で混血の少女が裸にされて売られていく場面に衝撃を受け、その出来事を生涯忘れることがなかったそうで、奴隷制に反対し続けました。ただしすぐに廃止するという姿勢をとっていたわけではなく、アメリカが分裂することがないよう、少しずつ奴隷州より自由州を多くしていくことで、奴隷制をなくそうと考えを持っていたそうです。しかし奴隷制への反対を表明していたリンカーンが大統領となることで、ついにアメリカ南北戦争が起こります。リンカーンは、その南北戦争中に奴隷解放宣言を出しますが、結局戦いは4年も続くことになります。そして、北軍が勝利をおさめた11日後にリンカーンは暗殺されるのです。

 リンカーンが奴隷解放宣言を出すに至るまで、奴隷制をめぐってアメリカがどのように揺れ動いたのか、当時のアメリカの政治や人々の生活も物語の中でわかりやすく描かれています。物語になっていることで、過去の出来事を読んでいるというよりは、リンカーンの生きた時代の空気を感じながらその場にいるように読むことができます。リンカーンの一生をみていると、苦難が多く、華々しく幸福な人生を歩んだとは言い難いかもしれまん。冗談を言って人を笑わせるのが好きで、明るく朗らかな人柄だったそうですが、一人でいるときは深い悲しみの表情を浮かべ沈みこんでいることもあったようです。この本を読み終えると、長年の苦労に耐え、深いしわの刻まれた、それでもしっかり立っている老木のような独りの人間が心に残ります。(リンカーンの身長は193センチもあったそうです。)

 著者の吉野源三郎は、哲学者でもあり、編集者でもありました。戦前、新潮社の「日本少国民文庫」の編集に携わり、『エイブ・リンカーン』の原型となった数章もこの文庫に収められています。このエイブ・リンカーンの伝記から、子どもたちに「人としてどのように生きるか」という問いに真摯に向き合ってほしいという著者の強い思いが伝わってきます。子どもたちは、この本を通して、エイブ・リンカーンその人と、一人の人間を描き出した著者、信念をもった二人の大人に出会うことができるのではないでしょうか。

 また、リンカーンの有名な子ども向けの伝記に、ニューベリー賞など数々の賞を受賞した『リンカン―アメリカを変えた大統領』があります。

 『リンカン―アメリカを変えた大統領』(ラッセル・フリードマン著 金原瑞人訳 偕成社 1993)

リンカン―アメリカを変えた大統領
ラッセル・フリードマン
偕成社
1993-07

 

 

  著者のラッセル・フリードマンはジャーナリストで、この本では数多くの写真や資料をもとに、リンカーンの一生を客観的に描いています。少し通った小学校で学んだときのノート、「私は奴隷になりたくありません」と書いた自筆の文、またたくさんの顔写真から、リンカーンの人柄を感じることができます。南北戦争の戦場の写真(戦場で倒れた兵士たちの写真もあります)や大統領就任演説の写真(当時流行していたシルクハットをかぶっている観衆がたくさんいます)などから当時の様子が伝わってきます。 吉野源三郎の物語風の伝記とは異なった手法ですが、その人の生きた時代がどのようなもので、その中でどのように生きたのか、欠点や失敗を含め一人の人間の生き様がに描かれていることは共通しています。

 リリアン・スミスは『児童文学論』(岩波書店 1964)の「知識の本」の章の中で、次のように記しています。

「歴史や伝記にでてくる人物の生涯は、想像力を豊かにし、希望や競争心を高めてくれるものにみちている。この種類の本を読むことは、子どの人生経験を広める。つまり、人間の生活という大きなドラマにたいする共鳴と理解を、子どもの内によびおこすのである。」(P345)

 小学校高学年になると社会に目を向けるようになり、その中で自分はどう生きていくのか?と考えるようになってきます。そのような子どもたちの力になる、しっかりと時代をとらえ、その人物を描き出した伝記を手渡していきたいものです。

(作成 T.I)

基本図書を読む29『時の旅人』アリソン・アトリー


 イギリスの児童文学者アリソン・アトリーは「グレイ・ラビット」シリーズ、「チム・ラビット」シリーズや「サム・ピッグ」シリーズなど動物が主人公の動物ファンタジーの妙手です。これらの作品は、自分で物語が読めるようになった子どもたちの気持ちに寄り添うもの作品で、今も幼年文学として読み継がれています。(児童部会「基本図書から学ぶ第2回」報告を参照)

 今回はそんなアトリーの作品の中でも、タイム・ファンタジーと呼ばれ、ヤングアダルト向けとされる『時の旅人』(イギリスでは1939年刊)を取り上げてみたいと思います。 

時の旅人 (評論社の児童図書館・文学の部屋)
アリスン・アトリー
評論社
1980-12-20
 
 
 
 
 
時の旅人 (岩波少年文庫)
アリソン アトリー
岩波書店
2000-11-17
 
 
 

「夢か、現か、幻か」・・・読み終えて、浮かんだ言葉でした。

 少女ペネロピーは病気療養のために、兄姉とともにイングランド中部ダービシャー地方にある大叔母ティッシーとその弟バーナバスの住むサッカーズ農場を訪れます。もともと、ほかの家族には見えない亡霊をみる不思議な能力を持っていたペネロピーは、サッカーズ農場を舞台にかつてこの地で生活をしていたバビントン家の人々と350年の時を越えて交流するようになります。

 ペネロピーたちが生活をはじめたサッカーズ農場の屋敷には、350年以上も前に住んでいたバビントン一家の残したものがそこかしこにありました。到着した二日後のこと、ペネロピーは出かける前に2階へひざ掛けを取りに上がり、ドアを開けるとそこに16世紀の衣装を身にまとった貴婦人たちを見ます。そしてティッシーおばさんから、バビントン家の人々と歴史に刻まれているバビントン事件のことを聞かされます。

 その数日後、ペネロピーはまた着替えを取りに2階にかけあがり、ドアを開けた途端に階段をころげ落ちます。気がつくとそこは16世紀のバビントン屋敷の中でした。そこでティッシーおばさんにそっくりのシスリーおばさんに出会います。350年の時間を遡っているにもかかわらず、彼女の姪「ペネロピー・タバナー」として受け入れられ、そこでしばらくの時間を過ごすのです。ところが、門の木戸を抜けると元の時間に戻ってきていたのでした。

 “「すぐもどってきた!」と私はそっと同じことばをくり返しました。何時間も、いえ、何日にも思えるほど、よそに行っていたのに、大きな柱時計の針は私のいないあいだに少しも動いていませんでした。時間と空間を消滅させてしまって、一瞬のうちに何年間も、世界の果てまでも、旅のできる夢のように、私は別の時代に入りこんで、そこで暮らして、柱時計の振り子が半球レンズのうしろで一振りする前に、もとのところへもどってきていました。私はべつの時代のよろこびと不安を味わいました。べつの時代の暮らしの中をしずかに動き、庭を歩き、話をし、あちこちして、そしてまたたくうちに、もどってきたのでした。夢を見たのでもなく、眠っていたのでもなく、私のしたこの旅は、澄みきった空中を通りぬけ、時間を逆もどりした旅でした。たぶん、私はあの時間のかけら― 一瞬間 ―死んで、私の亡霊が年月を飛び越えていったのでしょう。” (岩波少年文庫版『時の旅人』松野正子/訳 p125~126)

 ペネロピーはその後も、時間を飛び越えて過去のバビントン家と関わりを持ち、また元の世界へ戻ってくることを繰り返します。まさにその時代は、イギリスはエリザベス1世統治の世であり、スコットランド女王メアリー・スチュアートとの覇権争いの中、ペネロピーが出会ったバビントン家の跡取りアンソニーは、物語の後半でバビントン事件(エリザベス1世に幽閉されているメアリー女王の脱出を企てるも失敗に終わり、1586年にエリザベス1世暗殺を計画したとして処刑された事件)に関わっていきます。

 その悲劇の結末を知りつつ、過去の時代の人々と関わり、アンソニーの弟フランシスと惹かれあうペネロピー。読み進めるうちに、読者はこの特異な二人の出会いと決して結ばれることがないにもかかわらず確実に心を交わしあう関係に引き込まれていきます。 

 イギリスの児童文学でタイムファンタジーの双璧と呼ばれるフィリパ・ピアスの『トムは真夜中の庭で』(1958)(基本図書を読む㉒参照)では、時計が13時を打つことが過去の時間への入口として明確に描かれていますが、『時の旅人』では過去への明確な入口はありません。読み進んでいるうちにいつの間にかペネロピーが過去の時間に移動し、また現代に戻ってきており、周囲の登場人物からペネロピーが今どの時代にいるのかを類推することになります。

 このことについて、佐久間良子氏は、『現代英米児童文学評伝叢書6 アリソン・アトリー』(KTC中央出版 2007)の中で「このタイム・ファンタジーを成り立たせているのは、いくつもの時間が重なり合って共に存在し、古い家にかつて住んでいた人たちが、そのまま影となってそこに生き続けるという、アトリーの時間についての考えである。そしてアトリーが実際に見た夢を記録し、それについて解説している『夢の材料』では、この時間の概念が、夢と結びつけて語られている。主人公ペネロピ(原文ママ)の時間を越えた旅には、アトリーの語る夢の特質が顕著に表れていて、すべてを夢と考えることができる。しかし、アトリーにとって夢はもうひとつの現実であり、この作品における主人公の時間旅行をすべて夢と解釈しても、主人公の体験の真実性が失われることはない。」とし、アトリーの描き出す世界観の巧さを指摘しています。


 

 それは、この作品のまえがきにアトリー自身が記しているように、舞台となったサッカーズ農場が、アトリーが子ども時代を過ごしたキャッスル・トップ農場の記憶と重なっていたこと、その農場の近くにバビントン家の治めていた土地や館があり、その土地で語り継がれるバビントン家の物語をアトリー自身が聞いて育ったことと関係があるようです。だからこそ物語にリアリティが感じられ、読者はその世界へと惹きつけられていくのだと思います。

 この物語の魅力をまとめてみると第一に、農場を取り巻く季節や花や草などの自然や、古い屋敷の調度品などの細部が丁寧に描き込まれていることです。第3章の「ハーブガーデン」(岩波少年文庫版、評論社版では「薬草園」と訳されている)などは、花の香りまで漂ってきそうです。

 第二に、中世のイギリス史をベースに物語が描かれていることです。ペネロピーが迷い込んだ過去は、イギリス宗教改革を断行したヘンリー8世のあとのエリザベス1世と、スコットランド女王メアリー・スチュアートとの覇権争いの時代でした。二人はヘンリー8世をめぐる血縁関係にあるが故に複雑な王位継承権がからみイギリス国教会を支持するエリザベス1世と、カトリック信者であるメアリー女王は対立します。メアリー女王は長く幽閉された後、エリザベス女王の手によって処刑されるという悲劇的な結末は、イギリス中世史への興味を引き起こします。16世紀後半といえば、日本では安土桃山時代。メアリー女王側についたバビントン家はさながら豊臣側についた真田家だろうかなどと、想像しながら読み進むことができました。

 第三に、この物語の重要なキーワードとなっている「Greensleeves」という歌の存在です。16世紀頃から歌い継がれているこの歌は、恋しい人を想う歌であり、シェイクスピアが喜劇「ウィンザーの陽気な女房たち」の中で触れたり、現代ではオリビア・ニュートン・ジョンなどがカバーして歌っており、また曲はクリスマスキャロル(賛美歌216番)となっているので、耳にしたことのある人は多いでしょう。この歌が過去と現代を結ぶ鍵になっています。ペネロピーがある日、礼拝用の緑のドレスを着たまま過去へ行くと、フランシスがロンドンで今流行っている歌だと言って、聞かせてくれるのでした。この歌は過去の時代でも現代でも物語の中で何度か歌われますが、一番切なく心を打つのは物語の最終盤、ペネロピーが雪の中に佇みながら、ほんの一瞬姿を見せた過去の世界でフランシスが歌う声を聞くシーンでした。ペネロピーはフランシスの歌声をたしかに聞きながらも、生きて過去へ行きフランシスに会うのはこれが最後だと悟るのです。 

 「グリーンスリーブスよ、いざ、さらば!
 神の恵、君が上にあらんことを。
 われ、今も君を愛す。
 ふたたび来りてわれを愛せ。」(岩波少年文庫版 p437)

 

 第四に、旧約聖書・創世記37~50章に描かれた「ヨセフの夢」を、アンソニーの妻、バビントン家の奥方が刺繍していたというエピソードです。「ヨセフの夢」とは、イスラエル民族の始祖アブラハムのひ孫にあたるヨセフが、少年時代に見た夢です。異母兄弟たちが年少の自分にひれ伏すという夢を麦の穂にたとえて話し、嫉妬にかられた兄たちに奴隷として売り飛ばされエジプトへ行くのですが、そこで能力が買われ宰相にまで上り詰めます。後にイスラエルの地に飢饉が起き、兄たちが売り飛ばした弟ヨセフと知らずに援助を請いに来た時に、ヨセフがその兄たちを許し、受け入れるという物語です。血縁関係にある王家の人々の権力争いに夫が巻き込まれようとしている時にバビントン夫人が「ヨセフの夢」を刺繍し、そしてその刺繍したタペストリーの端切が350年以上時を隔てて、客用の寝室でキルトの一部分になってみつかるという手の込んだアトリーの表現に、深い思いを感じ取りました。

  『時の旅人』については、先に取り上げた『現代英米児童文学評伝叢書6 アリソン・アトリー』(谷本生剛/原昌/三宅興子/吉田新一/編  佐久間良子/著  KTC中央出版 2007)や、『作品を読んで考えるイギリス児童文学講座4 花ひらくファンタジー』(中野節子/水井雅子/吉井紀子/著 JULA出版局 2012)に詳しく論じられています。 


 

 また、アリソン・アトリーの伝記『物語の紡ぎ手 アリソン・アトリー』(デニス・ジャッド/著 中野節子/訳 JULA出版局 2006)には、サッカーズ農場の舞台になったダービシャーの美しい風景や建物を収めた写真や、故郷の地図など豊富な資料があり、『時の旅人』の世界を垣間見ることが出来ます。

物語の紡ぎ手 アリソン・アトリーの生涯
デニス ジャッド
JULA出版局
2006-04

 

 なお、私は若い頃に評論社版(小野章/訳 1980)で読みましたが、今回は岩波少年文庫版(松野正子/訳 1998)と両方を読み比べてみました。個人的には慣れ親しんだ評論社版の本が好きなのですが、今の子どもたちには、現代使われている言葉(例えばハッカ草→レモンバーム、水ハッカ→ミント、オランダガラシ→クレソン)で翻訳され、またイギリスで1978年に出版されたパフィン版の挿絵がふんだんに使われている岩波少年文庫版が手渡しやすいでしょう。今回、久しぶりに読んで、深く掘り下げてみましたが、初めて読む子どもたちには、時を飛び越えるロマンティックな物語として、楽しめるのではないでしょうか。

(作成K・J)

基本図書を読む28『注文の多い料理店』『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』宮沢賢治(8/4追記あり)


今年2016年が、宮沢賢治生誕120年であることを書き落としていましたので、追記します。宮沢賢治は1896年8月27日に岩手県花巻市で生まれました。花巻では宮沢賢治生誕120年記念事業として、ステントグラスのライトアップや花火、特別展など様々な催しが開かれるようです。   

宮沢賢治生誕120年ホームページ <http://www.kenji120.jp/index.html>

各地でも生誕120年を記念してイベントが開かれていますので、ぜひ図書館でも特集展示などを組んでみてはいかがでしょうか。

宮沢賢治は岩手県花巻市で生まれた詩人・童話作家です。その作品は教科書の教材としても多く扱われていますので、ほとんどの人がその名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。賢治は、37歳の若さで亡くなり、生前に出版されたのは、詩集『春と修羅』、童話集『注文の多い料理店』のみですが、死後評価され、その作品が広められました。農学校の教師を務めたり、「羅須地人協会」(らすちじんきょうかい)を設立して地域文化活動を試みたりもした人で、作品とともにその生き方や価値観も多くに人をひきつけています。賢治の作品は様々な形で出版されていますが、今回は岩波少年文庫の3冊『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』を中心に紹介します。

初の童話集『注文の多い料理店』の全作品と詩11編が収められています。山奥で迷った狩人が不思議な料理店に入り込む「注文の多い料理店」、一郎のもとに山ねこからどんぐりの裁判に来てくださいという手紙がくる「どんぐりと山ねこ」、でんしんばしらの軍隊が月夜に行進する「月夜のでんしんばしら」など、小学生でも楽しく読みながら独特の世界を味わえる作品が多くあります。賢治の描いた独特の挿絵も掲載されています。

銀河鉄道の夜 (岩波少年文庫(012))
宮沢 賢治
岩波書店
2000-12-18

 銀河鉄道にのって少年ジョバンニがカンパネラと天空を旅しながら様々なことを感じる「銀河鉄道の夜」、鳥の子を助けたうさぎのホモイが貝の火という美しい玉を手に入れますが、美しいままで持っていることができなかった「貝の火」など、幻想性に富んだ作品を中心に7編が収められています。

 

風の又三郎 (岩波少年文庫(011))
宮沢 賢治
岩波書店
2000-11-17

 9月の風の強い日に不思議な転校生がやってくる「風の又三郎」、雪の凍った日にきつねの小学校の幻燈会によばれる「雪渡り」、上手ではないセロ弾きのゴーシュのもとに動物たちがやってくる「セロ弾きのゴーシュ」など、岩手の郷土が豊かに描かれているものを中心に10編が収められています。

 

賢治の作品を読むと、自己犠牲の精神や独特の宗教観なども感じられ、よくわからないな、というところもありますが、不思議にその世界にひきこまれます。空に光る星々、野山で生活する動物たち、農村で暮らしている人々、ざしき童や山男などの普段は見えないもの、そういったものたちの営みがユーモアをもって描かれていて、その息遣いを感じることができます。その作品は、感性豊かな子ども時代に触れてほしいものであると同時に、大人になって読み返すと、また新たな不思議を味わえるような深みのあるものです。 

言葉の響きも独特で味わいがあります。「どっどど どどうど どどうど どどう」(「風の又三郎」)、「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン。(「かしわばやしの夜」)、など思わず声に出して読みたくなります。作品の中に、詩や歌が取り入れられているともあり、言葉で楽しさも味わうことができます。

また多くの画家が賢治の作品の挿絵を描いています。文章だけではイメージしにくいという子も、挿絵があることで親しみやすくなると思います。ぜひ賢治の作品の一つ一つと丁寧に向き合って描いたものを選んで手渡してあげてください。『セロひきゴーシュ』(茂田井武画 福音館書店 1966)、『雪わたり』(堀内誠一画 福音館書店 1969)、『水仙月の四日』(赤羽末吉画 福音館書店 1969)、などは、同じ作家の作品でもここまで風合いが違うのかと驚きますが、それぞれ作品世界の雰囲気を見事に描き出しています。

 

 

雪わたり (福音館創作童話シリーズ)
宮沢 賢治
福音館書店
1969-12-20
 
 
 
 
水仙月の四日
宮沢 賢治
創風社
1997-08
 
 
 

賢治は童話集『注文の多い料理店』の「序」に次のように記しており、賢治がどのようなことを考えて作品を描いたのか伝わってきます。

「 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。

 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおりに書いたまでです。

 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだが、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。

 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。」

(『注文の多い料理店 イーハトーブ童話集』  岩波書店 2000 P9~10)

子どもたちには賢治作品の楽しいところをたっぷり味わってもらうとともに、作品に触れることで、宮沢賢治という100年以上前に生まれた一人の人間に出会ってもらえればと思います。

(作成 I.S)

基本図書を読む27『ピーター・パンとウェンディ』J・M・バリー


ディズニーのアニメやミュージカルで誰もが知っている「ピーターパン」の原作を、読んだことがありますか?今回、紹介するのは石井桃子さんが1957年に岩波文庫のために訳出したものを、子どものために改訳した福音館書店版の『ピーター・パンとウェンディ』(石井桃子/訳 F・D・ベッドフォード/画 1979年)です。2003年に童話シリーズとして福音館文庫になっています。

 

 


 

この作品は、子ども向けに出版される前の1904年12月に「ピーター・パン―おとなにならない少年」という題の劇がでロンドンで上演されて好評を博し、1911年にその劇を本にして出版した「Peter and Wendy」を訳したものです。ジェイムズ・マシュー・バリーはこの作品で作家としての功績が認められ、1913年に準男爵に任じられました。

夢見がちな少女ウェンディは、ある夜、子ども部屋に忘れた自分の影を探しにやってきたピーター・パンと出会います。ピーターの影をウェンディが縫い付けてあげることろから、この物語は大きく動き出し、弟のジョンとマイケルを巻き込んでネヴァーランドへ飛んでいき、個性豊かな海賊フックとその一味や、インディアンたちと心躍る冒険を繰り広げるのです。初めてこの作品を読んだン十年前、妖精の粉の力を借りて夜空を飛んでいけるなんて、なんて素敵だろう、誰もが子どものままで居られるネヴァーランドがほんとうにあったらどれだけ楽しいだろうとわくわくしたことを思い出します。

ところでピーターの姓名であるパンといえば、『たのしい川べ』(ケネス・グレアム・作 石井桃子/訳 岩波書店 1963)(基本図書を読む②)に出てくるパンの神を思い出す人もいるでしょうか。迷子になったカワウソの子が葦の根元でパンの神に見守られている第7章「あかつきのパンの笛」は印象的です。パンとはギリシャ神話に出てくる半身半獣の牧神で、大勢の妖精とも関係があります。作者バリーはそこからピーターの姓をつけたのではと類推したのですが、それに関しては徳島大学の山内暁彦氏の研究「ピーター・パンと牧神「パン」」が大変興味深いので、ぜひご一読ください。(「Hyperion」59、15-32、2013 徳島大学 →こちら

今回、大人になって読み返して気がついたことがありました。迷子たちの家でのウェンディの役割などをみると女性に良妻賢母を求めていることや、フックが有名なパブリックスクールの卒業生でその伝統と正しい作法というものにこだわっている、つまりはそれに価値を置いているということでした。この作品が書かれのが1900年代初頭で、そうした古い価値観が一般的だったわけですが、子ども時代にはまったく気にならなかった部分が引っかかってしまったのは意外でした。それだけ大人の分別を持ってしまったということなのでしょう。だからこそ、この作品に妖精の力を信じることの出来る時代に出会ってほしいと思います。

この作品については、猪熊葉子氏は、『英米児童文学史』の中で「一八世紀末ローマン派の詩人たちは一様に子どものもつ人間的価値に目ざめ、子どもたちを生命や成長の象徴としてとらえた。そしてそのような児童像が徐々に一九世紀の人びとの意識にきざみつけられていったのだが、バリの時代にはそのような前向きの児童像がかなり変化をみせ、幼年時代は浮世の苦渋にたえねばならぬ大人たちの心理的エスケープの対象であると受けとられるようになってきていたのである。永遠の子どものままであれば、大人になる痛みにたえる必要はなく、いつまでも楽しく過ごすことができるからである。バリが成功したのは、そのように現実逃避したい欲求をもつ大人の代弁者となったからであった。」(瀬田貞二/猪熊葉子/神宮輝男/共著『英米児童文学史』 研究社 1971 p160)と、評論しています。

瀬田 貞二/猪熊葉子/渡辺茂男
研究社出版
1971-08-30
 
 
 
 
大人になることを拒み、いつまでも子どものままでいるピーター・パンに対して、17章「ウェンディが大きくなって」では、子どもたちはそれぞれに大人になっていきます。大人になったウェンディとピーターが再会するところでは、ウェンディがすでに結婚して母親になっていて一緒に飛んでいけないことを知ってピーターがショックを受けて泣くシーンがあります。そのかわり娘のジェインが代わりにネヴァーランドへ行くことになるのですが、このことは子ども時代に豊かに持っている空想する力、物語の中にどっぷりと入り込んで楽しむ力は、学校で勉強をし、社会の常識を身につけ、大人になっていく中で失われていくことを暗示しています。このシーンも子ども時代に読んだ時には、さほど気にならず、とにかくネヴァーランドの冒険の楽しさがのほうが心に強く残ったのですが、今回読み返してみると印象的でした。たとえ「現実逃避したい欲求をもつ大人の代弁者」のように評される作品でも、子ども時代に出会って読めば、それは不思議な不思議な冒険へ誘う妖精の粉です。何度も言うようですが、だからこそ子ども時代にぜひ読んでほしいと思います。
 

 なお、岩波少年文庫のほうは、『ジェインのもうふ』(アーサー・ミラー/作 アル・パーカー/絵 偕成社 1971年)や『ロバのロバちゃん』(ロジャー・デュボアザン/作 偕成社 1969年)を翻訳した厨川圭子さんが1954年に翻訳したものが、2000年に新版となって版を重ねています。今回、2冊を比べ読みしましたが、どちらも甲乙つけがたく思いました。

ピーター・パン (岩波少年文庫)
J.M. バリ
岩波書店
2000-11-17


 

 (作成K・J)

基本図書を読む26『風と木の歌』 安房直子


 安房直子さんは豊かな感性から、数々の美しい物語を生み出した日本の作家です。日常の生活のすぐそばにありそうなふしぎな世界をみせてくれます。今回紹介する『風と木の歌』は、安房さんの初めての短編集で、8つの物語が入っています。

 

 

 何編か紹介すると、きつねがそめてくれた指から懐かしいものがみえる「きつねの窓」、サンショウの木の中に住んでいる不思議な女の子の話「さんしょっ子」、目のみえない女の子に空や海の色をみせてあげる風の子の話「空色のゆりいす」、祭りの晩に100年もの寿命を村人に贈るカメの話「だれも知らない時間」、などがあります。『風と木の歌』というタイトルがぴったり合っていて、すぐそばにあるのに普段の感じ方では気づくことができないものが美しく描き出されています。

次の場面は、「空色のゆりいす」のなかで、風の子が女の子のお父さんに空色をわけてあげるところです。

 「きみ、ぼくはね、絵の具をわけてもらいにきたんだよ。」

 すると、男の子はすずしい目でわらいました。

 「だって、おじさん、空の色がほしいんでしょ。ほんとうの空色は空からもらうんだよ。」

 男の子は、もう一つのポケットから、まっ白いハンカチをとりだして、草の上にひろげました。それから、あのガラスのぼうを、お日さまにかざしました。

 すると、どうでしょう。白いハンカチの上に、小さな小さなにじがかかったではありませんか。

 「空色のゆりいす」(『風と木の歌』 P57)

 ハッとするほど美しい情景ですが、どこか素朴で親しみやすさもあります。まっ白なハンカチが緑の草の上にふわりと広がり、透明なガラスの棒にお日さまがあたって虹が浮かびあがる光景は、別世界に行って驚くというよりは、実際にも起こりそうです。安房さんの描くふしぎは私たちの身近にありそうで、自然にその世界に入っていくことができます。物語を読んだ子が、どうしてハンカチの上ににじがかかるのだろう(「空色のゆりいす」)どうして染めた指からなつかしいものが見えるのだろう(「きつねの窓」)、と、素直にふしぎがっている様子を何度か目にしました。日常の中にこそふしぎで美しいものがあるという大切なことをそっと伝えてくれる、ぜひ出会ってほしい物語です。

 安房直子さんは、日本女子大学国文科に在学中より山室静氏に師事し、「目白児童文学」や同人誌「海賊」を中心に作品を発表しました。「さんしょっ子」で日本児童文学者協会新人賞、『風と木の歌』では小学館文学賞を受賞するなど、多くの賞を受けています。「きつねの窓」は教科書にも掲載され、多くの人に親しまれました。偕成社より「安房直子コレクション」が全7巻で出版されており、主要作品71点とエッセイ40点余りが収録されています。第7巻には、作品目録、年譜も収録されています。

 

「童話と私」というエッセイで、安房さんは次のように書いています。

「私が、童話をこころざした動機を、ひとことで言うとしたら、私自身が、子どもの好きなものが大好きだからということになるでしょうか。つまり子どもが夢みたり、憧れたり信じたりするもの――小人とか、妖精とか、魔女……等々、この世の中には決してあるはずのない、それでいて、ひょっと、どこかにかくれているかもしれない、そういうものたちに、子どものころから憧れて、おとなになっても憧れつづけて、それで結局、そういう物語を書くようになったのです。」(『安房直子コレクション1 なくしてしまった魔法の時間』 安房直子 偕成社 2004』 p312)

  安房さんの作品は、幼いころ愛読したというグリム童話やアンデルセンの作品におそろしく感じるものがあるように、幸せな結末のものばかりではありません。優しくあたたかですが、命あるものの哀しさ、きびしさも根底に流れています。憧れを描きつつ、甘ったれっていない清々しい作品は、子どもから、思春期に入った子、そして大人になっても、ひきつけられるものがあり、愛され続けています。

(作成者 I.S)

基本図書を読む25『ハイジ』ヨハンナ・シュピーリ


 
2014年4月から始まった「基本図書を読む」の連載は、二巡し三年目に入りました。これまでに24冊紹介してきましたが、いかがでしたか?
この連載は今年度も続けることにしました。どうぞお楽しみに! →「基本図書を読む」ページ →「基本図書を読む」1回目の投稿
 
25回目に取り上げるのは『ハイジ』(ヨハンナ・シュピーリ/作 矢川澄子/訳  福音館書店 1974 ほか)です。1880年(明治13年)と1881年(明治14年)にスイスの女流作家ヨハンナ・シュピーリが出版した『ハイジの修行時代と遍歴時代』と『ハイジは習ったことを使うことができる』の2冊が原作です。最初は匿名で上巻を出版しましたが、大変な好評を得て下巻は本名で出版しました。『ハイジ』は日本でも1920年(大正9年)に野上弥生子によって最初の翻訳本が家庭読物刊行会から出版され、これまでに抄訳を含め30通りほどの翻訳本が出されています。中には登場人物を日本名にした『楓物語』(山本憲美/訳 福音書館 1925年(大正14年))などもありました。
 
ハイジ (福音館古典童話シリーズ (13))
J・シュピーリ
福音館書店
1974-12-10
 
生まれてまもなく両親を相次いで失い母の妹デーテに育てられていた5歳になるハイジが、そのデーテに連れられてアルムの山を登っていくところから物語は始まります。デーテは新しい奉公先が決まったため、幼いハイジをアルムの山小屋で一人暮らす父方の祖父に預けに行ったのでした。ハイジはその天真爛漫で素直な心でアルプスの大自然に囲まれた祖父との生活にすぐに慣れ、その生活を楽しむようになります。
ところが3年後、叔母のデーテが再び現れ、フランクフルトのゼーゼマン家の身体の弱い令嬢クララの遊び相手として連れて行かれるのです。クララとはすぐに打ち解けるものの、ハイジは山の生活を恋しがり、心の病になってしまいます。その状況を知ったゼーゼマン氏はハイジをすぐにアルプスに戻すことを決意します。
フランクフルトでクララのおばあさんに、字を読むことと、神に祈ることを教えてもらったハイジは、村の人と断絶していたおじいさんを改心させ、またヤギ飼いのペーターの盲目のおばあさんに祈りの詩を読んであげて励まします。やがてクララがハイジ恋しさにアルプスの山小屋を訪れます。ところが二人の仲の良さに嫉妬したペーターがクララの車椅子を斜面から落として壊してしまうのです。しかし、それがきっかけでクララは自分の足で歩こうと決意し、ハイジとペーターの肩を借りて歩けるようになるシーンは何度読んでも感動的です。 物語は、クララの足の回復を知ったゼーゼマン氏がクララをスイス国内の旅行に誘い、ハイジとの再会を約束して別れる一方で、ゼーゼマン家の医者がハイジの後見人となることをアルムのおじいさんに約束するところで終わります。心優しく健気なハイジの成長の物語は、世界中の多くの人に愛されてきました。

ヨハンナ・シュピーリ(Spyriという姓は、スピリ、シュピリなどに訳されていますが、ここでは福音館書店の本に合わせてシュピーリと表記します)は、1827年スイスのチューリヒ湖南岸近い山村ヒルツェルで、医者である父ヨハン・ホイサーと牧師の娘である母メタ・ホイサーのもとに生まれました。25歳で弁護士ヨハン・ベルンハルト・シュピーリと結婚しました。シュピーリが初めて子どものための本を書いたのは44歳の時で、三作目にあたる『ハイジの修行時代と遍歴時代』は53歳の時の作品でした。
 
敬虔なキリスト教徒である両親に育てられたシュピーリの作品には、宗教的な側面が色濃く残っています。『アルプスの少女ハイジとともに―シュピーリの生涯』(高橋健二/著 彌生書房 1984年)に、「人間としてあくまで真理と真実を求めて力を尽くすが、究極は神にまかせるという謙虚さがシュピーリの作品を貫いている。」(上述の本 p80)と書いてあるとおり、それはクララのおばあさんがハイジに祈りを教える場面や、アルムのおじいさんの改心、嫉妬にかられたペーターの呵責の念を責めずに諭すクララのおばあさんの姿勢などに如実に表れています。
 
この物語が描かれた時代のスイスには、「自然に帰れ」と唱えた教育者のジャン・ジャック・ルソー(1712~1778)や、子どもたちの自立性を重んじ子どもたちが人間本来の成長を遂げられるよう大人は見守るべきだと解いた教育者ヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチ(1748~1827)の教育思想が広まっており、この作品にもそれが反映されています。
『アルプスの少女ハイジとともに―シュピーリの生涯』を書いた高橋健二は、「「自然に帰れ」というルソーの叫びにこだまするように、シュピーリは山の自然な生活の健康な美しさを飽かずに書いた。都会はしばしば、人の心身をゆがめ、むしばむのに反し、母なる自然は本来の人間を育てる。自分は全く大地の子で、栄養を大地から引き出す、と彼女は言っている。自然への帰依は神への帰依である。彼女の自然感情は神への思いに通じている。「ハイジ」は自然児の最も美しい賛歌である。」(p113)と、そのことをについて書いています。
 
日本では1974年にテレビアニメ化され多くのファンを得ました。その際、極力宗教色は排除され、またクララが歩き出すエピソードは、ペーターの嫉妬による車椅子の破壊ではなく別の物語に仕立てられています。アニメで見て「ハイジ」を知っているという方にも、ぜひ原作を読んで欲しいと思います。
 
なお、私は今回、福音館書店版と岩波少年文庫版で読みました。福音館書店の古典童話シリーズ(矢川澄子/訳 1974)は、1880年の初版本のために描かれたパウル・ハイの挿絵が使われています。福音館文庫として上下巻になったものもあります。一方、2003年に出版された岩波少年文庫は、上田真而子が現代の子どもたちに馴染むよう訳し直しており、字体も大きく、とても読みやすくなっています。こちらは本来は『ハイジの修行時代と遍歴時代』つまり上巻に含まれる「日曜日、教会の鐘が鳴ると」を、下巻の最初に持ってきています。これはひとつの物語として連続している「ハイジ」を1冊の本とみなし上下巻を、文章量で調節したからだとのこと。絵もシュピーリ没後100年記念にチューリヒで出版された本のために描かれたものを使っているとのことです。
 
『ハイジ』上・下 ヨハンナ・シュピリ/著 上田真而子/訳 岩波少年文庫 岩波書店 2003
ハイジ (上) (岩波少年文庫 (106))
ヨハンナ・シュピリ
岩波書店
2003-04-18

 

 

ハイジ (下) (岩波少年文庫 (107))
ヨハンナ・シュピリ
岩波書店
2003-04-18
 
 


 さて、「ハイジ」についての研究書や評論は少なく、その一方で「ハイジ」ゆかりの地を巡る紀行写真集は何冊か出版されています。それらの中から、再読のお供になるおすすめの何冊かを取り上げてみます。

『アルプスの少女ハイジとともに―シュピーリの生涯』高橋健二/著 彌生書房 1984

1972年にドイツ文学者高橋健二が最初に著した『シュピーリの生涯』を判型と字体を一回り大きくして再版されたものです。1969年にチューリヒにヨハンナ・シュピーリ財団を設立した篤志家フランツ・カスパー氏からの貴重な資料の提供を受けて書かれた本格的なシュピーリの伝記です。

 

『アルプスの少女ハイジ―スイスメルヘン紀行』高橋健二/監修 矢川澄子/文・訳 西森聡/写真 求龍堂 1992

高橋 健二
求龍堂
1992-12
 
シュピーリの伝記を著した高橋健二が監修し、福音館書店版の翻訳を手がけた矢川澄子の文章と、写真家西森聡の美しいアルプスの大自然の写真で、「ハイジ」の世界観を余すことなく伝えてくれるガイドブックです。巻末には高橋健二による簡単なシュピーリの略歴が書かれており、年譜と作品リストもあります。
 
 
『アルプスの少女ハイジの文化史』福田二郎/著 国文社 2010

アルプスの少女ハイジの文化史
福田 二郎
国文社
2010-09
 
 子ども時代にアニメで「ハイジ」に親しみ、大人になって原作を読みますます「ハイジ」のファンになったという欧米文学者である著者が、この作品の文化的な背景を宗教、歴史、社会問題にまで広げて紐解いてくれた解説書です。とても読みやすい文体で書かれていて、「ハイジ」についてより深く理解ができることでしょう。
 
 『ハイジ神話―世界を制服した「アルプスの少女」』ジャン=ミシェル・ヴィスメール/作 川島隆/訳 晃洋書房 2015
 
ハイジ神話―世界を征服した「アルプスの少女」
ジャン=ミシェル ヴィスメール
晃洋書房
2015-03-24
 
 2014年春のジュネーヴ国際ブックフェアでスイスの文学者である著者と翻訳者の川島隆が「ハイジ」を題材にシンポジウムを開催したご縁で、この研究書が翻訳されました。豊富な資料を下敷きに書かれたスイス人文学者の目から見たシュピーリの研究、「ハイジ神話」論、そして「日本のハイジ」と題して「日本人にとってのハイジ像」の分析もあり興味を引きます。
 
 (作成K・J)

基本図書を読む24『ジャングル・ブック』 R・キップリング


森の中で動物たちと共に暮らせたら、どんなに楽しいだろう? どんなわくわくしたことが待ち受けているのだろう?と、考えたことがある人は多いのではないでしょうか。

『ジャングル・ブック』(R・キプリング作 木島始訳 福音館書店 1979)は、.インドのジャングルでオオカミの子として育てられた少年モーグリの物語です。イギリスの作家ラディヤード・キップリングが書いた2冊の本『ザ・ジャングル・ブック』(1894)と『ザ・セカンド・ジャンブル・ブック』(1895)におさめられている15編からモーグリが主人公になっている8編が訳されています。

ジャングル・ブック (福音館古典童話シリーズ (23))
ジョセフ・ラドヤード・キップリング
福音館書店
1979-07-10

 

 

  トラが人間を襲ったことから、オオカミの巣穴にやってきた人間の赤ん坊モーグリは、動物たちの会議でジャングルの一員として認められ、クマのバルー、ヒョウのパギーラ、白蛇のカーなどジャングルの仲間からジャングルの掟を教わりながら、成長していきます。掟は、くさった枝と上部な枝をどう見分けるか、また自分の土地以外で狩りをするときはどうするか、など自然の見方からお互いの領域の守り方まで様々なものがあります。ジャングルは豊かな恵みががあると同時に厳しい掟があり、それを守らないものは生きていけないのです。

 やがてモーグリは、宿敵のトラであるシアカーンをやっつけ、ジャングルに侵入してきたドールと呼ばれる殺しやの赤犬たちを一掃するほど、モーグリは力、知恵、勇気をもつようになります。それでも、モーグリはジャングルのものにもなりきれず、人間にもなりきれず、動物と人間の間で苦しむことになるのです。オオカミの頭アケーラは、モーグリにこう言います。

「ずっと目をかけてやってた、おおかみっ子だが、おまえは、やっぱり人間だよ、ぼうや。

おまえは、人間なんだ、さもなけりゃ、おおかみなかまたちは、ドールを前にして、逃げてしまっていたところだ。

おれが助かったのは、おまえのおかげだ。いつか、おまえを、おれが助けてやったように、今日は、おまえが、おおかみなかまを助けてくれた。

おまえは、もう忘れてしまったのか? あらゆる借りは、すっかり支払われたぞ。

おまえのなかま、人間たちのところへ、もどっていくがいい。おれの目といっていいおまえ、もう一度いうが、狩りは、終わったのだ。

人間のなかまへ、かえっていくがいい。」(P410)

  野生で育ち、やがて人間の世界にもどっていくモーグリの一連の物語は、一人の英雄を思わせる神話のような力強さ、神秘さがあります。自然や生き物の姿が鮮やかに描かれており、光、風、匂い、音を生き生きと感じ、ジャングルの鼓動が伝わってきます。読み手は、モーグリと共に大地を走り、木にぶらさがり、巣穴で休み、時には飢えに苦しみ、ジャングルでの暮らしを体で感じることができるのです。同時に、ジャングルのものになりきれないモーグリのかなしみ、さみしさも伝わってきます。自分とは何なのか苦しみながらも、愛し育ててくれたものに支えられ、最後は一人で自分の道を選んでいくモーグリの姿は、自分の居場所を探ろうとしている若い人たちの共感も得ることと思います。

人間のもとに戻ろうとするモーグリに、クマのバルー、ヒョウのパキーラ、白蛇のカーの3匹がおくった詩は、次のようにしめくくられています。

「森と水と 風と木と

知恵と 力強さと 礼儀正しさと

ジャングルのありがたさ おもえとともに!」

(「三匹のうた」より P475)

   作者キップリングは今から150年前、インドのボンベイで生まれ、5歳までインドで育ちました。『ジャングル・ブック』の舞台はインドのジャングルで、インドをよく知っていたキプリングだからこそ、野生の自然の厳しさ、美しさを鮮明に書くことができたのでしょう。他にも、『少年キム』(三辺律子訳 岩波書店 2015)、『ゾウの鼻が長いわけ-キプリングのなぜなぜ話』(藤松玲子訳 岩波書店 2014)などがあります。『少年キム』は「本のこまど」の新刊情報「2015年11月、12月の新刊から」でも紹介されています。

少年キム(上) (岩波少年文庫)
ラドヤード・キプリング
岩波書店
2015-11-18

 

 

 

 

 モーグリの物語は多く訳されており、他にも『ジャンブル・ブック』(三辺律子訳 岩波書店 2015)、『ジャングル・ブック―オオカミ少年モウグリの物語〈第1部〉〈第2部〉』(金原瑞人訳 岩波書店 1990)などもあります。今回は、表現がわかりやすく、詩のような響きのある文体の木島始訳を選びました。

 

 平成27度の『基本図書を読む』でも、12回にわたって基本図書を紹介してきました。平成26年度に紹介したものと合わせると24冊になります。第1回の記事にも書きましたが、基本図書とは、長い間子どもに愛され、読み継がれてきた本を言います。時の試練を経ても色あせることがない、読書の喜びを与えてくれる本で、図書館の蔵書の核となっている本です。基本図書を読むことで、子どもたちが本質的にどんなものを求めているのか、質の高い作品とはどのようなものなのか、図書館員としてどのようなものを手渡していくべきかが、自ずとみえてきます。読むのに時間がかかる作品も多いのですが、読むに値する作品ばかりので、ぜひ1冊ずつでも実際に読んでみてください。『基本図書から学ぶ』は来年度も続けていく予定です。どうぞお楽しみに!

(作成T.S)

基本図書を読む23『ゲド戦記Ⅰ影との戦い』ル=グウィン


“ことばは沈黙に
 光は闇に
 生は死の中にこそあるものなれ
 飛翔せるタカの
 虚空にこそ輝ける如くに”
  ――『エアの創造』―― (『ゲド戦記Ⅰ影との戦い』ル=グウィン作 清水真砂子訳 岩波書店 1976 見返しより)

 幼い少年ダニーは生後まもなく母親が亡くなり、父親にも顧みられずゴントという島で幼少期を過ごします。7才になったある日のこと、まじない師である叔母が山羊に向って唱えた呪文を覚え、自分も唱えてみます。たちまち山羊が集まるのを見て、叔母は小さな甥っ子に備わった能力に気づき、魔法使いとして訓練を始めます。
 12才の時、島を強大なカルカド帝国の軍隊が襲ってきますが、ダニーは霧集めの術を使って、軍隊から村を守り抜きます。その噂を聞きつけてル・アルビの大魔法使いオジオンがダニーを訪ねて、弟子としたいと申し出るのです。13才の成人式の後、ダニーは真の名が「ゲド」だとオジオンに伝えられ、この大魔法使いの下で修行をするべ故郷の村を離れるのです。

ゲド戦記 全4冊セット

 アメリカの女性SF作家、アーシュラ・クローバー・ル=グウィン(1929年生まれ)が1968年から2001年にかけて書いた『Earthsea』シリーズは、日本では『ゲド戦記』として岩波書店から清水真砂子の翻訳により出版されました。第1巻の『影との戦い』(原題:『A Wizard of Earthsea』1968年 邦訳1976年)に続いて、『こわれた腕輪』(原題:『The Tombs of Atuan』1971年 邦訳1976年)、『さいはての島へ』(原題:『The Farthest Shore』1972年 邦訳1977年)、『帰還―ゲド戦記最後の書―』(原題:『Tehanu,The Last Book of Earthsea』1990年、邦訳1993年)、『アースシーの風』(原題:『The Other Wind』2001年 邦訳2003年)、『ゲド戦記外伝』(原題:『Tales from Earthsea』2001年 邦訳2004年 現在は『ドラゴンフライ』と題名変更)と全6巻が出版されています。

 『ゲド戦記』のシリーズは、アースシーという多島海諸地域を舞台とし、並外れた魔法の力を持つゲドが繰り広げる波乱万丈の生涯を軸に、世界の光と闇を描く壮大なハイファンタジーです。

 

影との戦い―ゲド戦記〈1〉 (岩波少年文庫)
アーシュラ・K. ル=グウィン
岩波書店
2009-01-16

 第1巻の『影との戦い』では、少年ゲドがその才能を師オジオンに見出され、ローク島の学院で魔法を学ぶのですが、虚栄心から死者の霊とともに自分に襲いかかる影を呼び出してしまい、その影と対峙するという厳しい試練をくぐり抜けるまでが描かれています。

 翻訳を担当した清水真砂子が、この原書を手にした時に、“読みながら、文字どおり体がふるえるような感動を覚えまして、「どうしても訳したい!」と思いました。これが納得のいくように訳せたら、ほんとうにもう、あとはなんにも要らない、と思いました。”(『「ゲド戦記」の世界』清水真砂子 岩波ブックレットNo.683 岩波書店 2006 p7)と感じたというように、13才で故郷の村を出て、さまざまな葛藤の末、自ら呼び出してしまった影と対峙し戦うまでのゲドの成長の過程は、読む者の心にさまざまな感動の波を起こします。

「ゲド戦記」の世界 (岩波ブックレット)
清水 真砂子
岩波書店
2006-09-08

 

 

 オジオンの下で修行を始めたゲドは、早く魔法を伝授されたいと焦ります。事を成し栄誉を我がものにしたいと逸るゲドは、オジオンの留守中に『知恵の書』を紐解き、習いたての神聖文字で呪文を読み解くうちに、暗黒の影を呼び出します。そこへ光を放ちながら飛び込んだオジオンによって、その呪文は解けますが、「そなた、考えてみたことはいっぺんもなかったかの?光に影がつきもののように、力には危険がつきものだということを。魔法は楽しみや賞賛めあての遊びではない。いいか、ようく考えるんだ。わしらが言うこと為すこと、それは必ずや、正か邪か、いずれかの結果を生まずにはおかん。ものを言うたり、したりする前には、それがどういうことになるかを、あらかじめ、知らねばなるまいぞ!」(p41 引用は1979年出版のハードカバー版より)と諫められます。

 オジオンは、ゲドにもっと広い世界を見せるためにローク島にある魔法学院で学ぶように勧めます。ロークの学院ではヒスイと言う名の育ちのよい先輩や、自分とうまが合うカラスノエンドウという先輩に出会います。ゲドはこのヒスイに対して嫉妬心と憎しみを抱くようになります。学院で驚くべき速さでさまざまな術を身につけていったゲドは、やがて自分の力を過信するようになっていきます。そして15才になった夏祭りの夜に、ヒスイの挑発にのって、死者の霊を呼び出す呪文を唱え、黒い影のかたまりを呼び出してしまったのです。黒い影はゲドに瀕死の傷を負わせ、ゲドを救おうとした学院長大賢人ネマールは命を落としてしまいます。

 ゲドもその傷が癒えるのに長い時間を要します。翌年の春になって、ようやくゲドが回復すると新しい学院長のジェンシャーは、ゲドに「そなたはすぐれた力を持って生まれた。だが、そなたはそれをあやまって使ってしまったな。光と闇、生と死、善と悪、そうしたものの均衡にどういう影響を及ぼすのかも考えずに、そなたは自分の力を越える魔法をかけてしまったのだ。しかも、動機となったのは高慢と憎しみの心だった。(中略)そなたとそのものとは、もはや、離れられはせぬ。それは、そなたの投げる、そなた自身の無知と傲慢の影なのだ。」(p106)と告げられます。

  18才でロークの学院での学びを終え、ロー・トーニングの島でベンダーの竜の力を鎮めた後、あの影に追いかけられさまざまな試練をかいくぐったゲドは、もう一度オジオンの下へ戻っていきます。ゲドは師から「一度はふり返り、向きなおって源までさかのぼり、それを自分の中にとりこまなくては、人は自分の行くつくところを知ることはできんのじゃ。」(p196)と、影から逃げるよりも立ち向かうことを教えられます。

 影を追う旅の途中で、絶海の孤島では、数十年前の子どもの時分に島流しにされた王子、王女だった老兄妹に出会い、次の物語(『こわれた腕輪』)に続く欠けた腕輪を受け取ります。またカラスノエンドウと再会し、彼の助けを得て影との対決へと船出をします。その時ゲドは19歳でした。その死の影と対決する場面は、とても印象的です。

 「ゲドは勝ちも負けもしなかった。自分の死の影に自分の名を付し、己を全きものとしたのである。すべてをひっくるめて、自分自身の本当の姿を知る者は自分以外のどんな力にも利用されたり支配されたりすることはない。」(p270)

 清水真砂子は、この部分について、前出のブックレットの中で以下のように述べています。“ たとえば第1巻で、「全き」と訳したのは、原語でお読みになった方は覚えてらっしゃるでしょうけれども、“whole”という単語です[10世界のはてへ]。それをどう訳すか、ほんとうに四苦八苦しました。第1巻は、ひとりの人間が少年から大人になるまでのことを書いた作品だと考えれば、考えられなくはないですね。「全き」状態になるということ、ひとつの成長の時期を書いたもの、ととることができます。”(『「ゲド戦記」の世界」 p12)

 発達心理学の観点からも、“このような第二次反抗期の心理傾向を前提として、人間がさらに成長するときの起爆剤として、自らの第二人格(影)的対象との強烈な葛藤があり、対決がなされるというのが、欧米で語られてきたところの大人になる一つのパターンであり、「ゲド戦記Ⅰ」は、この課題を余すところなく描いた作品である。”(『ファンタジー文学の世界へ―主観の哲学のために―』工藤左千夫著 成文社 2003 p147)と、捉えられています。

ファンタジー文学の世界へ―主観の哲学のために
工藤 左千夫
成文社
2003-11
 
 
 
 ゲドの内面の成長を描くことで、思春期にそれぞれの子どもたちが出会うであろう自己確立のための内面的葛藤に立ち向かう勇気を与え、その後の人生に指針をしめしてくれる1冊だと思います。私はこれまでこの本を手渡してきた子どもたちが、この本に出会うことで、自己の内面をみつめ不登校から立ち上がる契機になったり、自分の親の死に対面した中で自分を支える杖としたのを見てきました。力のある作品が、成長過程で出合う危機的な状況の中で、その迷える心に寄り添い、導き、そして光を見出す道しるべとなっていくことを、そばで見ていて実感するのは、本を手渡す仕事をするものにとっても大きな喜びでもあります。
 
 そのことについて、脇明子はその著『物語が生きる力を育てる』(岩波書店 2008)の中で、以下のように述べています。
物語が生きる力を育てる
脇 明子
岩波書店
2008-01-29
 
“ゲドが当初いだいていた願望や欲求は、そのままの形で満たされることはなく、それでも最終的にゲドは望んだ以上の地点にたどり着く、ということです。その過程では、願望や欲求そのものが、幾度となく見直されます。世界をよりよく知り、人間を知り、自分を知るにつれて、願望や欲求はおのずと変化することもあれば、苦しんだ末に現実を受け入れてあきらめざるをえないこともあります。しかし、それですべてが失われるわけではなく、現実認識によって鍛え直された願望は、しだいに実現可能なもの、手が届くものになっていきます。それに視野が広がることによって、ついぞ気づいていなかった新たな願いが湧き上がってくることもあります。
 幼い子どものひたすらな願いが、まっすぐに飛ぶ矢のようにかなえられる物語とはちがって、思春期の物語がたどる道のりは意外性に満ちており、結末にたどり着いて振り返ると、最初にこだわっていた問題がこっけいなほどに小さく見えたりもします。それが成長するということであり、そんな物語をしっかり感情移入しながら読むことによって、読者もまたいくらかは成長することができるのだと思います。”(『物語が生きる力を育てる』第7章 願いがかないことと成長すること p158-159)

 この本に出会うことで、困難を乗り越えていった子たちは、まさに物語を感情移入しながら読みながら、自分の内面を見つめ、自ら解決の糸口をみつけ、それを乗り越える力を得ていったのでした。このような力を持った作品を、必要としている子どもたちに、時機を逃さずに手渡していくことが、子どもと本をつなぐ仕事にとって大切であると感じています。

(作成K・J) 

基本図書を読む22『トムは真夜中の庭で』フィリッパ・ピアス


 
「庭園がいちばんすきな季節は夏で、それも晴れわたった天候のときだった。初夏には、芝生のところにある三日月型の花壇にまだヒヤシンスが咲き残っていた。まるい花壇では、ニオイアラセイトウが咲いていた。やがてヒヤシンスがおじぎをして枯れ、ニオイアラセイトウもひきぬかれてしまうと、こんどはアラセイトウやエゾギクが、それにかわって花をひらいた。温室の近くに、刈りこんであるツゲの茂みがあったが、その横腹はまるで大きな口のようにへこんでいた。そのへこんだところには、咲きほこっているゼラニウムの鉢をぎっしりとつめてあった。日時計の小径のあたりには、まっかなケシの花やバラが咲いていた。夏の日がくれると、サクラ草が小さな星々のようにかがやいた。晩夏には、煉瓦塀のところにある西洋ナシが、人にとられないようにモスリンの袋でつつんであった。」 ( 『トムは真夜中の庭で』 フィリッパ・ピアス著 高杉一郎訳岩波書店 1989 P66)

 見事な描写で、木々や草花であふれている様子に加え、庭にあたる光、わきおこる風、鼻をかすめる匂いなど、庭の空気を味わうことができるこの作品は、イギリス児童文学のファンタジーの中でも傑作と言われています。

トムは真夜中の庭で
フィリパ・ピアス
岩波書店
1967-12-05

 

 

 主人公のトムは、弟がはしかにかかったため、夏休みの間、おじさん、おばさんの家に預けられることになり、遊び相手もなく昔の邸宅を改造したアパートで退屈していました。眠ることができなかったある夜、トムは玄関ホールにある大時計が13時を打つのを聞き、裏口から外へさまよい出てみると、ヴィクトリア朝時代の見事な庭園が広がっていたのです。そこで、トムはハティという少女と友達になり、毎晩ベッドを抜け出して、不思議な庭で遊ぶようになります。けれども、トムの日常生活の「時間」と庭での「時間」の流れが異なるようで、雷で倒れたはずのモミの木が、次に来たときは元に戻っていたりします。そして初めはトムのよい遊び相手だったハティは、どんどん成長してして大人の女性になってしまい、トムは庭に行けなくなってしまいます。トムが自分の家に帰らなければならない日、トムはアパートの3階に住んでいるバーソロミュー夫人に会い、おばあさんがハティであることを発見します。トムは年老いたおばあさんのなかに少女のハティを認め、二人はしっかり抱き合うのです。

 ピアスは「作者のことば」の中で、この物語のテーマを次のように述べています。

 「想像力をもってしても、理性をもってしても、いちばん信じにくいことは、「時間」が人間の上にもたらす変化である。子どもたちは、かれがやがて大人になるとか、大人もかつては子どもだったなどときくと、声をあげて笑う。この理解の困難なことを、私はトム・ロングとハティ・メルバンの物語のなかで探究し解決しようと試みた。物語のおわりのところで、トムはおばあさんのバーソロミュー夫人を抱きしめるが、あれはおばあさんが、トムがいつもいっしょに遊ぶのをたのしみにしていた少女だとわかったからである。」(「作者のことば」P302)

 ファンタジーという言葉は、「目に見えるようにすること」というギリシャ語からきたと言われていますが、ピアスは、幼いころの夢をみているおばあさんの夢に入り込むという不思議な物語を、緻密な構成とリアルな描写で描ききり、一人の人間の中に確かに積み重なっていく目にみえない「時間」を見事に見せてくれます。一人で退屈していたトムが、おばあさんの大時計の音に魅かれて、不思議な庭にひきこまれ、一人遊びをしていたハティと出会うというストーリーは自然で、不思議な庭に無理なく入れます。そしてハティが大人になり、トムはハティの夢に入れなくなりますが、現実でおばあさんとなったハティに再会したとき、確かにハティと認めることができるのです。過去と現在が交錯する中での、二人の神秘的ともいえる出会いが描かれています。

 「ハティは、おばあさんになって、思い出のなかにふたたびじぶんの過去を生きはじめたときに、トムをもう一度ちゃんと見ることができた。完全にみとめあったその瞬間に、ハティはむかしのままの少女として、トムの抱擁をうけるのである。おばあさんは、じぶんのなかに子どもをもっていた。私たちはみんな、じぶんのなかに子どもをもっているのだ」(「作者のことば」P303)

 フィリッパ・ピアスは、1955年に第1作目『ハヤ号セイ川をいく』で好評価を得て、1958年に『トムは真夜中の庭で』でカーネギー賞を受賞しました。J.R.タウンゼントが『子どもの本の歴史』で「物語作家としての才能にすぐれ、いつまでも記憶に残る人物を創造する小説家としての力と、バランスのよくとれた作品を完成する建築家的なとでも言うべき才能においてまさっている。」と述べているように、イギリス児童文学作家の中でも名声を博し、子どもたちの心の深いところに響く上質な作品を書いています。

 <その他の作品>
 
ミノー号の冒険』 前田美恵子訳 文研出版 1970(文研児童読書館)
おばあさん空をとぶ』 前田美恵子訳 文研出版 1972(文研児童読書館)
りす女房』 いのくまようこ訳 冨山房 1982
それいけちびっこ作戦』 百々佑利子訳 ポプラ社 1983
ハヤ号セイ川をいく』 足沢良子訳 講談社 1984
ペットねずみ大さわぎ』 高杉一郎訳 岩波書店 1984
幽霊を見た10の話』 高杉一郎訳 岩波書店 1984
サティン入江のなぞ』 高杉一郎訳 岩波書店 1986
エミリーのぞう』 猪熊葉子訳 岩波書店 1989
ふしぎなボール』 猪熊葉子訳 岩波書店 1989
まぼろしの小さい犬』 猪熊葉子訳 岩波書店 1989
ライオンが学校へやってきた』 高杉一郎訳 岩波書店 1989
こわがっているのはだれ』 高杉一郎訳 岩波書店 1992
真夜中のパーティー』 猪熊葉子訳 岩波書店 2000(岩波少年文庫)
8つの物語-思い出の子どもたち』 片岡しのぶ訳 あすなろ書房 2002
川べのちいさなモグラ紳士』 猪熊葉子訳 岩波書店 2005
消えた犬と野原の魔法』 さくまゆみこ訳 徳間書店 2014
 
  <参考文献>

英米児童文学史』 瀬田貞二 猪熊葉子 神宮輝夫著 研究社 1971

子どもの本の歴史 英語圏の児童文学 上・下』 J.R,タウンゼンド著 高杉一郎訳 岩波書店 1982

世界児童・青少年文学情報大事典(第1~16巻)』 藤野幸雄編 勉誠出版 2000-2004

(作成T.S)

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