本に関する情報

2016年10月、11月の新刊から(その1)
『明日の平和をさがす本300』ブックガイドをぜひ座右に
基本図書を読む32『ニルスのふしぎな旅』セルマ・ラーゲルレーヴ
2016年9月、10月の新刊から(11/2追記あり)
基本図書を読む31『クラバート』プロイスラー
基本図書を読む30『エイブ・リンカーン』 吉野源三郎
2016年8月、9月の新刊から
訃報 ブライアン・ワイルドスミス
基本図書を読む29『時の旅人』アリソン・アトリー
東京子ども図書館から『ブックトークのきほん―21の事例つき』が出版されました
速報:太田大八さんが亡くなられました
オバマ大統領のスピーチが本になりました
基本図書を読む28『注文の多い料理店』『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』宮沢賢治(8/4追記あり)
2016年6月、7月の新刊から
2016年5月、6月の新刊から(その2)(1冊追加あり)

2016年10月、11月の新刊から(その1)


10月、11月に出版された児童サービス向け出版物(絵本、児童書、ノンフィクション、YA向け、教育者・研究者向けなど)の中から、おすすめの絵本いくつかを紹介します。

また、ここに紹介している本は、実際に手にして読み終えた中から選んでいます。すべての新刊本を購入して読むことはできませんが、教文館ナルニア国の新刊本コーナーなどにある本から選書し、購入し、読んで記事にしています。クリスマスの絵本と、YA向けの本は、(その2)で紹介します。

 (なお、画像はブログ用Amazonアフィリエイトを使用しています。書誌事項は奥付の出版年月日にしており、Amazon入荷日とちがって表示されることがあります。ご了承ください。)

 

絵本

『おばあちゃんとバスにのって』マット・ラ・ペーニャ/作 クリスチャン・ロビンソン/絵 石津ちひろ/訳 すずき出版 2016/9/27 
おばあちゃんと バスにのって
マット デ・ラ・ペーニャ
鈴木出版
2016-10-01
 
ジェイは毎週日曜日、教会で礼拝をすませた後に、おばあちゃんと出かけるところがあります。それはスープ・キッチンと呼ばれるボランティア食堂です。このおばあちゃん、どんなことに対しても「良いところ」をさがす名人のようです。雨降りも植物には必要、スラム街でも美しいものは見つけられる、どんな人にも素晴らしいところがあると、折々に伝えてくれるのです。ボランティア活動も援助するというのではなく、そこにいる人々と時間と場所を共有するためで、とても自然体です。この絵本は2016年度のニューベリー賞(*)、そしてコールデコット賞(*)オナー賞のダブル受賞作です。
(*)ニューベリー賞:1922年よりアメリカ児童図書館協会が授与する、アメリカ合衆国における最も優れた児童文学の著者に与えられる賞
(*)コールデコット賞:1938年より同じく児童図書館協会が授与する、アメリカ合衆国におえる最も優れた絵本に与えられる賞。オナー賞はその次点作品に与えられる 
 
『シャクルトンの大漂流』ウィリアム・グリル/作 千葉茂樹/訳 岩波書店 2016/10/14 
シャクルトンの大漂流
ウィリアム・グリル
岩波書店
2016-10-15
 
1914年にイギリス帝国南極横断探検隊の隊長アーネスト・シャクルトンは、南極大陸を横断しようと隊員26名とともにエンデュアランス号に乗って出航します。しかし、南極大陸の手前で船ごと流氷の中に閉じ込められ、その後船が難破する不運に見舞われます。厳しい自然の中で、隊員たちが協力しながら苦難を乗り越え1917年に帰還するまでの大冒険を描いた作品です。色鉛筆で描いた絵は、とても繊細でありながらダイナミックで素晴らしく、2015年度のケイト・グリーナウェイ賞(*)を受賞しています。しかも作者はこの作品がデビュー作という25歳の青年です。同じ題材を扱った読物には千葉茂樹訳の『エンデュアランス号大漂流』(エリザベス・コーディー キメル/作 あすなろ書房 2000)もあります。
(*)ケイト・グリーナウェイ賞:1956年に英国図書館協会によって設立されたイギリスの絵本作家ケイト・グリーナウェイ(1846~1901)の名を冠した賞で、その年イギリスで出版された絵本のうち、最も優れた作品の画家に贈られる賞
 
 
 『わたしのそばできいていて』リサ・パップ/作 菊田まりこ/訳 WAVE出版 2016/10/20
わたしのそばできいていて
リサ・パップ
WAVE出版
2016-09-27
 
 アメリカにはライブラリー・ドッグがいる図書館があるのをご存知でしたか?字を読むのに困難を抱える子どもたちを、ライブラリー・ドッグがサポートします。この絵本の主人公、マディは字を読むのが苦手です。特に学校でクラスのみんなの前で音読をすると、クラスメートに笑われるので余計に緊張してしまうのです。そんなマディがライブラリー・ドックのボニーに出会い、ボニー相手に本を読むうちに、少しずつ自信をもって読めるようになっていきます。苦手なことを克服するために、静かに見守ってくれるボニーのような存在はとても大切なんだと感じます。
 
 
『ふたりはバレリーナ』バーバラ・マクリントック/作 福本友美子/訳 ほるぷ出版 2016/10/20 
ふたりはバレリーナ
バーバラ・マクリントック
ほるぷ出版
2016-10-25
 
ないしょのともだち』(ビバリー・ドノフリオ/文 福本友美子/訳 ほるぷ出版 2010)などの作品があるバーバラ・マクリントックの最新作です。2016年10月6日~11月27日まで銀座・教文館ナルニア国で原画展が行われていました。最終日にマクリントックさんのトークショーも聞いてきました。バレエを習い始めた女の子エマと、プリマバレリーナのジュリアのある一日が並行して描かれています。エマがその日、大きな劇場で見たバレエ公演のプリマがジュリアなのです。公演後、二人が出会うシーンが印象的です。バレエを習っている子どもたちにぜひ手渡してあげたい素敵な絵本です。 
 
 
『はじめてのオーケストラ』佐渡裕/原作 はたこうしろう/絵 小学館 2016/11/1 
はじめてのオーケストラ
佐渡 裕
小学館
2016-10-27
 
 こちらの絵本は世界的な指揮者・佐渡裕氏が、小学生になって初めてコンサートに行き感動を味わった我が子の体験をもとに、多くの小学生にもコンサートに足を運んでほしいと願い、書いた作品です。さまざまな楽器が響き合い、美しいハーモーニーになる様子を、はたこうしろうさんの絵が余すことなく表現しています。主人公のみーちゃんが初めてコンサートホールに行ったのはクリスマスシーズンで、演目はベートーベンの交響曲第九です。ちょうどこれからの季節におすすめできますね。佐渡裕氏の公式サイトからは、小学館の特集ページにリンクされており、インタビュー動画も見ることができます。こちら→佐渡裕オフィシャルファンサイト→「はじめてのオーケストラ
 
 
『パンタロンとケーキやさん』キャサリン・ジャクソン/作 レナード・ワイスガード/絵 こみやゆう/訳 好学社 2016/11/1
パンタロンとケーキやさん
キャサリン ジャクソン
好学社
2016-11-02

 1949年にイギリスで出版されたA Little Golden Bookシリーズの中の1冊として出版され、その後1951年にアメリカでも出版された絵本が日本で初めて紹介されました。翻訳はこみやゆうさん。ケーキが大好きなプードルのパンタロンが主人公。ケーキ屋さんのお手伝いがしたいのですが、ケーキ屋のベーカーさんに断られてしまいます。そんなパンタロンはベーカーさんが怪我でお休みの間、大活躍します。『あめがふるとき ちょうちょうはどこへ』(メイ・ゲアリック/文 岡部うた子/訳 1974 金の星社)や、『ちいさな島』(ゴールデン・マクドナルド/文 谷川俊太郎/訳 童話館出版 1996)の絵を描いたレナード・ワイスガードのふんわりとした素朴な絵が楽しい1冊です。 

 

『しろくまのそだてかた』うつみのりこ/作 飛鳥新社 2016/11/7

しろくまのそだてかた
うつみのりこ
飛鳥新社
2016-11-03
 
この絵本は、「子育ては大変だけど、お母さんになったときの喜びを思い出してと、ママ、パパ、おじいちゃん、おばあちゃんなど、子育てに関わるすべてのみなさんに読んで欲しいと願って、2005年に神戸でミニ絵本として誕生」したとのこと。私は10cm×14.5cmのミニ絵本をまず紹介してもらっていました。それが口コミで多くの読者に広がり、10年以上の月日を経て、この度書籍化されました。この絵本は、子どものためのというよりは、お母さんに向けてのメッセージ絵本です。子育てに疲れたママたちが、ホッとできる場所を図書館でも提供できるといいですね。 

 

『かぜ』イブ・スパング・オルセン/作 ひだにれいこ/訳 亜紀書房 2016/11/7 
かぜ
イブ・スパング・オルセン
亜紀書房
2016-10-25
 
 『つきのぼうや』(やまのうちきよこ/訳 福音館書店 1975)というデンマークのロングセラー絵本の作者、イブ・スパング・オルセンが、「風」について丁寧に描いた絵本です。絵本の形をとっていますが、文字が小さく字数が多いので、ちいさなお子さんはご家庭で読んでもらったり、小学低学年のお子さんは自分で読むのにちょうどよいでしょう。「風」といっても、そよ風もあれば、温かい南風もあり、暴風もある、そんな身近な風について姉と弟が会話しながら展開していく絵本です。
 

 (作成K・J) 

『明日の平和をさがす本300』ブックガイドをぜひ座右に


幼児から多感なYA世代を対象に、手渡したい「戦争と平和」について考えるための本のガイドとして、『明日の平和をさがす本300―戦争と平和を考える 絵本からYAまで』(宇野和美/さくまゆみこ/土居安子/西山利佳/野上暁/編著 岩崎書店 2016/11/30)が、出版されました。

本の帯に「公共図書館・学校図書館・図書ボランティア必携!」という文字が踊りますが、内容を見るとそれが大げさな表現でないことがよくわかります。編集委員の5人は、子どもの本の翻訳や編集に携わったり、児童文学を研究し子どもの本の評論をされている、信頼できるプロです。それに加えて、図書館や学校図書館の司書として、書店員として子どもたちに本を手渡す仕事をしている方々、SEALD’s選書「“今”を生き抜くための102冊」選書に携わった方、安保法案に反対するママの会事務局の方など、多彩な21名が執筆者として名前を連ね、今、子どもたちに何をどのように伝えるべきかを真摯に考察し、選書していったことがわかります。

明日の平和をさがす本 戦争と平和を考える絵本からYAまで300
宇野 和美
岩崎書店
2016-11-18
 
 (アマゾンでの配本は2016年11月18日になっていますが、本の奥付の出版年は2016年11月30日です)
 
このブックガイドの特筆すべき点は、掲載されている本が2000年~2016年9月までに出版されたものであること、幼児からYA世代まで年齢に応じて手渡せる本が網羅されていること、絵本、創作文学、そしてノンフィクション、マンガとジャンルも様々であること、巻末に本の舞台となった地域の地図(世界と日本)、時代年表などの資料も充実していることです。
また、各紹介文は1冊に1ページで、読者対象年齢、時代背景、キーワードなどがひと目でわかる表示になっており、使いやすい作りになっています。
 
もうひとつの特徴は、章ごとのコラム記事です。ここでは過去に出版された戦争と平和をテーマにした本の評論や、2000年以前に出版された本で、これからもずっと手渡し続けていきたい作品の紹介などが書かれています。
 
「はじめに」で、野上暁氏が
“日本は、1945年8月15日に、アメリカやイギリスなどの連合国を敵に回した戦争に負けて以来、一度も戦争をしていません。310万人ともいわれる、尊い犠牲者を出した反省から、憲法で戦争をしないと決めたからです。その後、世界の国々と友好関係を築き、平和が続いてきたことで経済も発展し、戦争の荒廃から立ち直し豊かな暮らしを実現できました。
 ところが、それから70年以上もたつと、戦争の悲惨な記憶がうすれ、近隣の国々を侵略したことへの反省もなく、憲法の精神をないがしろにして、戦争ができる国に変えようとする力が強まってきています。世界の各地で、いまも戦争や紛争が起こっていますから、いつまた日本がそれに関わらないとも限りません。
 子どもの本に関わる私たちは、将来にわたって戦争の悲劇を子どもたちに味わわせることを断じて避けたいと願います。”(p3)
と、記しておられます。
 
 私たちの平和な暮らしは当たり前のものではなく、先の戦争をこえて獲得したものであることを痛感します。そして私たちは、子どもたちに平和な世の中をも未来永劫手渡していくんだという決意をもって、彼らが本を通して自分たちとは違う文化があることを理解し、また人と人が信頼をし合うことの大切さを学び、さらに、現在、困難な状況にある人々へ共感の気持ちを抱けるよう事実も知らせていけるよう、本を選書し、手渡していく必要があります。このブックガイドは、その際の道しるべになると思います。

第1章 戦争ってなんだろう?
第2章 生きるための冒険
第3章 声なきものたちの戦争
第4章 子どもたちの体験
第5章 絵のちから 音楽のきぼう
第6章 伝える人 語りつぐ意志
第7章 勇気ある決断 未来への思い
第8章 平和をつくるために
(作成K・J) 

基本図書を読む32『ニルスのふしぎな旅』セルマ・ラーゲルレーヴ


今月の基本図書として取り上げるのは、スウェーデンの女性作家で、1909年にノーベル文学賞も受賞しているセルマ・ラーゲルレーヴ(1858~1940)の書いた『ニルスのふしぎな旅』(上・下巻 菱木晃子/訳 ベッティール・リーベック/画 福音館書店 2007)(原題『ニルス・ホルゲルソンのふしぎなスェーデン旅行』)です。この作品は、スウェーデンで上巻が1906年、下巻が1907年に出版されました。

父親の影響でスウェーデンの文化に親しみを持ち、スウェーデン語の翻訳家になった菱木晃子は、この作品に携わるために、8年をかけてスウェーデンの地理や歴史を学び直したということです。(下巻「訳者あとがき」より)

ニルスのふしぎな旅〈上〉 (福音館古典童話シリーズ 39)
セルマ ラーゲルレーヴ
福音館書店
2007-06-20

 

 

ニルスのふしぎな旅〈下〉 (福音館古典童話シリーズ 40)
セルマ ラーゲルレーヴ
福音館書店
2007-06-20

スウェーデン南部の村に住むニルスという14歳の少年は、怠惰な上に乱暴者で、学校でも家でも問題児でした。ある春の日、ニルスは両親が教会に出かけている間に、家の中でトムテ(小人の妖精)を虫とり網で捕まえ、からかったため、トムテの怒りをかい、小人の姿に変えられてしまいます。

小人になったニルスは、家で飼っているガチョウのモルテンが、ガンの群れと一緒に北へ飛んでいこうするのを止めようとして飛びつき、そのままモルテンと共にガンの群れに加わって飛び立ちます。その後、群れを率いるアッカに認められ、ラップランドへ向かう旅について行くことになりました。

この冒険の旅は、3月20日に始まり、11月9日に終わる55章の物語として描かれています。小人になった途端に動物たちと会話ができるようになったニルスは、旅の中で出会うさまざまな出来事を通して、互いに尊重し合い、助け合うことの大切さを学んでいきます。家畜にさえ悪戯をしていたニルスですが、知恵をはたらかせてリスの親子を助けたり、キツネからガンの群れを守ったりするなど、しだいに動物たちからの信頼を得ていきます。途中、ガンの群れからはぐれますが、動物園に捕らえられていたワシのゴルゴ(ゴルゴは幼鳥の時に親を亡くしアッカに育てられています)を救い出し、最北の地ラップランドにいたアッカたちに再会します。

夏の間、ラップランドで過ごしたニルスとガンの群れは秋の訪れとともに、故郷の村へと戻ってきます。小人になってしまった今は両親の前に姿を見せられないと、再びガンと共に旅を続けたいというニルスでしたが、両親に捕まえられ祭りの供え物にされそうになったモルテンを救い出そうとして、妖精の魔法がとけ、元の少年の姿に戻るのでした。

この作品は、「子どもたちに自分の国の歴史や地理について楽しみながら学んでほしい」という狙いで、副教材としてラーゲルレーヴに執筆の依頼があり、書かれたものです。私はそのことを、出版を記念した訳者菱木晃子の講演会で伺いました。

そのあたりについて下巻の「訳者あとがき」にも詳しく記されています。

“「スウェーデンの地理にふれながらも、物語として子どもたちが楽しめる本にしたい」という意気ごみのもと、ラーゲルレーヴはこの仕事をひきうけました。そして周到な準備をはじめました。地理、歴史、動植物に関する文献を読み、各方面からの提案や意見に耳をかたむけ、自らの足でスウェーデン各地を取材してまわったのです。”『ニルスのふしぎな旅 下』(福音館書店) p526~527

そうした材料がそろう中、どのような作品にするかを思い悩んだ末、イギリスのキップリング(『ジャングル・ブック』の作品などがある)の作品にヒントを得て、動物たちを擬人化すること、トムテ(小人の妖精)の言い伝えを踏まえて、『ニルスのふしぎな旅』が紡ぎ出されていったのです。

”ここにようやく、ラーゲルレーヴは主人公の男の子をトムテの姿に変えて、ガチョウの背中にのせ、スウェーデンじゅうを旅させることを思いついたのでした。これは、ほんとうにすばらしい思いつきでした。空から地面をながめること、つまり国土を鳥瞰図としてとらえることは、地理の教科書にはもってこいの手法だったからです。もちろん、この設定は物語の導入としても、子どもたちの興味をひくのに十分なものでした。”

 この作品は、副教材としてだけでなく、物語としての面白さが評判となり、大人たちにも読まれるようになり、海外へも広まっていきます。

 
日本では大正半ばの1918年に、原作の一部が香川鉄蔵により翻訳され『飛行一寸法師』と題して大日本図書から出版されています。その後も多くの出版社からこの作品は出版されますが、とても分量が多いためいずれも抄訳に留まっていました。1958年に、香川鉄蔵はラーゲルレーヴ生誕100周年祝賀行事にスウェーデンに招待されたのを機に、完訳することを目指します。しかし完成をみるものの、病に倒れてしまいます。その志を継いだのが息子の香川節で、父の訳出したものを現代風に改めるなどして完成させ、1982年に偕成社から全訳版として出版されました。
 偕成社から出版された全訳版は4巻に分かれています。挿絵は、原作と同じリューベックのものが使われています。そのあたりの経緯については、村山朝子の著書『『ニルス』に学ぶ地理教育―環境社会スウェーデンの原点』(叢書 地球発見3 ナカニシヤ出版 2005)に詳しく記されています。(第1章2「完訳までの長い道のり」p19~31)
『ニルス』に学ぶ地理教育―環境社会スウェーデンの原点 (叢書・地球発見)
村山 朝子
ナカニシヤ出版
2005-12


 
 
その後、この作品がたいへん優れているにも関わらず分厚い2冊組で本に親しんでいる子でないと手に取らないこと、内容的には小学校中学年くらいの子どもたちに読んでほしいということから、福音館書店から2012年から2013年にかけて絵物語「ニルスが出会った物語」シリーズが出版されました。
長い物語のうち、独立して読んでも楽しめる6つのエピソードにしぼり、児童書の挿絵などで子どもたちから人気のある平澤朋子が絵をつけており、とても親しみやすいものになっています。このシリーズを出版するために、菱木と平澤はスウェーデン旅行をし、実際に物語の舞台を歩いたとのことです。
どの物語も美しい絵がふんだんに使われており、長編に挑戦する前の小学校中学年の子どもたちに最適のシリーズです。


 なお、菱木晃子の公式サイトには「『ニルスのふしぎな旅』を訳して―翻訳こぼれ話」の特集ページがあり、実際に物語に出てくるスウェーデンの町や村、建造物の写真もたくさん紹介されています。(菱木晃子公式ホームページ→こちら 「『ニルスのふしぎな旅』を訳して」のページ→こちら

『ニルスのふしぎな旅』は、今から110年ほど前に書かれた物語であるにも関わらず、前出の村山朝子『『ニルス』に学ぶ地理教育―環境社会スウェーデンの原点』でも指摘されているのですが、早くから環境保全に対する考え方がきちんと記されているのです。

たとえば製鉄所が出来たばかりに棲家を追われるクマについて書かれている28章「製鉄所」では開発か自然保護かということを考えさせられます。また、山火事で木が焼けてしまったところへ植樹する子どもたちを描いている39章「イェストリークランド地方をこえて」では、“木が育ち、森ができれば、このあれはてていた山に、虫が飛びまわり、オオヨシキリの歌声が響きわたり、ライチョウがおどり、すべての命あるものがよみがえります。そうです。これは、つぎの世代のための記念碑のような仕事です。なにもしなければ、裸の山しか残せなかったでしょうに、この仕事のおかげで子孫にりっぱな森をゆずりわたせるのです。”(下巻 p233~234)と、環境を保全することの大切さをさらりと記しています。

またニルスが人間に戻る前に最後にガンのアッカとことばを交わすところでは、アッカに”「いいかね。おまえがわたしたちといっしょにして学んだことがあるとすれば、人間はこの世に人間だけで暮らしているのではないということだろう。人間は広い土地を持っているのだから、自然の岩礁、浅瀬の湖、沼、湿地、未開の山、人里離れた森を、わたしたちのような貧しい生き物が安心して暮らせるように、少しくらい残してくれてもよいと思うのだ。若いころから、わたしは追われてばかりだった。わたしのような者にも安心してすごせる場所が必要だということを、知っていてほしいのだよ」”(下巻53章「ヴェンメイヘーイ丘への旅」 p503)と、言わせています。

作者のラーゲルレーヴは、1858年にスウェーデン中南部ヴェルムランド地方のモールバッカの旧家富農の娘として生まれました。女子高等師範学校を卒業し教師をしながら、小説を書き続けていました。1890年に『イェスタ・ベルリング物語』を書いてコンクールで1等になったことから、作家活動に専念し、1909年にスウェーデン人として、女性として初のノーベル文学賞を受賞しています。

この作品を書いた頃は、イギリスに始まった産業革命の影響で工業が盛んになっていた時代です。急な発展の陰で、自然が破壊されていくのを見ていたのでしょう。子ども向けの作品のなかに、こうした鋭い視点を盛り込みつつ、ニルスが冒険を通して人間的に成長していく様子を、子どもたちの心に沁み渡るように描いており、大変読み応えのある作品です。偕成社の全訳版と合わせて、子どもたちに読んでもらいたいと思います。

(作成K・J)

2016年9月、10月の新刊から(11/2追記あり)


  9月、10月に出版された児童サービス向け出版物(絵本、児童書、ノンフィクション、YA向け、教育者・研究者向けなど)の中から、おすすめの本いくつかを紹介します。一部、これまでに見落としていた8月の作品も含まれています。

また、ここに紹介している本は、実際に手にして読み終えた中から選んでいます。すべての新刊本を購入して読むことはできませんが、教文館ナルニア国の新刊本コーナーなどにある本から選書し、購入し、読んで記事にしています。YA向けの本は、読み終わるのに時間がかかっています。11月のまとめて紹介します。

 (なお、画像はブログ用Amazonアフィリエイトを使用しています。書誌事項は奥付の出版年月日にしており、Amazon入荷日とちがって表示されることがあります。ご了承ください。)

絵本

『プーさんとであった日』リンジー・マティック/文 ソフィー・ブラッコール/絵 山口文生/訳 評論社 2016/8/20

プーさんと であった日: 世界で いちばん ゆうめいな クマの ほんとうに あった お話 (児童図書館・絵本の部屋)
リンジー マティック
評論社
2016-08-27

 

今年コールデコット賞を受賞した作品です。A・A・ミルンの書いた『くまのプーさん』(石井桃子/訳 岩波書店)を知らない人はいないと思いますが、そのプーさんにモデルになったクマがいたのです。カナダ人獣医師が1914年夏に第一次世界大戦の従軍医師としてイギリスに渡った時に連れて行った子グマが、ロンドン動物園に預けられました。そのクマは獣医師の出身地ウィニペグにちなんでウィニーと名付けられます。そして戦争の終わった1925年、ミルンの息子クリストファー・ロビンは動物園でウィニーに会います。そこで、クリストファー・ロビンは自分のクマのぬいぐるみに「ウィニー・ザ・プー」と名付けるのでした。そんな事実をもとに、獣医師の孫にあたるリンジー・マティックがこの絵本の文章を書きました。巻末には写真資料もあり、サブタイトルに「世界でいちばんゆうめいなクマのほんとうにあったお話」とあるように、ノンフィクションであることがわかります。

 

『お月さまのこよみ絵本-旧暦で行事をたのしむ-』千葉望/文 阿部伸二/絵 理論社 2016/8

お月さまのこよみ絵本
千葉 望
理論社
2016-08-20
 
 日本古来の年中行事、例えばお正月やお月見、お盆などは、旧暦(太陰暦)で行われてきました。新年は必ず新月で月がないところから一年が始まります。お盆は旧暦の7月15日に行われ必ず満月になります。晴れた夜に提灯がいらないほどの明るさに照らされて夜通し踊ったことでしょう。太陽暦の中に無理やり年中行事を当てはめるために中秋の名月が毎年変わったりしていることなどもわかります。この絵本を通して、月の満ち欠けと昔の人が営んできた暮らしに思いを馳せて欲しいと思います。併せて『月の満ちかけ絵本』(大枝四郎/文 佐藤みき/絵 あすなろ書房 2012)や、『夜空をみあげよう』(松村由利子/文 ジョン・シェリー/絵 福音館書店)も紹介するとよいでしょう。 

 

 『おばあちゃんのあかいマント』ローレン・カスティーヨ/作 たがきょうこ/訳 ほるぷ出版 2016/8/25

おばあちゃんのあかいマント (海外秀作絵本)
ローレン・カスティーヨ
ほるぷ出版
2016-08-27

おばあちゃんは都会に引っ越していきました。まごのぼくが初めておばあちゃんのところへ泊まりに行きます。都会の雑踏にひるんでいるぼくにおばあちゃんはあかいマントを編んでくれます。マントを羽織ると、なんだか勇気が湧いてきて、おばあちゃんの大好きな都会の生活をあちこち覗いてまわることができました。おばあちゃんにとって、たくさんの刺激がある都会の暮らしが向いているんだなあと、その思いを共有して成長していく姿を、秋らしい色彩とともに描いた絵本です。コルデコット賞オナーブックに選ばれている絵本です。 

  

 『ひまなこなべ アイヌのむかしばなし』萱野茂/文 どいかや/絵 あすなろ書房 2016/8/30

ひまなこなべ アイヌのむかしばなし
萱野 茂
あすなろ書房
2016-08-31

 アイヌのむかしばなしが絵本になりました。アイヌに伝わるイオマンテ(熊送り)の儀式が題材になっています。カムイ(神)は、熊の姿になって人々のもとにやってきて、肉や毛皮をもたらします。それに感謝を捧げるために人々は歌って、踊り、ユカラとよばれる物語を語ります。アイヌの人々にとって自分たちの生活を豊かにしてくれる動物たち、とりわけ熊は信仰の対象であったのです。またこのおはなしには、普段家の人に丁寧に使ってもらっている小さなおなべが、神様となって出てきます。身の回りのものすべてに神が宿ると信じて大切に扱ったアイヌの人々の暮らしが昔話になっています。

 

『りゅうおうさまのたからもの』イチンノロブ・ガンバートル/文 バーサンスレン・ボロルマー/絵 津田紀子/訳 福音館書店 2016/9/15

りゅうおうさまのたからもの (世界傑作絵本シリーズ)
イチンノロブ・ガンバートル
福音館書店
2016-09-14

鳥に捕まえられたちいさな川魚を助けてあげた男の子が、そのお礼に竜王のもとに連れて行かれるところからはじまるモンゴルの昔話です。草原地帯であるモンゴルにこれほど豊かな水に関する昔話があると知って驚きました。それだけ草原での放牧に水の存在が大切だということでしょう。ガンバートル氏とボロルマーさんはご夫妻で、ともにモンゴル文化芸術大学美術学部卒。ウランバートル大学大学院修士課程修了の翻訳者津田さんとは、昨年出版された『トヤのひっこし』(福音館書店)という作品でも仕事をしています。

 

『まどべにならんだ五つのおもちゃ』ケビン・ヘンクス/作・絵 松井るり子/訳 徳間書店 2016/9/30

まどべに ならんだ 五つの おもちゃ (児童書)
ケビン ヘンクス
徳間書店
2016-09-10

 まどべに飾られた小さなお人形たちがなんとも愛らしい絵本です。なにか特別なことが起きるわけでもなく、淡々とまどべの人形たちは窓の外で起きることをじーっとみつめています。このまどべに最後に仲間入りしたのは、ねこの形のマトリョーシカ人形。さてこの人形はなにをまっているのでしょう。こちらもコールデコット賞オナーブックに選ばれた作品です。

 

『あくたれラルフのハロウィン』ジャック・ガントス/作 ニコール・ルベール/絵 こみやゆう/訳 PHP研究所 2016/9/30

あくたれラルフのハロウィン
ジャック・ガントス
PHP研究所
2016-09-17

あくたれラルフ』(石井桃子/訳 童話館出版 1994)の続編として、こみやゆう氏が翻訳した『あくたれラルフのたんじょうび』(2010)、『あくたれラルフのクリスマス』(2013)(いずれもPHP研究所)の続編として、この秋のハロウィンに向けて出版された1冊です。お友達からハロウィンのパーティーに招待されたセイラは「あなたがいちばんすきなものにへんそうしてきてね」という呼びかけにラルフになって出かけます。ラルフはその逆にセイラに変装します。さて、パーティではセイラになったラルフがいつもの通りにいたずら三昧。セイラはどうなってしまうのでしょう。ちょっぴりハラハラドキドキする絵本です。

 

『七五三だよ 一・ニ・三』長野ヒデ子/作・絵 佼成出版社 2016/10/30

七五三だよ 一・二・三
長野ヒデ子
佼成出版社
2016-10-10
 
長野ヒデ子さんによる七五三の絵本が出来ました。どうして女の子の三才と七才、男の子五才でお祝いをするのか、そのいわれを子どもにもわかりやすく伝えてくれます。この絵本では姉弟妹がちょうど七五三の年齢で、祖父母もいっしょにお参りをしてお祝いをします。子どもの成長を願う七五三の行事がこれからも長く続いて欲しいと思いました。
 
その他
 
『大人に贈る子どもの文学』猪熊葉子/作 岩波書店 2016/8/31
大人に贈る子どもの文学
猪熊 葉子
岩波書店
2016-08-31
 
今年88歳を迎えられたイギリス児童文学者であり、翻訳家でもある猪熊葉子さんが、どうしても書き残しておきたいと書かれた本が出版されました。猪熊さんの子ども時代は裕福な家庭であったにもかかわらず、母親との確執があって決して幸せではなかったとのことですが、そのような子ども時代に出会った本が猪熊さんを支えたと「おわりに」に書かれています。本の世界で出会った主人公たちとともに困難を乗り越えることによって、自分の人生を肯定できる力になったというのです。そして「自分の人生にイエスといえる幸福」を、次の世代にも手渡してほしいと願っていらっしゃいます。子どもたちに本を手渡す私たちにとって、背筋がしゃんとなるメッセージです。

(作成K・J)

基本図書を読む31『クラバート』プロイスラー


 今回の基本図書を読むでは、小学校低学年くらいから中学年くらいの子が楽しむ『大どろぼうホッツエンプロッツ』でも有名なドイツの作家オトフリート・プロイスラーが11年かけて書き上げた『クラバート』を紹介します。この作品は、国際アンデルセン賞・作家賞・次席、ドイツ児童文学賞、ヨーロッバ児童文学賞を受賞しています。

『クラバート』 プロイスラー作 中村浩三訳 偕成社 1980

クラバート
オトフリート=プロイスラー
偕成社
1980-05

 

 

  物語は、14歳で孤児となった主人公クラバートは、自分に呼びかける奇妙な夢に誘われ、湿地のほとりにある水車小屋で11人の粉ひき職人の仲間になるところから始まります。

 「クラバートはしばらくのあいだ、霧につつまれた森のなかを、まるで盲人のように手さぐりで歩いた。するとあき地にゆきついた。ちょうど木立の下からぬけ出ようとしたとき、雲が切れて、月があらわれ、あたりのすべてが急につめたい月光のなかに浮かびあがった。

 そのとき、クラバートは水車場を見た。

 それはすぐ目の前にあった。雪のなかに黒ぐろと、おどすようにうずくまっていて、さながら、獲物を待ちぶせている、巨大な、おそろしいけだもののようであった。」(P17)

 実は水車小屋の親方は魔法使いで、金曜日の夜になると、職人たちをカラスに変え、魔法を教えていたのです、魔法を使えば、苦しい労働も楽にでき、他人をも支配することができると思ったクラバートは懸命に魔法を勉強します。しかし、クラバートが水車小屋に来て1年目の大みそか、クラバートを何かと気遣ってくれた職人頭のトンダの死をきっかけに、親方の変わりに毎年職人の中から一人、犠牲にならなければならないことを知るのです。最初の1年がふつうの3年に相当する水車小屋で、クラバートは少しずつ秘密を知りながら、心も体も成長していきます。そして、村の少女に恋をし、娘の愛を得、親方から自由になるために、生死をかけた対決をするのです。

 この物語は、ドイツのラウジッツ地方に伝わる<クラバート伝説>を素材に描かれたもので、プロイスラーは、少年のときに読んだクラバート伝説から受けた感銘の深さについて、次のように述べています。

「この物語は当時わたしに強烈な印象をあたえました。なかでも、神秘的なひびきをもつクラバートという名前がわたしの記憶に強くきざみこまれました。それにまた、水車場の職人たちの頭上に死の運命がただよい、年ねんかれらのひとりにおそいかかるという話に、わたしはひどくうごかされ、心をうばわれました。ですから、その後二十年にたって、クラバートに再会したような気持ちになったのも、けっしてふしぎではありません」(「解説」より P379)

 ラウジッツ地方は、ドイツ人(ゲルマン民族)のほかにヴェント人という少数のスラブ系の人々も住んでいる地域で、キリスト教もはいってきましたが、在来の異教の信仰の風習を濃くとどめ、魔女や魔法使いの伝説も豊富に残っているそうです。作品の中で描かれる、湿地のほとりにある不気味な水車小屋の様子、粉ひき職人や村人たちの生活などは、土地に根ざした現実感があります。

 作品の構成は、「1年目」「2年目」「3年目」の3章から成っており、年を重ねるごとに親方との対決が近づき、迫力が増していきます。1年目のクラバートはまだ何も知らない少年で、魅惑的な魔法の力に魅かれますが、次第にその力の代償の大きさを知り、自分の全てをかけて打ち勝とうとします。親方にさとされないように力になってくれる仲間、恋した少女との心のつながり、そして何としてでも抗うのだという自分の強い意志をもってして対決に臨んだとき、クラバートを解放してくれたものは何だったのでしょうか。クラバートを支えてくれた友人ユーローは、対決前のクラバートにこう伝えます。

「苦労して習得しなければならない種類の魔法がある。それが『魔法典』に書いてある魔法だ、記号につぐ記号、呪文につぐ呪文で習得してゆく。それからもうひとつ、心の奥底からはぐくまれる魔法がある。愛する人にたいする心配からうまれる魔法だ。なかなか理解しがたいことだってことはおれにもわかる。――でも、おまえはそれを信頼すべきだよ、クラバート。」(P355)

 この物語は、これから世に出て様々な矛盾と向き合いながらも、希望をもって前に進んでいこうとする若い人たちに、生きていくうえで大切なものは何かを教えてくれます。分厚い本ではありますが、文体は簡潔で読みやすく、振り仮名も丁寧に振られていますので、読みやすいと思います。

 尚、プロイスラー氏が1984年に日本講演のなかで語ったものを再話した「クラバート伝説」が、季刊誌<「子どもと昔話」33号 2007年秋 小澤昔ばなし研究所編集・発行>に掲載されています。プロイスラーの作品との大きな違いは、クラバートを解放するのは恋人ではなく母という点ですが、水車小屋で働くこと、実は親方は魔法使いであること、馬や牛に化けて取引することなど、モチーフが生かされていることがわかります。

(作成 T.I)

基本図書を読む30『エイブ・リンカーン』 吉野源三郎


 2016年11月8日にアメリカ大統領選挙が行われますが、今回の「基本図書を読む」では、「人民の、人民による、人民のための政治を、断じてこの地上から死滅させない」というゲティスバーグ演説で有名な第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンの伝記を紹介します。

 

 

 リンカーンの伝記は多数出版されていますが、この作品は、子どもたちが読み物として読めるよう、事実に基づいて物語風に書かれています。肩書や成し遂げたことだけでなく、リンカーンが何を見て、何を感じたのか、内面まで掘りさげて描かれているので、信念をもち自分の成すべきことにしっかり向き合った一人の人間を感じることができます。

「都会育ちの人びとから見ると、彼は感じのにぶい男に見えましたし、たしかに彼の心は、ものごとに応じて軽快に、しなやかに動いてゆくほうではありませんでした。しかし、彼はものごとをどっしりと深く経験してゆく男でした。心の表面ではなく、魂のしんで経験してゆく男でした。このしんまでひびいてくるほどの経験はめったにありませんが、その代わり、このしんまでしみ通った以上は、一生心から消しとることができない思いとなって残ります。」(P124)

 リンカーンは、貧しい家庭に生まれながら、自分の力で身を立て、州議会の議員からやがてアメリカ大統領となります。当時アメリカでは、奴隷制をめぐる争いが激しさを増していました。リンカーンは、ニューオリンズの奴隷市場で混血の少女が裸にされて売られていく場面に衝撃を受け、その出来事を生涯忘れることがなかったそうで、奴隷制に反対し続けました。ただしすぐに廃止するという姿勢をとっていたわけではなく、アメリカが分裂することがないよう、少しずつ奴隷州より自由州を多くしていくことで、奴隷制をなくそうと考えを持っていたそうです。しかし奴隷制への反対を表明していたリンカーンが大統領となることで、ついにアメリカ南北戦争が起こります。リンカーンは、その南北戦争中に奴隷解放宣言を出しますが、結局戦いは4年も続くことになります。そして、北軍が勝利をおさめた11日後にリンカーンは暗殺されるのです。

 リンカーンが奴隷解放宣言を出すに至るまで、奴隷制をめぐってアメリカがどのように揺れ動いたのか、当時のアメリカの政治や人々の生活も物語の中でわかりやすく描かれています。物語になっていることで、過去の出来事を読んでいるというよりは、リンカーンの生きた時代の空気を感じながらその場にいるように読むことができます。リンカーンの一生をみていると、苦難が多く、華々しく幸福な人生を歩んだとは言い難いかもしれまん。冗談を言って人を笑わせるのが好きで、明るく朗らかな人柄だったそうですが、一人でいるときは深い悲しみの表情を浮かべ沈みこんでいることもあったようです。この本を読み終えると、長年の苦労に耐え、深いしわの刻まれた、それでもしっかり立っている老木のような独りの人間が心に残ります。(リンカーンの身長は193センチもあったそうです。)

 著者の吉野源三郎は、哲学者でもあり、編集者でもありました。戦前、新潮社の「日本少国民文庫」の編集に携わり、『エイブ・リンカーン』の原型となった数章もこの文庫に収められています。このエイブ・リンカーンの伝記から、子どもたちに「人としてどのように生きるか」という問いに真摯に向き合ってほしいという著者の強い思いが伝わってきます。子どもたちは、この本を通して、エイブ・リンカーンその人と、一人の人間を描き出した著者、信念をもった二人の大人に出会うことができるのではないでしょうか。

 また、リンカーンの有名な子ども向けの伝記に、ニューベリー賞など数々の賞を受賞した『リンカン―アメリカを変えた大統領』があります。

 『リンカン―アメリカを変えた大統領』(ラッセル・フリードマン著 金原瑞人訳 偕成社 1993)

リンカン―アメリカを変えた大統領
ラッセル・フリードマン
偕成社
1993-07

 

 

  著者のラッセル・フリードマンはジャーナリストで、この本では数多くの写真や資料をもとに、リンカーンの一生を客観的に描いています。少し通った小学校で学んだときのノート、「私は奴隷になりたくありません」と書いた自筆の文、またたくさんの顔写真から、リンカーンの人柄を感じることができます。南北戦争の戦場の写真(戦場で倒れた兵士たちの写真もあります)や大統領就任演説の写真(当時流行していたシルクハットをかぶっている観衆がたくさんいます)などから当時の様子が伝わってきます。 吉野源三郎の物語風の伝記とは異なった手法ですが、その人の生きた時代がどのようなもので、その中でどのように生きたのか、欠点や失敗を含め一人の人間の生き様がに描かれていることは共通しています。

 リリアン・スミスは『児童文学論』(岩波書店 1964)の「知識の本」の章の中で、次のように記しています。

「歴史や伝記にでてくる人物の生涯は、想像力を豊かにし、希望や競争心を高めてくれるものにみちている。この種類の本を読むことは、子どの人生経験を広める。つまり、人間の生活という大きなドラマにたいする共鳴と理解を、子どもの内によびおこすのである。」(P345)

 小学校高学年になると社会に目を向けるようになり、その中で自分はどう生きていくのか?と考えるようになってきます。そのような子どもたちの力になる、しっかりと時代をとらえ、その人物を描き出した伝記を手渡していきたいものです。

(作成 T.I)

2016年8月、9月の新刊から


 8月、9月に出版された児童サービス向け出版物(絵本、児童書、ノンフィクション、YA向け、教育者・研究者向けなど)の中から、おすすめの本いくつかを紹介します。一部、これまでに見落としていた7月以前の作品も含まれています。

また、ここに紹介している本は、実際に手にして読み終えた中から選んでいます。すべての新刊本を購入して読むことはできませんが、教文館ナルニア国の新刊本コーナーなどにある本から選書し、購入し、読んで記事にしています。 (なお、画像はブログ用Amazonアフィリエイトを使用しています。書誌事項は奥付の出版年月日にしており、Amazon入荷日とちがって表示されることがあります。ご了承ください。)

 

絵本 

『ジャック船長とちびっこかいぞく』ピーター・ベントリー/文 ヘレン・オクセンバリー/絵 やましたはるお/訳 BL出版 2016/6/20

ジャック船長とちびっこかいぞく
ピーター ベントリー
BL出版
2016-06

 6月に出版された絵本です。ジャックは、ちいさな弟や友達と砂浜で砂の船を作ります。「われら、ジャックとザックとカスパー3人ぐみ。おそれをしらない海の勇者だ」と、たちまち砂の船はかいぞく船に。男の子ならではの勇ましい海の冒険が始まります。彼らがみつけた宝物とは・・・。この絵本をみつけたのは、9月になってから。夏休み前に紹介したかった1冊です。 

 

 『おおきくなったら』チェコのわらべうた 内田莉莎子/訳 ヨセフ・ラダ/絵 福音館書店   2016/8/25

 内田莉莎子の翻訳で、ヨセフ・ラダの絵といえば『きつねものがたり』(ヨセフ・ラダ/作 福音館書店 1966)を思い出します。チェコのわらべうたをいくつか再話され、収録されています。ひとつひとつがリズミカルで、声に出して読むと味わい深いものがあります。チェコでは1954年に出版されましたが、日本では1979年に月刊「こどものとも年少版」で出版され1982年にハードカバーになっていました。この8月に久しぶりに増刷されました。

 

『ぐやんよやん』長谷川摂子/文 ながさわまさこ/絵 福音館書店  2016/8/25

ぐやん よやん (幼児絵本シリーズ)
長谷川 摂子
福音館書店
2016-08-24

2011年に亡くなられた長谷川摂子さんの月刊「こどものとも年少版」1999年6月号の作品です。こちらはこの度、はじめてハードカバーになりました。ながさわさんの音を表現した絵が不思議な世界を創り出しています。月刊誌の折込付録には長谷川摂子さんが「この絵本は読むというより、リズムと抑揚を自在につけて、思い切って声を出し、歌って楽しんでほしいのです(中略)子どもといっしょに身体を右に左に揺すぶって、心ゆくまでうねり、のたうつ感覚を味わってください」と書かれていたあったそうです。そんな風に親子で楽しんでほしい絵本です。

 

 『おいしいかぞえうた』岸田衿子/文 古矢一穂/絵 福音館書店 2016/8/25

 「こどものとも年少版」2009年12月号のハードカバー版です。子どもたちが大好きな食べ物や飲み物が10登場します。お菓子だけでなく、「くじゃがも にこにこ たべる」、「くさいや はっぱもたべる」といろいろなものが出てきます。それに合わせて『きいちごだより』(岸田衿子/文 福音館書店)などで植物を繊細に描く古矢さんの、それとは違った味わい深い絵も楽しめます。

 

 ドライバーマイルズ』ジョン・バーミンガム/作 谷川俊太郎/絵 BL出版 2016/8/25

ジョン バーニンガム
BL出版
2016-08

ジョン・バーニンガムの作品を谷川俊太郎さんが翻訳した新しい絵本です。マイルズというのは、アリスとノーマン親子が飼っている犬です。この犬がとても厄介者なのです。散歩は嫌い、ドッグフードも嫌い、雨も嫌い・・・好きなのはドライブに連れて行ってもらうこと。ある日、隣の家のハディがマイルズ用の車を作り、マイルズも運転を覚えます。犬が運転するの?と、びっくりな展開ですが、バーミンガムの絵と谷川さんの文章がマッチしていて、すんなり物語の中に入っていくことができました。

 

『はこぶ』佐々木幹郎/文 いわむらかずお/絵 復刊ドットコム 2016/8/8 

はこぶ (五感のえほん10)
佐々木 幹郎
復刊ドットコム
2016-08-18

1983年に、谷川俊太郎と小松左京が監修し、訪問販売のみで発売されたブリタニカ絵本館ピコモス( 日本ブリタニカ社刊 全25巻)のうち、生活に根付く五感を扱う絵本をセレクトし、復刊されたシリーズ“五感のえほん”全10巻の最後の1冊です。「はこぶ」というと、物流だけに目がいきますが、風が運ぶもの、水が運ぶもの、そして血液によって運ばれるウィルスも、目には見えない心を相手に届けることばも「はこぶ」ものなんだと気づかせてくれる絵本です。『14ひきシリーズ』などを出版する前のいわむらかずおさんのごく初期の作品でもあり、絵にも注目です。 

 

 『きょうはそらにまるいつき』荒井良二/作 偕成社 2016/9 

きょうはそらにまるいつき
荒井 良二
偕成社
2016-09-09

 太陽の光に比べて、柔らかく優しい光を放つ月。それぞれの場所で懸命に生きるひとりひとりの上に注がれる優しい光は、古の時代から人々を慰めてきたことでしょう。この絵本を手に取る人は、まさにその柔らかい光に包まれて、硬くなった心もほどけていくことでしょう。「みんながそらをみています きょうはそらにまるいつき ごほうびのようなおつきさま」。『あさになったのでまどをあけますよ』に続く、懸命に生きる人へ贈られるエールです。

 

 『絵巻じたて ひろがるえほん かわ』加古里子/作 福音館書店 2016/9/10

 1966年に発行されたこどものとも絵本『かわ』は、川の源流から始まって、田畑を潤し、工場を動かし、ものを運び、その周辺の人々の生活をささえて海へ注ぎ込むところまでを丁寧に描いた秀作でした。教育現場などで、この絵本を複数冊購入した上で、解体して絵巻にして子どもたちに見せているという声を聞いた編集部が、絵巻絵本の形で出そうと苦心をし、この度出版したものです。広げると全長7メートル。私たちの生活を潤してくれる川の存在を再発見できるのではないでしょうか。片面は川の水色以外はモノトーンで、こちらにテキストが入っています。片面はカラーで文字がありません。絵巻になったので最終ページの水平線は地球が丸いということがよくわかります。図書館では箱ごと装備するのか、貸出には検討が必要かもしれませんが、学校図書館などでは授業にも使えるのではないでしょうか。 

 

『ぐるりヨーロッパ街歩き たびネコさん』ケイト・バンクス/作 ローレン・カスティーヨ/絵 住吉千夏子/訳 きじとら出版 2016/9/30 

たびネコさん ~ぐるりヨーロッパ街歩き~
ケイト・バンクス
きじとら出版
2016-09-05
 
 前回に続いて、きじとら出版からの新刊を紹介します。こちらの作品は第22回国際翻訳絵本大賞(英語部門)受賞作品です。家族の旅にくっついていくネコ。ローマを出発して、マルセイユ、バルセロナ、パリ、ロンドン、アムステルダム、ミュンヘン、そしてヴェネツィアと、その都市ごとの名所を訪れます。ネコの姿を追いかけながら、ヨーロッパをぐるりと巡ることが出来る絵本です。巻末に各地の名所の解説もついています。

 

『とうだい』斉藤倫/文 小池アミイゴ/絵 福音館書店 2016/9/15

とうだい (日本傑作絵本シリーズ)
斉藤 倫
福音館書店
2016-09-14
 
福音館書店から読み物『どろぼうのどろぼん』や『せなか町から、ずっと』を発表されている詩人の斉藤倫さんの初の絵本です。小さな灯台はいつも同じ場所に立って海を照らしています。沖をいく船や、渡り鳥を見ていて、自分が動けないことを情けなく思うのですが、変わらず海を照らし続ける灯台があるからこそ、嵐の夜に船は港に戻ることができ、渡り鳥も戻ってくることができると知り、自分の役割に誇りを持つのです。淡々と綴られていることばに、温かいまなざしを感じます。
 
 
『ぱーおーぽのうた』きくちちき/作 佼成出版社 2016/9/30
 
ぱーおーぽのうた
きくちちき
佼成出版社
2016-09-20
 
ブラティスラヴァ世界絵本原画展・金のりんご賞受賞作家きくちちきさんの最新作です。この絵本の原画展が、杉並区高円寺にあるギャラリーえほんやるすばんするかいしゃで開催されていると聞き、行ってきました。この絵本は制作も、ブックデザインもきくちさんご本人とのこと。原画は黒一色の線画。それをPCに取り込んでデジタルで彩色したとのことでした。小さなぞうがのっちのっち歩き始めると、大きなぞうも、ほかの動物たちもいっしょに歩き出します。オノマトペで表現されたことばもリズミカル。絵にも躍動感があふれ、読んでいるうちに元気になってくる、そんな絵本です。(原画展の会期は10月4日まで)
 
 
児童書
 

 『やぎと少年』I・B・シンガー/作 モーリス・センダック/絵 工藤幸雄/訳 岩波書店 2016/8/4(第9刷)

やぎと少年 (岩波の愛蔵版)
I.B.シンガー
岩波書店
1979-11-26
 
ノーベル文学賞作家によるユダヤのお話集です。7篇のお話は、人間の持つ業を軽やかに笑い飛ばすような視点で書かれており、面白いものばかりです。1979年に日本で出版された本です。しばらく手に入らなかった作品がこの度、増刷されました。モーリス・センダックの繊細な絵も魅力的です。所蔵していない館はぜひこの機会に購入するとよいでしょう。

 

『ちいさな曲芸師バーナビー』バーバラ・クーニー/再話・絵 末盛千枝子/訳 現代企画室 2016/8/20

ちいさな曲芸師 バーナビー フランスに伝わるお話 (末盛千枝子ブックス)
バーバラ・クーニー
現代企画室
2016-08-06
 
 こちらは2006年にすえもりブックスから出版されていたものの復刊です。この絵本の題材になった「聖母子マリアの曲芸師」は、フランスで何百年もの間語り継がれ、オペラの題材や歌になっている伝説なのだそうです。コルデコット賞作家のバーバラ・クーニーは、パリへ取材に出かけ、700年以上前から保存されている写本を手にし、フランス中を旅をしてこの絵本のためにスケッチをしたそうです。絵本の形をとっていますが、47ページあり、児童書と分類しました。自分で読める子どもたちももちろんですが、幼い子どもたちにも読んで聞かせてあげたいおはなしです。

 

ノンフィクション

『こどものとうひょう おとなのせんきょ』かこさとし 復刊ドットコム  2016/8/22

 1983年に出版された「かこさとし◆しゃかいの本」が、この度復刊されました。民主主義=多数決と思い込みがちな私たちですが、かこさんは、「この本は、少数でもすぐれた考えや案を、狭い利害や自己中心になりやすい多数派が学び、反省する、最も大切な「民主主義の真髄」をとりもどしたいという願いでかいたものです。」と、あとがきに記しています。少数者の意見が踏みにじられていく今の社会を見ていると、余計にかこさんのことばが心に響きます。子どもたちにわかりやすい例とことばで説く優れた社会教育の1冊です。

(作成K・J)

訃報 ブライアン・ワイルドスミス


イギリス人の絵本作家でフランス在住のブライアン・ワイルドスミス(1930年生まれ)が8月31日に亡くなったというニュースが入ってきました。(→こちら

ブライアン・ワイルドスミスは、1950年代オックスフォード大学出版局と専属契約を結びラ・フォンテーヌの寓話に絵をつけるなど作品を発表、1962年には『ワイルドスミスのABC』でケイト・グリナウェイ賞を受賞しています。

『ワイルドスミスのABC』ブライアン・ワイルドスミス/作 らくだ出版

ワイルドスミスのABC (ブライアン・ワイルドスミス作品選)
ブライアン・ワイルドスミス
らくだ出版
1962-01
 
 
 
 
日本では、俳優の石坂浩二さんがワイルドスミスの翻訳に多く携わり、伊豆高原にあるワイルドスミス絵本美術館(現在、休館中)は石坂浩二さんが館長を勤めています。
クリスマスシーズンに、よく読まれる『クリスマスの12にち』(石坂浩二/訳 講談社 1997)は、イギリスで古くから歌われているクリスマスキャロルに「色彩の魔術師」と呼ばれたワイルドスミスが描いた絵の色彩の美しさに心惹かれます。

『クリスマスの12日』ブライアン・ワイルドスミス/作 石坂浩二/訳 講談社 1997
クリスマスの12にち (世界の絵本(新))
ブライアン・ワイルドスミス
講談社
1997-10-29

 
1971年に家族でフランスに移住したワイルドスミスは、4人の子ども、3人の孫、そしてひとりのひ孫に恵まれました。昨年、妻のオーレリーを天国に見送ったとのこと。今頃、天国で再会しているでしょうか。
 
ラ・フォンテーヌの寓話に絵をつけた『きたかぜとたいよう』や『うさぎとかめ』、『ライオンとネズミ』(いずれも渡辺茂男/訳 らくだ出版)など素晴らしい作品の多くが現在品切れになっているのは、とても残念です。図書館にはあると思いますので、ぜひ展示してこの機会に手に取ってもらえるとよいでしょう。
 
参考:ブライアン・ワイルドスミス インタビュー記事(amu 2011年5月)
 
『きたかぜとたいよう』ラ・フォンテーヌ/作 ブライアン・ワイルドスミス/絵 らくだ出版 1962
きたかぜとたいよう
ラ・フォンテーヌ
らくだ出版
1962-01-01
 
 
 
 
『うさぎとかめ』ラ・フォンテーヌ/作 ブライアン・ワイルドスミス/絵 らくだ出版 1969
 
 
 
 
『ライオンとネズミ』ラ・フォンテーヌ/作 ブライアン・ワイルドスミス/絵 らくだ出版 1982
ライオンとネズミ
ラ・フォンテーヌ
らくだ出版
1982-01
 
 
 
(作成K・J)
 

基本図書を読む29『時の旅人』アリソン・アトリー


 イギリスの児童文学者アリソン・アトリーは「グレイ・ラビット」シリーズ、「チム・ラビット」シリーズや「サム・ピッグ」シリーズなど動物が主人公の動物ファンタジーの妙手です。これらの作品は、自分で物語が読めるようになった子どもたちの気持ちに寄り添うもの作品で、今も幼年文学として読み継がれています。(児童部会「基本図書から学ぶ第2回」報告を参照)

 今回はそんなアトリーの作品の中でも、タイム・ファンタジーと呼ばれ、ヤングアダルト向けとされる『時の旅人』(イギリスでは1939年刊)を取り上げてみたいと思います。 

時の旅人 (評論社の児童図書館・文学の部屋)
アリスン・アトリー
評論社
1980-12-20
 
 
 
 
 
時の旅人 (岩波少年文庫)
アリソン アトリー
岩波書店
2000-11-17
 
 
 

「夢か、現か、幻か」・・・読み終えて、浮かんだ言葉でした。

 少女ペネロピーは病気療養のために、兄姉とともにイングランド中部ダービシャー地方にある大叔母ティッシーとその弟バーナバスの住むサッカーズ農場を訪れます。もともと、ほかの家族には見えない亡霊をみる不思議な能力を持っていたペネロピーは、サッカーズ農場を舞台にかつてこの地で生活をしていたバビントン家の人々と350年の時を越えて交流するようになります。

 ペネロピーたちが生活をはじめたサッカーズ農場の屋敷には、350年以上も前に住んでいたバビントン一家の残したものがそこかしこにありました。到着した二日後のこと、ペネロピーは出かける前に2階へひざ掛けを取りに上がり、ドアを開けるとそこに16世紀の衣装を身にまとった貴婦人たちを見ます。そしてティッシーおばさんから、バビントン家の人々と歴史に刻まれているバビントン事件のことを聞かされます。

 その数日後、ペネロピーはまた着替えを取りに2階にかけあがり、ドアを開けた途端に階段をころげ落ちます。気がつくとそこは16世紀のバビントン屋敷の中でした。そこでティッシーおばさんにそっくりのシスリーおばさんに出会います。350年の時間を遡っているにもかかわらず、彼女の姪「ペネロピー・タバナー」として受け入れられ、そこでしばらくの時間を過ごすのです。ところが、門の木戸を抜けると元の時間に戻ってきていたのでした。

 “「すぐもどってきた!」と私はそっと同じことばをくり返しました。何時間も、いえ、何日にも思えるほど、よそに行っていたのに、大きな柱時計の針は私のいないあいだに少しも動いていませんでした。時間と空間を消滅させてしまって、一瞬のうちに何年間も、世界の果てまでも、旅のできる夢のように、私は別の時代に入りこんで、そこで暮らして、柱時計の振り子が半球レンズのうしろで一振りする前に、もとのところへもどってきていました。私はべつの時代のよろこびと不安を味わいました。べつの時代の暮らしの中をしずかに動き、庭を歩き、話をし、あちこちして、そしてまたたくうちに、もどってきたのでした。夢を見たのでもなく、眠っていたのでもなく、私のしたこの旅は、澄みきった空中を通りぬけ、時間を逆もどりした旅でした。たぶん、私はあの時間のかけら― 一瞬間 ―死んで、私の亡霊が年月を飛び越えていったのでしょう。” (岩波少年文庫版『時の旅人』松野正子/訳 p125~126)

 ペネロピーはその後も、時間を飛び越えて過去のバビントン家と関わりを持ち、また元の世界へ戻ってくることを繰り返します。まさにその時代は、イギリスはエリザベス1世統治の世であり、スコットランド女王メアリー・スチュアートとの覇権争いの中、ペネロピーが出会ったバビントン家の跡取りアンソニーは、物語の後半でバビントン事件(エリザベス1世に幽閉されているメアリー女王の脱出を企てるも失敗に終わり、1586年にエリザベス1世暗殺を計画したとして処刑された事件)に関わっていきます。

 その悲劇の結末を知りつつ、過去の時代の人々と関わり、アンソニーの弟フランシスと惹かれあうペネロピー。読み進めるうちに、読者はこの特異な二人の出会いと決して結ばれることがないにもかかわらず確実に心を交わしあう関係に引き込まれていきます。 

 イギリスの児童文学でタイムファンタジーの双璧と呼ばれるフィリパ・ピアスの『トムは真夜中の庭で』(1958)(基本図書を読む㉒参照)では、時計が13時を打つことが過去の時間への入口として明確に描かれていますが、『時の旅人』では過去への明確な入口はありません。読み進んでいるうちにいつの間にかペネロピーが過去の時間に移動し、また現代に戻ってきており、周囲の登場人物からペネロピーが今どの時代にいるのかを類推することになります。

 このことについて、佐久間良子氏は、『現代英米児童文学評伝叢書6 アリソン・アトリー』(KTC中央出版 2007)の中で「このタイム・ファンタジーを成り立たせているのは、いくつもの時間が重なり合って共に存在し、古い家にかつて住んでいた人たちが、そのまま影となってそこに生き続けるという、アトリーの時間についての考えである。そしてアトリーが実際に見た夢を記録し、それについて解説している『夢の材料』では、この時間の概念が、夢と結びつけて語られている。主人公ペネロピ(原文ママ)の時間を越えた旅には、アトリーの語る夢の特質が顕著に表れていて、すべてを夢と考えることができる。しかし、アトリーにとって夢はもうひとつの現実であり、この作品における主人公の時間旅行をすべて夢と解釈しても、主人公の体験の真実性が失われることはない。」とし、アトリーの描き出す世界観の巧さを指摘しています。


 

 それは、この作品のまえがきにアトリー自身が記しているように、舞台となったサッカーズ農場が、アトリーが子ども時代を過ごしたキャッスル・トップ農場の記憶と重なっていたこと、その農場の近くにバビントン家の治めていた土地や館があり、その土地で語り継がれるバビントン家の物語をアトリー自身が聞いて育ったことと関係があるようです。だからこそ物語にリアリティが感じられ、読者はその世界へと惹きつけられていくのだと思います。

 この物語の魅力をまとめてみると第一に、農場を取り巻く季節や花や草などの自然や、古い屋敷の調度品などの細部が丁寧に描き込まれていることです。第3章の「ハーブガーデン」(岩波少年文庫版、評論社版では「薬草園」と訳されている)などは、花の香りまで漂ってきそうです。

 第二に、中世のイギリス史をベースに物語が描かれていることです。ペネロピーが迷い込んだ過去は、イギリス宗教改革を断行したヘンリー8世のあとのエリザベス1世と、スコットランド女王メアリー・スチュアートとの覇権争いの時代でした。二人はヘンリー8世をめぐる血縁関係にあるが故に複雑な王位継承権がからみイギリス国教会を支持するエリザベス1世と、カトリック信者であるメアリー女王は対立します。メアリー女王は長く幽閉された後、エリザベス女王の手によって処刑されるという悲劇的な結末は、イギリス中世史への興味を引き起こします。16世紀後半といえば、日本では安土桃山時代。メアリー女王側についたバビントン家はさながら豊臣側についた真田家だろうかなどと、想像しながら読み進むことができました。

 第三に、この物語の重要なキーワードとなっている「Greensleeves」という歌の存在です。16世紀頃から歌い継がれているこの歌は、恋しい人を想う歌であり、シェイクスピアが喜劇「ウィンザーの陽気な女房たち」の中で触れたり、現代ではオリビア・ニュートン・ジョンなどがカバーして歌っており、また曲はクリスマスキャロル(賛美歌216番)となっているので、耳にしたことのある人は多いでしょう。この歌が過去と現代を結ぶ鍵になっています。ペネロピーがある日、礼拝用の緑のドレスを着たまま過去へ行くと、フランシスがロンドンで今流行っている歌だと言って、聞かせてくれるのでした。この歌は過去の時代でも現代でも物語の中で何度か歌われますが、一番切なく心を打つのは物語の最終盤、ペネロピーが雪の中に佇みながら、ほんの一瞬姿を見せた過去の世界でフランシスが歌う声を聞くシーンでした。ペネロピーはフランシスの歌声をたしかに聞きながらも、生きて過去へ行きフランシスに会うのはこれが最後だと悟るのです。 

 「グリーンスリーブスよ、いざ、さらば!
 神の恵、君が上にあらんことを。
 われ、今も君を愛す。
 ふたたび来りてわれを愛せ。」(岩波少年文庫版 p437)

 

 第四に、旧約聖書・創世記37~50章に描かれた「ヨセフの夢」を、アンソニーの妻、バビントン家の奥方が刺繍していたというエピソードです。「ヨセフの夢」とは、イスラエル民族の始祖アブラハムのひ孫にあたるヨセフが、少年時代に見た夢です。異母兄弟たちが年少の自分にひれ伏すという夢を麦の穂にたとえて話し、嫉妬にかられた兄たちに奴隷として売り飛ばされエジプトへ行くのですが、そこで能力が買われ宰相にまで上り詰めます。後にイスラエルの地に飢饉が起き、兄たちが売り飛ばした弟ヨセフと知らずに援助を請いに来た時に、ヨセフがその兄たちを許し、受け入れるという物語です。血縁関係にある王家の人々の権力争いに夫が巻き込まれようとしている時にバビントン夫人が「ヨセフの夢」を刺繍し、そしてその刺繍したタペストリーの端切が350年以上時を隔てて、客用の寝室でキルトの一部分になってみつかるという手の込んだアトリーの表現に、深い思いを感じ取りました。

  『時の旅人』については、先に取り上げた『現代英米児童文学評伝叢書6 アリソン・アトリー』(谷本生剛/原昌/三宅興子/吉田新一/編  佐久間良子/著  KTC中央出版 2007)や、『作品を読んで考えるイギリス児童文学講座4 花ひらくファンタジー』(中野節子/水井雅子/吉井紀子/著 JULA出版局 2012)に詳しく論じられています。 


 

 また、アリソン・アトリーの伝記『物語の紡ぎ手 アリソン・アトリー』(デニス・ジャッド/著 中野節子/訳 JULA出版局 2006)には、サッカーズ農場の舞台になったダービシャーの美しい風景や建物を収めた写真や、故郷の地図など豊富な資料があり、『時の旅人』の世界を垣間見ることが出来ます。

物語の紡ぎ手 アリソン・アトリーの生涯
デニス ジャッド
JULA出版局
2006-04

 

 なお、私は若い頃に評論社版(小野章/訳 1980)で読みましたが、今回は岩波少年文庫版(松野正子/訳 1998)と両方を読み比べてみました。個人的には慣れ親しんだ評論社版の本が好きなのですが、今の子どもたちには、現代使われている言葉(例えばハッカ草→レモンバーム、水ハッカ→ミント、オランダガラシ→クレソン)で翻訳され、またイギリスで1978年に出版されたパフィン版の挿絵がふんだんに使われている岩波少年文庫版が手渡しやすいでしょう。今回、久しぶりに読んで、深く掘り下げてみましたが、初めて読む子どもたちには、時を飛び越えるロマンティックな物語として、楽しめるのではないでしょうか。

(作成K・J)

東京子ども図書館から『ブックトークのきほん―21の事例つき』が出版されました


東京子ども図書館から『ブックトークの基本―21の事例つき』が出版されました。

近年ブックトークは、子どもたちに本を手渡す方法として、学校や公共図書館でさかんに行われるようになってきました。

すでに子どもたちの前で実践している方、これから取組みたいなと思っている方も多いのではないでしょうか。

この本では、「ブックトークの意義とその効果的方法」「ブックトークの歴史と実践のためのアドバイス」の2つの記事と、21の実践事例が掲載されていますので、

基本とおさえると同時に、ブックトークから広がる世界をたっぷり味わうことができます。ぜひ参考にしてみてください。

http://www.tcl.or.jp/pdf/invite/invite292.pdf (東京子ども図書館のホームページより

(作成T・I)

 

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速報:太田大八さんが亡くなられました


またお一人、子どもの本の世界で活躍され、たくさんの優れた作品を残された太田大八さんが8月2日に亡くなられたとの情報を得ました。97歳でいらしたそうです。

JBBY(日本国際児童図書評議会)からの情報なので速報としてお伝えします。また、本日絵本学会からも「太田大八さんのご逝去を悼んで」という声明が発表されました。(→こちら

太田大八さんは、1949年『うさぎときつねのちえくらべ』(羽田書店)で、絵本作家デビューし、130作の創作絵本と230作品の児童書の挿絵を手がけきました。

太田大八さんの絵本作りに関するインタビューが、「KUMONがうた・読み聞かせを応援 mi:te(ミーテ)」サイトに掲載されています。(→こちら

また絵本学会第7回大会の時のインタビュー「太田大八に聞く:なぜ絵本にこだわるか」は、絵本学会のサイトから読むことができます。(→こちら

代表作
『かさ』太田大八 文研出版 1975

この作品では、第18回児童福祉文化賞ほかを受賞しました。

 

『やまなしもぎ』平野直/再話 太田大八/画 福音館書店 1977

やまなしもぎ (日本傑作絵本シリーズ)
平野 直
福音館書店
1977-11-10
 
 この作品は、1977年国際アンデルセン賞優良作品に選定されています。
 

『ながさきくんち』太田大八 童心社 1980

ながさきくんち (日本のお祭り絵本)
太田 大八
童心社
2007-07
 
 この作品は、第12回講談社出版文化賞を受賞しました。
 

 

『だいちゃんとうみ』太田大八 福音館書店 1992 

この作品で、第15回絵本にっぽん賞を受賞しています。
(作成K・J)

オバマ大統領のスピーチが本になりました


2016年5月27日(金)に広島平和記念公園で語られたオバマ大統領のスピーチが、一冊の本になりポプラ社から出版されました。7月20日に出版されたこの本は、わずか1週間で第2刷になっています。

『オバマ大統領がヒロシマを訪れた日』広島テレビ放送/編 ポプラ社 2016/7/20

オバマ大統領がヒロシマを訪れた日[DVD付]
広島テレビ放送
ポプラ社
2016-07-20
 
 
 
 
歴史的にも大きな意味を持つ、現役のアメリカ大統領の訪問と、そこで語られた演説を記録し、後世に伝えていくためにと、広島テレビ放送が書籍化し、その映像のDVDとともに、こんなに早くに出版に漕ぎ着けられたということには、戦後71年が経ち、オバマ大統領が演説でも述べていたように「Someday the voice of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of August 6th,1945 must never fade. いつか、被爆者の声を聞けなく日がきます。しかし、1945年8月6日の朝の記憶を決して風化させてはなりません。」、つまり記録し、記憶に残すことの重要性の表れでしょう。 
オバマ大統領の演説を全文翻訳されたのは、広島市で一人出版社である「きじとら出版」の代表、小島明子さんです。小島さんは、オバマ大統領が若い世代に日本語で語りかけるならば、どのような言葉を選ぶだろうかと想像しながら、子どもたちに理解できる翻訳を心がけたとのことです。左ページに英語、右ページに日本語の対訳になっています。
 
また、小学校2年生の時に被爆した森重昭さんの手記も掲載されています。この方は、その後の生涯をかけて被爆者について調査を続けられました。とくに被爆して亡くなったアメリカ兵捕虜について調査をすすめ、ホワイトハウスにその事実を伝えてこられました。オバマ大統領の広島訪問の際に森さんを抱き寄せる姿は、ニュースを見た人々に感銘を与えました。
 
また外交ジャーナリストの手島龍一氏による解説も掲載されています。こちらは、テロリズムが横行し、また自国の利益だけを追求するナショナリズムの考え方が台頭している現在、このオバマ大統領のスピーチの持つ意味をわかりやすく解説してくれています。

ぜひ、小学校高学年からYA世代、また広く全ての年代の方に読んでいただきたい本として、ここで紹介いたします。

 

基本図書を読む28『注文の多い料理店』『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』宮沢賢治(8/4追記あり)


今年2016年が、宮沢賢治生誕120年であることを書き落としていましたので、追記します。宮沢賢治は1896年8月27日に岩手県花巻市で生まれました。花巻では宮沢賢治生誕120年記念事業として、ステントグラスのライトアップや花火、特別展など様々な催しが開かれるようです。   

宮沢賢治生誕120年ホームページ <http://www.kenji120.jp/index.html>

各地でも生誕120年を記念してイベントが開かれていますので、ぜひ図書館でも特集展示などを組んでみてはいかがでしょうか。

宮沢賢治は岩手県花巻市で生まれた詩人・童話作家です。その作品は教科書の教材としても多く扱われていますので、ほとんどの人がその名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。賢治は、37歳の若さで亡くなり、生前に出版されたのは、詩集『春と修羅』、童話集『注文の多い料理店』のみですが、死後評価され、その作品が広められました。農学校の教師を務めたり、「羅須地人協会」(らすちじんきょうかい)を設立して地域文化活動を試みたりもした人で、作品とともにその生き方や価値観も多くに人をひきつけています。賢治の作品は様々な形で出版されていますが、今回は岩波少年文庫の3冊『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』を中心に紹介します。

初の童話集『注文の多い料理店』の全作品と詩11編が収められています。山奥で迷った狩人が不思議な料理店に入り込む「注文の多い料理店」、一郎のもとに山ねこからどんぐりの裁判に来てくださいという手紙がくる「どんぐりと山ねこ」、でんしんばしらの軍隊が月夜に行進する「月夜のでんしんばしら」など、小学生でも楽しく読みながら独特の世界を味わえる作品が多くあります。賢治の描いた独特の挿絵も掲載されています。

銀河鉄道の夜 (岩波少年文庫(012))
宮沢 賢治
岩波書店
2000-12-18

 銀河鉄道にのって少年ジョバンニがカンパネラと天空を旅しながら様々なことを感じる「銀河鉄道の夜」、鳥の子を助けたうさぎのホモイが貝の火という美しい玉を手に入れますが、美しいままで持っていることができなかった「貝の火」など、幻想性に富んだ作品を中心に7編が収められています。

 

風の又三郎 (岩波少年文庫(011))
宮沢 賢治
岩波書店
2000-11-17

 9月の風の強い日に不思議な転校生がやってくる「風の又三郎」、雪の凍った日にきつねの小学校の幻燈会によばれる「雪渡り」、上手ではないセロ弾きのゴーシュのもとに動物たちがやってくる「セロ弾きのゴーシュ」など、岩手の郷土が豊かに描かれているものを中心に10編が収められています。

 

賢治の作品を読むと、自己犠牲の精神や独特の宗教観なども感じられ、よくわからないな、というところもありますが、不思議にその世界にひきこまれます。空に光る星々、野山で生活する動物たち、農村で暮らしている人々、ざしき童や山男などの普段は見えないもの、そういったものたちの営みがユーモアをもって描かれていて、その息遣いを感じることができます。その作品は、感性豊かな子ども時代に触れてほしいものであると同時に、大人になって読み返すと、また新たな不思議を味わえるような深みのあるものです。 

言葉の響きも独特で味わいがあります。「どっどど どどうど どどうど どどう」(「風の又三郎」)、「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン。(「かしわばやしの夜」)、など思わず声に出して読みたくなります。作品の中に、詩や歌が取り入れられているともあり、言葉で楽しさも味わうことができます。

また多くの画家が賢治の作品の挿絵を描いています。文章だけではイメージしにくいという子も、挿絵があることで親しみやすくなると思います。ぜひ賢治の作品の一つ一つと丁寧に向き合って描いたものを選んで手渡してあげてください。『セロひきゴーシュ』(茂田井武画 福音館書店 1966)、『雪わたり』(堀内誠一画 福音館書店 1969)、『水仙月の四日』(赤羽末吉画 福音館書店 1969)、などは、同じ作家の作品でもここまで風合いが違うのかと驚きますが、それぞれ作品世界の雰囲気を見事に描き出しています。

 

 

雪わたり (福音館創作童話シリーズ)
宮沢 賢治
福音館書店
1969-12-20
 
 
 
 
水仙月の四日
宮沢 賢治
創風社
1997-08
 
 
 

賢治は童話集『注文の多い料理店』の「序」に次のように記しており、賢治がどのようなことを考えて作品を描いたのか伝わってきます。

「 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。

 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおりに書いたまでです。

 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだが、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。

 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。」

(『注文の多い料理店 イーハトーブ童話集』  岩波書店 2000 P9~10)

子どもたちには賢治作品の楽しいところをたっぷり味わってもらうとともに、作品に触れることで、宮沢賢治という100年以上前に生まれた一人の人間に出会ってもらえればと思います。

(作成 I.S)

2016年6月、7月の新刊から


 6月、7月に出版された児童サービス向け出版物(絵本、児童書、ノンフィクション、YA向け、教育者・研究者向けなど)の中から、おすすめの本いくつかを紹介します。また、ここに紹介している本は、実際に手にして読み終えた中から選んでいます。すべての新刊本を購入して読むことはできませんが、教文館ナルニア国の新刊本コーナーにある本から選書し、購入し、読んで記事にしています。

 (なお、画像はブログ用Amazonアフィリエイトを使用しています。奥付の出版年月日とAmazon入荷日とちがって表示されることがあります。ご了承ください。)

 

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絵本

『みちくさしようよ!』はたこうしろう/作 奥山英治/作 ほるぷ出版 2016/6/24

はた こうしろう”
ほるぷ出版
2016-06-24
 
 2013年7月刊『むしとりにいこうよ!』(はたこうしろう/作)、2014年10月刊『ふゆのむしとり?!』(はたこうしろう/奥山英治共著)、2015年7月刊『いそあそびしようよ!』(はたこうしろう/奥山英治共著)に続く4冊目。おにいちゃんとの学校の帰り道。ほんの少しだけみちくさ、それは小さな冒険です。通学路の脇の畑で蝶の幼虫をみつけたり、桑の実を味わってみたり、アリの行列に驚嘆してみたり、神社の境内では葉っぱでひこうきを飛ばしたり・・・身近な自然の中に「!」をみつける目の大切さ、「?」と思う心の大切さを教えてくれます。ポケモンGOもいいけれど、身近な場所でちいさな発見をGet!できるといいですね。

 

『かぁかぁ もうもう』丹治匠/作 こぐま社 2016/6/24 

かぁかぁ もうもう
丹治 匠
こぐま社
2016-06-24
 
からすとうしが鳴き声自慢。お互いに自分のほうが上だといばってるうちは、どんどん大声になってとうとう喧嘩腰に。でもお互いの美しい声に耳を澄ますと・・・ことばは少ないけれど、鳴きわけしながら(!?)テンポよく、元気に読んであげたい1冊。最後はホッとして笑顔になれるおはなしです。

 

『あおのじかん』イザベル・シムレール/文・絵 石津ちひろ/訳 岩波書店 2016/6/28  

あおのじかん
イザベル・シムレール
岩波書店
2016-06-29
 
 一口に「あお」色といっても、実に多様だということを教えてくれる美しい絵本です。「おひさまがしずみ よるが やってくるまでの ひととき あたりは あおい いろに そまる―それが あおの じかん」。夜の闇が迫って来るまでの世界各地、山や湖、草原、海・・・いろいろな場所で息づく生き物たちを詩のように味わい深く、繊細な色彩と線で描き出しています。表紙見返しには32色の「あお」色が・・・「ふじいろ」、「ラベンダーいろ」、「あいいろ」はなんとなくわかりますが、「こなゆきいろ」「みずたまりいろ」「ふかいうみのいろ」など、初めて出会う「あお」色に、想像力をかきたてられます。
 
 
『セラフィナせんちょうになる』ロラン・ド・ブリュノフ/作 石津ちひろ/訳 BL出版 2016/6

ロラン・ド ブリュノフ
BL出版
2016-06

 とても洒落た色使いだと思ったらフランスの『ぞうのババール』の作者、ジャン・ド・ブリュノフの長男の作品です。ロランは、早世した父親のあとを継いで、ババールの作画を手がけていました。今回の作品は、昨年7月に出版された『キリンのセラフィナ』の続編です。1作目では夏休みにおばあちゃんのところへ出かけて行き、ともだちとおばあちゃんのためにケーキを焼こうとしていろんな失敗をしてしまうお話でしたが、今度はおばあちゃんちからヨットに乗ってともだちと一緒に家に帰っていく設定です。船長はセラフィナ。順調に航海していたと思ったら、いろんなハプニングが次々に起こって最後までドキドキしてしまいます。でも最後はホッと安心できる、そんなお話です。 

 

 『こうさぎとほしのどうくつ』わたりむつこ/作 でくねいく/絵 のら書店 2016/7

27863438_1こうさぎとほしのどうくつ [大型本]

わたり むつこ
のら書店
2016-07
 
わたりむつこさんの文章に出久根育さんが絵を描いた 『もりのおとぶくろ』(2010年4月刊)、そして『こうさぎと4ほんのマフラー』(2013年12月刊)に続く3冊目の絵本です。おばあちゃん思いのやさしい4ひきのうさぎのきょうだい。ともだちに誘われて、森の奥にあるどうくつ探検に出かけます。明かりを落として真っ暗になったとき、そこに見えたのは!・・・夏休みにちょうど読んであげたい、素敵な作品です。  
 

 『日本の川 あらかわ・すみだがわ』村松昭/作 偕成社 2016/7/7

 東京都の東部を流れる荒川そして隅田川。その源流から東京湾へ流れ込むまでを鳥瞰図で描きながら、沿岸の地勢の様子や名所などを案内してくれる作品です。この「日本の川」シリーズは、2008年1月発行の『たまがわ』にはじまり、『ちくごがわ』、『ちくまがわ・しなのがわ』、『よしのがわ』、『いしかりがわ』、『よどがわ』と続き、この本が7冊目となります。今回、この絵本を手に、Google MapとGoogle Earthで源流から東京湾まで辿ってみました。(本当は実地へ行って源流から歩いてみたいのですが・・・)そうすると、この絵本が正確であるだけでなく、子どもたちが興味を持つようなトピックスを取り上げていることがよくわかります。 

 
『なんでもないなつの日 「夏の夕ぐれ」』ウォルター・デ・ラ・メア/詩 カロリーナ・ラベイ/絵 海後礼子/訳 岩崎書店 2016/7/8
 
なんでもない なつの日 「夏の夕ぐれ」
ウォルター・デ・ラ・メア
岩崎書店
2016-07-08
 
 イギリスの詩人で児童文学作家、怪奇小説家でも知られているウォルター・デ・ラ・メアの短い詩が美しい絵本になりました。夏の太陽が傾き、夕日色にそまる農場の様子、家族は屋外で食卓を囲み、家畜たちもそれぞれに餌を食む・・・穏やかで静かなひとときを、心に残る色彩で描いてくれました。『ハロウィーンの星めぐり「夜に飛ぶものたち」』、『ホワイトクリスマス「雪」』に続くコンビの絵本です。 

 

『船を見にいく』アントニオ・コック/作 ルーカ・カインミ/絵 なかのじゅんこ/訳 きじとら出版 2016/7/11

船を見にいく
アントニオ・コック
きじとら出版
2016-07-11

 力のある海外の作品を精力的に出版している一人出版社きじとら出版の最新刊です。大型客船を造っている造船所へ、毎晩見に行く少年の目を通して、完成に向けて変化していく大型船の様子と、そこで働く人々の息吹を伝えてくれます。この絵本は、いたばしボローニャ子ども絵本館主催の第22回いたばし国際絵本翻訳大賞(イタリア語部門)受賞作品です。

 

 『えのでんタンコロ』倉部今日子/作 偕成社 2016/7/14

えのでん タンコロ
倉部 今日子
偕成社
2016-07-14

鎌倉を訪れたことのある人は一度は乗ったことのある「江ノ電」。この絵本では、孫のしょうちゃんと一緒に江ノ電に乗っていたおじいちゃんが、子どもの頃に江ノ電で活躍していた1両編成の100形電車「タンコロ」の思い出を語り始めます。昭和30年代の沿線の様子が描かれ、絵本でタイムスリップできてしまいます。作者は、鎌倉、江ノ電沿線にお住まいなんだとか。電車好きな子どもにも、昔を懐かしむ大人にもおすすめの1冊です。
 

児童書

 『モンスーンの贈りもの』ミタリ・バーキンス/作 永瀬比奈/訳 今井ちひろ/挿画 鈴木出版 2016/6/24

 アメリカ、バークレーに住む15歳の高校生のジャスミンは、夏休みの間、家族とともにインド・ムンバイに滞在することになります。目的は、社会運動家である母親が、ムンバイにある孤児院に妊婦さん向けのクリニックを立ち上げるのを、手伝うためでした。カースト制の考え方が色濃く残り、貧しい女性の生き方が限定されがちなインドという異文化に身を置く中で、自分をみつめ、そこで自分がどのように人の役に立てるのか、懸命に考えるジャスミンの姿はとても力強くて爽やかです。また、高校生が起業して自分で必要なもののためにお金を稼ぐ姿や、貧しい人でも起業できるようにする金利0のリボルビング・ローンの活用など、センチメンタルなだけでではない物語の展開は、現実を生きる若い世代の共感を呼ぶのではないでしょうか。

 

『アウシュヴィッツの図書係』アントニオ・G・イトゥルベ/著 小原京子/訳 集英社 2016/7/5 

アウシュヴィッツの図書係
アントニオ G イトゥルベ
集英社
2016-07-05

 人権剥奪の象徴のようなアウシュヴィッツ・ユダヤ人強制収容所の中に子どもたちを集めた学校があり、またその中に図書館があったなんて驚きです。戦後、生きて収容所を出ることができた図書係の少女に取材して書かれた作品です。本を持っているということが見つかれば射殺されかねないという過酷な環境の中で、8冊の「本」(どれもボロボロであったにもかかわらず)と、6冊の「生きた本」(先生たちが口述して伝える物語など)が、そこで生きる人々の希望の光となったというのです。「ディタは黙ったまま、今までに何本のマッチに火を点けてきただろうと思いめぐらした。(中略)ときには真っ暗闇のひどく辛い状況の中でも、本を開き、その世界に入り込むと灯りが灯った。彼女のちいさな図書館はマッチ箱だ。」(p312)主人公の少女ディタは、14歳。子ども時代に「本」の世界の持つ豊かさに出会っていたので、図書係という任務をやりとげることができたのです。ページを開くとびっしりと書かれた文字にひるみ、また強制収容所の酷い状況に読んでいて戦慄を覚えるのですが、ひたむきなディタの姿に希望を見出し、一気に読む進めることが出来ました。

 

 『もりモリさまの森』田島征三/作 さとうなおゆき/絵 理論社 2016/7

もりモリさまの森
田島 征三
理論社
2016-07

『やまからにげてきた・ゴミをぽいぽい』(童心社 1993)や、『たすけて』(宮入芳雄、さとうあきら/写真 童心社 1995)などの絵本で、環境問題について子ども達に投げかけてきた田島征三さんの初の童話です。理論社の編集者さんから、ぜひ読んでほしいとご案内をいただきました。「作者が20年かけて書き上げた初めての童話、人間の暮らしや行動をケモノの視点から見つめた視点が新鮮な作品」のとのことです。なお、田島征三さんのトーク&サイン会が8月30日(火)19:30~ジュンク堂池袋本店で、刊行記念講演会が8月31日(水)14:00~銀座・教文館ナルニア国ナルニアホールにて開催されます。

  

ノンフィクション

『宇宙人っているの?』長沼毅/著 吉田尚令/絵 金の星社 2016/6/21 

宇宙人っているの?
長沼 毅
金の星社
2016-06-21

 「ひとつの銀河は、およそ2000おく個の星でできているんだよ。宇宙には、その銀河が1000おく個いじょうあるんだ。」というプロローグから、おとうさんと子どもたちの会話が始まります。地球の環境から始まって太陽系、そしてその外へと次第に目線を広げながら、宇宙に存在する可能性がある生命体について、「この星に、もし宇宙人がいるとしたら、どんなすがたをしているだろう?」と、想像が広がっていきます。著者の長沼毅氏は広島大学大学院生物圏科学研究科の教授で、専門は深海生物学、微生物生態学、系統地理学です。その知識に裏付けられた想像上の宇宙生命体は、宇宙の広がりに興味を持つ子ども達に新鮮に映ることでしょう。50ページほどの絵本になっているので、低学年にもおすすめできそうです。

 

 その他

『あたらしい憲法草案のはなし』自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合 太郎次郎社エディタス 2016/6/22

あたらしい憲法草案のはなし
自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合
太郎次郎社エディタス
2016-07-02
 
2001年に童話屋から復刻出版された『あたらしい憲法のはなし』(童話屋編集部 2001)と比較しながら読めるように、装丁などを似せて出版された冊子です。今年から18歳選挙も始まり、参院選では改憲を肯定的に進めようとしている勢力が3分の2を超え、日本国憲法をこれからどうしていくのか、考えていく時期に入ってきました。改憲への考え方も、各党さまざまです。賛成するにしても、反対するにしても、今の憲法と、改正案とをしっかり比較研究することが大切です。とくにこれからこの国を担う若い世代に、関心をもってほしいと思います。『あたらしい憲法のはなし』といっしょに並べて、若い世代にぜひ手に取って欲しいなと思います。

 

『ねないこはわたし』せなけいこ/著 文藝春秋 2016/7/13

せな けいこ
文藝春秋
2016-07-13

 累計200万部と言われている『ねないこだれだ』(福音館書店 1969)の作者、せなけいこさんのエッセイです。『ねないこだれだ』と『にんじん』、『もじゃもじゃ』、『いやだいやだ』4冊でデビューしたせなさんは当時37才、2児のお母さん。『ねないこだれだ』は子どもを寝かしつけるしつけの絵本と誤解する向きもあるが、実はそうではないという告白からはじまるこの本には、せなワールドそのものが表現されています。また今まで公開されてこなかったデビュー作の原画もふんだんに紹介されています。小さい時にだれもが一度は読んでもらったこの絵本、最後はおばけになって飛んでいっちゃうというのでトラウマになったという話も聞きますが、このエッセイを読むとまた違った魅力を発見できるかもです。なお、8月31日まで銀座・教文館子どものほんの店ナルニア国の店内にてミニ原画展を開催中です。店内にはせなさんの画材道具などの展示もあります。また貼り絵で構成された原画は、絵本で見るのとは違った印象を受けます。ぜひお時間を作ってナルニア国へ行ってみてくださいね。 

 (作成K・J)

2016年5月、6月の新刊から(その2)(1冊追加あり)


 6月に出版された児童サービス向け出版物(絵本、児童書、ノンフィクション、YA向け、教育者・研究者向けなど)の中から、(その2)で幼年童話や長編の読物などを紹介します。また、ここに紹介している本は、実際に手にして読み終えた中から選んでいます。すべての新刊本を購入して読むことはできませんが、教文館ナルニア国の新刊本コーナーにある本から選書し、購入し、読んで記事にしています。

 (なお、画像はブログ用Amazonアフィリエイトを使用しています。奥付の出版年月日とAmazon入荷日とちがって表示されることがあります。ご了承ください。)

児童書

『カルペパー一家のおはなし』マリオン・アピントン/作 ルイス・スロボドキン/絵 清水真砂子/訳 瑞雲舎 2016/6/1

カルペパー一家のおはなし
マリオン・アピントン
瑞雲舎
2016-06-15
 

 デビーのお父さんが紙を切り抜いて作ってくれた紙の家に、紙人形の家族たち。ハンサムなおとうさんとエプロンをしたおかあさん、手をつないだままの4人の男の子、そして女の子も・・・ただしひとりだけ切り離されて3人の手をつないだ女の子とひとりの女の子も、器用にハサミで紙を切り出してくれました。デビーはこの一家に色を塗り「カルペパー一家」と名づけました。この紙人形の一家は人が見ていないと、その辺りを見回して冒険を始めます。紙人形たちが繰り広げる愉快なエピソードは、子どもたちを夢中にさせてくれることでしょう。私も紙人形遊びに夢中になっていた幼い頃を思い出して、楽しかったです。

 

『おめでたこぶたその3 サムのおしごと』アリソン・アトリー/作 すがはらひろくに/訳 やまわきゆりこ/絵 福音館書店 2016/6/5

サムのおしごと おめでたこぶたその3 (世界傑作童話シリーズ)
アリソン・アトリー
福音館書店
2016-06-01
 
 『チム・ラビットのぼうけん』などの著者、イギリスの代表的な児童文学者アリソン・アトリーのシリーズ「おめでたこぶた」の3が出版されました。このシリーズは全部で6冊ある「Sam pig」のお話集のうち、3冊目の「Sam Pig Goes to Market」(1941)、4冊目の「Sam Pig and Sally」(1942)、5冊目の「Sam Pig at The Circus」(1943)の中から全部で6つのおはなしが選んで掲載されています。こぶたの4兄弟のうち、末っ子サムの活躍する可愛らしいお話は、読んであげるのもいいし、一人読みの子どもたちにもおすすめできます。『ぐりとぐら』の山脇百合子さんの挿絵も、こどもたちには親しみが持てることでしょう。
 

 『きかせたがりやの魔女』岡田淳/作 はたこうしろう/挿絵 偕成社 2016/6

きかせたがりやの魔女
岡田 淳
偕成社
2016-06-09

 小学5年生のぼくが、ある雨の日の中休みに図工室へ急ぐ学校の階段踊り場で出会った不思議な女の人。その人は学校にいる魔女なんだという。その魔女の口癖は「いそがなくてもだいじょうぶ。〈学校の時間〉はとまってる。話をきいてくれるだけでいい。ふゆかいなことはおこらない。いやならいつでももとにもどれる。ひとこと、いやだといえばいい。それであんたは、教室にいる。」、そしていろんな学校の魔女や魔法使いの話を聞かせてくれるのです。この魔女、実は定年退職をし、たまたま知ったストーリーテリングのことを知り、これからは子どもにおはなしを聞かせようと決意した「聞かせたがり」の魔女だったのです。ひとつひとつのお話が面白く、その上はたこうしろうさんの挿絵が想像力をかきたててくれる素敵な作品です。小学校中学年から読めるお話です。

 

『せなか町から、ずっと』斉藤倫/作 junaida/イラスト 福音館書店 2016/6/20

せなか町から、ずっと (福音館創作童話シリーズ)せなか町から、ずっと (福音館創作童話シリーズ) [単行本]
斉藤 倫
福音館書店
2016-06-15

 2014年9月発行の『どろぼうのどろぼん』で児童文学者協会新人賞、小学館児童出版文化賞を受賞した斉藤倫さんの待望の新作です。空色と水色の間に漂っている大きなエイの背中に出来た「せなか町」で繰り広げられる不思議な7つの物語で構成される短編集です。このエイは空に輝く星に憧れて天空の昇り、海に叩きつけられた後、長く気を失って海を何百年と漂ううちに人々が住みつき、町が出来たのですが、とにかく不思議なことが起こるのです。そのひとつひとつがファンタジーなのに、どこかとても懐かしく感じられ、読み終わったあとに心にふんわりと温かなものが残る、そんなお話ばかりです。

 

 『古森のひみつ』ディーノ・ブッツァーティ/作 山村浩二/挿絵 岩波書店 2016/6/16 

古森のひみつ (岩波少年文庫)
ディーノ・ブッツァーティ
岩波書店
2016-06-17
 

 第二次世界大戦前後にイタリアで活躍した作家、ディーノ・ブッツァーティの、児童向けのはじめての訳出作品です。北イタリア、ドロミティ・アルプスを舞台としたファンタジーです。樹齢数百年というモミの木がそびえる古森を遺産相続して所有することとなったブローコロ大佐が、森を伐採し始めるところから物語は始まります。木の精ベルナルディや、風のマッティーオなど、人間以外の登場人物の名前とその役割が頭に入るまでは少し読みにくいのですが、ブローコロ大佐が甥のベンヴェヌートを亡き者にしようと風のマッティーオと画策し始めるあたりから、ぐいぐいと物語の中に引き込まれていきます。人間と、自然、そして動物たちが交わり、物語を紡ぎ出していく中盤からは一気に読めてしまいました。挿絵は、絵本画家の山村浩二さん。不思議な物語にさらなる魅力を加えています。ブッツァーディの他の作品は『シチリアを制服したクマ王国の物語』(天沢退二郎/増山暁子/訳 福音館日曜文庫 2008)、『タタール人の砂漠』(脇功/訳 岩波文庫 2013)、『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』(脇功/訳 岩波文庫 2013)があります。

 

 ノンフィクション

『世界の化学者12ヶ月 絵で見る科学の歴史』かこさとし 偕成社 2016/6

世界の化学者12か月 絵で見る科学の歴史
かこ さとし
偕成社
2016-06-15

 

1月から12月までのその月に生まれた化学者の功績を2~3人ずつ紹介するとともに、紀元前から現代までの科学年表や、各月の花ごよみ、味めぐりも盛り込まれた欲張りな1冊です。ご高齢のかこさとしさんが新たに書き下ろされたのかと思ったら、1982年に出版された『『かがやく年月 化学のこよみ~化学の偉人と科学の歴史〜』の改訂版として、一部新しい知見を加えて出版されました。たくさんのことが網羅されており、調べ学習の入口、ヒント探しに使える1冊です。

 

 

 その他

『折々のうた 春夏秋冬・春』大岡信/選 童話屋 2016/6/17

折々のうた 春夏秋冬・春
大岡信
童話屋
2016-06-23

 

 

『折々のうた 春夏秋冬・夏』大岡信/選 童話屋 2016/6/17

折々のうた 春夏秋冬・夏
大岡信
童話屋
2016-06-23


 朝日新聞創刊100年を記念して始められ1979年1月25日から2007年3月31日まで、朝刊紙上で足掛け29年、6762回にわたって連載された200文字ほどの詩歌の鑑賞文「折々のうた」が、子どもたちにも手に取りやすいように童話屋から詩集として出版されました。短歌、俳句、漢詩、川柳などを古典から現代の作品まで、季節や時事問題に絡めて解説したアンソロロジーとなったおり、「春」は谷川俊太郎さんが、「夏」は工藤直子さんが解説しています。座右に置いて折々に眺めたい、そんな詩集です。

(作成K・J)

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