本に関する情報

東京子ども図書館から『ブックトークのきほん―21の事例つき』が出版されました
速報:太田大八さんが亡くなられました
オバマ大統領のスピーチが本になりました
基本図書を読む28『注文の多い料理店』『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』宮沢賢治(8/4追記あり)
2016年6月、7月の新刊から
2016年5月、6月の新刊から(その2)(1冊追加あり)
2016年5月、6月の新刊から(その1)
基本図書を読む27『ピーター・パンとウェンディ』J・M・バリー
訃報 灰島かりさん
基本図書を読む26『風と木の歌』 安房直子
2016年4月、5月の新刊から
訃報 末吉暁子さん
2016年3月、4月の新刊から
基本図書を読む25『ハイジ』ヨハンナ・シュピーリ
基本図書を読む24『ジャングル・ブック』 R・キップリング

東京子ども図書館から『ブックトークのきほん―21の事例つき』が出版されました


東京子ども図書館から『ブックトークの基本―21の事例つき』が出版されました。

近年ブックトークは、子どもたちに本を手渡す方法として、学校や公共図書館でさかんに行われるようになってきました。

すでに子どもたちの前で実践している方、これから取組みたいなと思っている方も多いのではないでしょうか。

この本では、「ブックトークの意義とその効果的方法」「ブックトークの歴史と実践のためのアドバイス」の2つの記事と、21の実践事例が掲載されていますので、

基本とおさえると同時に、ブックトークから広がる世界をたっぷり味わうことができます。ぜひ参考にしてみてください。

http://www.tcl.or.jp/pdf/invite/invite292.pdf (東京子ども図書館のホームページより

(作成T・I)

 

illust3237_thumb

 

速報:太田大八さんが亡くなられました


またお一人、子どもの本の世界で活躍され、たくさんの優れた作品を残された太田大八さんが8月2日に亡くなられたとの情報を得ました。97歳でいらしたそうです。

JBBY(日本国際児童図書評議会)からの情報なので速報としてお伝えします。また、本日絵本学会からも「太田大八さんのご逝去を悼んで」という声明が発表されました。(→こちら

太田大八さんは、1949年『うさぎときつねのちえくらべ』(羽田書店)で、絵本作家デビューし、130作の創作絵本と230作品の児童書の挿絵を手がけきました。

太田大八さんの絵本作りに関するインタビューが、「KUMONがうた・読み聞かせを応援 mi:te(ミーテ)」サイトに掲載されています。(→こちら

また絵本学会第7回大会の時のインタビュー「太田大八に聞く:なぜ絵本にこだわるか」は、絵本学会のサイトから読むことができます。(→こちら

代表作
『かさ』太田大八 文研出版 1975

この作品では、第18回児童福祉文化賞ほかを受賞しました。

 

『やまなしもぎ』平野直/再話 太田大八/画 福音館書店 1977

やまなしもぎ (日本傑作絵本シリーズ)
平野 直
福音館書店
1977-11-10
 
 この作品は、1977年国際アンデルセン賞優良作品に選定されています。
 

『ながさきくんち』太田大八 童心社 1980

ながさきくんち (日本のお祭り絵本)
太田 大八
童心社
2007-07
 
 この作品は、第12回講談社出版文化賞を受賞しました。
 

 

『だいちゃんとうみ』太田大八 福音館書店 1992 

この作品で、第15回絵本にっぽん賞を受賞しています。
(作成K・J)

オバマ大統領のスピーチが本になりました


2016年5月27日(金)に広島平和記念公園で語られたオバマ大統領のスピーチが、一冊の本になりポプラ社から出版されました。7月20日に出版されたこの本は、わずか1週間で第2刷になっています。

『オバマ大統領がヒロシマを訪れた日』広島テレビ放送/編 ポプラ社 2016/7/20

オバマ大統領がヒロシマを訪れた日[DVD付]
広島テレビ放送
ポプラ社
2016-07-20
 
 
 
 
歴史的にも大きな意味を持つ、現役のアメリカ大統領の訪問と、そこで語られた演説を記録し、後世に伝えていくためにと、広島テレビ放送が書籍化し、その映像のDVDとともに、こんなに早くに出版に漕ぎ着けられたということには、戦後71年が経ち、オバマ大統領が演説でも述べていたように「Someday the voice of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of August 6th,1945 must never fade. いつか、被爆者の声を聞けなく日がきます。しかし、1945年8月6日の朝の記憶を決して風化させてはなりません。」、つまり記録し、記憶に残すことの重要性の表れでしょう。 
オバマ大統領の演説を全文翻訳されたのは、広島市で一人出版社である「きじとら出版」の代表、小島明子さんです。小島さんは、オバマ大統領が若い世代に日本語で語りかけるならば、どのような言葉を選ぶだろうかと想像しながら、子どもたちに理解できる翻訳を心がけたとのことです。左ページに英語、右ページに日本語の対訳になっています。
 
また、小学校2年生の時に被爆した森重昭さんの手記も掲載されています。この方は、その後の生涯をかけて被爆者について調査を続けられました。とくに被爆して亡くなったアメリカ兵捕虜について調査をすすめ、ホワイトハウスにその事実を伝えてこられました。オバマ大統領の広島訪問の際に森さんを抱き寄せる姿は、ニュースを見た人々に感銘を与えました。
 
また外交ジャーナリストの手島龍一氏による解説も掲載されています。こちらは、テロリズムが横行し、また自国の利益だけを追求するナショナリズムの考え方が台頭している現在、このオバマ大統領のスピーチの持つ意味をわかりやすく解説してくれています。

ぜひ、小学校高学年からYA世代、また広く全ての年代の方に読んでいただきたい本として、ここで紹介いたします。

 

基本図書を読む28『注文の多い料理店』『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』宮沢賢治(8/4追記あり)


今年2016年が、宮沢賢治生誕120年であることを書き落としていましたので、追記します。宮沢賢治は1896年8月27日に岩手県花巻市で生まれました。花巻では宮沢賢治生誕120年記念事業として、ステントグラスのライトアップや花火、特別展など様々な催しが開かれるようです。   

宮沢賢治生誕120年ホームページ <http://www.kenji120.jp/index.html>

各地でも生誕120年を記念してイベントが開かれていますので、ぜひ図書館でも特集展示などを組んでみてはいかがでしょうか。

宮沢賢治は岩手県花巻市で生まれた詩人・童話作家です。その作品は教科書の教材としても多く扱われていますので、ほとんどの人がその名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。賢治は、37歳の若さで亡くなり、生前に出版されたのは、詩集『春と修羅』、童話集『注文の多い料理店』のみですが、死後評価され、その作品が広められました。農学校の教師を務めたり、「羅須地人協会」(らすちじんきょうかい)を設立して地域文化活動を試みたりもした人で、作品とともにその生き方や価値観も多くに人をひきつけています。賢治の作品は様々な形で出版されていますが、今回は岩波少年文庫の3冊『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』を中心に紹介します。

初の童話集『注文の多い料理店』の全作品と詩11編が収められています。山奥で迷った狩人が不思議な料理店に入り込む「注文の多い料理店」、一郎のもとに山ねこからどんぐりの裁判に来てくださいという手紙がくる「どんぐりと山ねこ」、でんしんばしらの軍隊が月夜に行進する「月夜のでんしんばしら」など、小学生でも楽しく読みながら独特の世界を味わえる作品が多くあります。賢治の描いた独特の挿絵も掲載されています。

銀河鉄道の夜 (岩波少年文庫(012))
宮沢 賢治
岩波書店
2000-12-18

 銀河鉄道にのって少年ジョバンニがカンパネラと天空を旅しながら様々なことを感じる「銀河鉄道の夜」、鳥の子を助けたうさぎのホモイが貝の火という美しい玉を手に入れますが、美しいままで持っていることができなかった「貝の火」など、幻想性に富んだ作品を中心に7編が収められています。

 

風の又三郎 (岩波少年文庫(011))
宮沢 賢治
岩波書店
2000-11-17

 9月の風の強い日に不思議な転校生がやってくる「風の又三郎」、雪の凍った日にきつねの小学校の幻燈会によばれる「雪渡り」、上手ではないセロ弾きのゴーシュのもとに動物たちがやってくる「セロ弾きのゴーシュ」など、岩手の郷土が豊かに描かれているものを中心に10編が収められています。

 

賢治の作品を読むと、自己犠牲の精神や独特の宗教観なども感じられ、よくわからないな、というところもありますが、不思議にその世界にひきこまれます。空に光る星々、野山で生活する動物たち、農村で暮らしている人々、ざしき童や山男などの普段は見えないもの、そういったものたちの営みがユーモアをもって描かれていて、その息遣いを感じることができます。その作品は、感性豊かな子ども時代に触れてほしいものであると同時に、大人になって読み返すと、また新たな不思議を味わえるような深みのあるものです。 

言葉の響きも独特で味わいがあります。「どっどど どどうど どどうど どどう」(「風の又三郎」)、「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン。(「かしわばやしの夜」)、など思わず声に出して読みたくなります。作品の中に、詩や歌が取り入れられているともあり、言葉で楽しさも味わうことができます。

また多くの画家が賢治の作品の挿絵を描いています。文章だけではイメージしにくいという子も、挿絵があることで親しみやすくなると思います。ぜひ賢治の作品の一つ一つと丁寧に向き合って描いたものを選んで手渡してあげてください。『セロひきゴーシュ』(茂田井武画 福音館書店 1966)、『雪わたり』(堀内誠一画 福音館書店 1969)、『水仙月の四日』(赤羽末吉画 福音館書店 1969)、などは、同じ作家の作品でもここまで風合いが違うのかと驚きますが、それぞれ作品世界の雰囲気を見事に描き出しています。

 

 

雪わたり (福音館創作童話シリーズ)
宮沢 賢治
福音館書店
1969-12-20
 
 
 
 
水仙月の四日
宮沢 賢治
創風社
1997-08
 
 
 

賢治は童話集『注文の多い料理店』の「序」に次のように記しており、賢治がどのようなことを考えて作品を描いたのか伝わってきます。

「 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。

 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおりに書いたまでです。

 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだが、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。

 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。」

(『注文の多い料理店 イーハトーブ童話集』  岩波書店 2000 P9~10)

子どもたちには賢治作品の楽しいところをたっぷり味わってもらうとともに、作品に触れることで、宮沢賢治という100年以上前に生まれた一人の人間に出会ってもらえればと思います。

(作成 I.S)

2016年6月、7月の新刊から


 6月、7月に出版された児童サービス向け出版物(絵本、児童書、ノンフィクション、YA向け、教育者・研究者向けなど)の中から、おすすめの本いくつかを紹介します。また、ここに紹介している本は、実際に手にして読み終えた中から選んでいます。すべての新刊本を購入して読むことはできませんが、教文館ナルニア国の新刊本コーナーにある本から選書し、購入し、読んで記事にしています。

 (なお、画像はブログ用Amazonアフィリエイトを使用しています。奥付の出版年月日とAmazon入荷日とちがって表示されることがあります。ご了承ください。)

 

********************

絵本

『みちくさしようよ!』はたこうしろう/作 奥山英治/作 ほるぷ出版 2016/6/24

はた こうしろう”
ほるぷ出版
2016-06-24
 
 2013年7月刊『むしとりにいこうよ!』(はたこうしろう/作)、2014年10月刊『ふゆのむしとり?!』(はたこうしろう/奥山英治共著)、2015年7月刊『いそあそびしようよ!』(はたこうしろう/奥山英治共著)に続く4冊目。おにいちゃんとの学校の帰り道。ほんの少しだけみちくさ、それは小さな冒険です。通学路の脇の畑で蝶の幼虫をみつけたり、桑の実を味わってみたり、アリの行列に驚嘆してみたり、神社の境内では葉っぱでひこうきを飛ばしたり・・・身近な自然の中に「!」をみつける目の大切さ、「?」と思う心の大切さを教えてくれます。ポケモンGOもいいけれど、身近な場所でちいさな発見をGet!できるといいですね。

 

『かぁかぁ もうもう』丹治匠/作 こぐま社 2016/6/24 

かぁかぁ もうもう
丹治 匠
こぐま社
2016-06-24
 
からすとうしが鳴き声自慢。お互いに自分のほうが上だといばってるうちは、どんどん大声になってとうとう喧嘩腰に。でもお互いの美しい声に耳を澄ますと・・・ことばは少ないけれど、鳴きわけしながら(!?)テンポよく、元気に読んであげたい1冊。最後はホッとして笑顔になれるおはなしです。

 

『あおのじかん』イザベル・シムレール/文・絵 石津ちひろ/訳 岩波書店 2016/6/28  

あおのじかん
イザベル・シムレール
岩波書店
2016-06-29
 
 一口に「あお」色といっても、実に多様だということを教えてくれる美しい絵本です。「おひさまがしずみ よるが やってくるまでの ひととき あたりは あおい いろに そまる―それが あおの じかん」。夜の闇が迫って来るまでの世界各地、山や湖、草原、海・・・いろいろな場所で息づく生き物たちを詩のように味わい深く、繊細な色彩と線で描き出しています。表紙見返しには32色の「あお」色が・・・「ふじいろ」、「ラベンダーいろ」、「あいいろ」はなんとなくわかりますが、「こなゆきいろ」「みずたまりいろ」「ふかいうみのいろ」など、初めて出会う「あお」色に、想像力をかきたてられます。
 
 
『セラフィナせんちょうになる』ロラン・ド・ブリュノフ/作 石津ちひろ/訳 BL出版 2016/6

ロラン・ド ブリュノフ
BL出版
2016-06

 とても洒落た色使いだと思ったらフランスの『ぞうのババール』の作者、ジャン・ド・ブリュノフの長男の作品です。ロランは、早世した父親のあとを継いで、ババールの作画を手がけていました。今回の作品は、昨年7月に出版された『キリンのセラフィナ』の続編です。1作目では夏休みにおばあちゃんのところへ出かけて行き、ともだちとおばあちゃんのためにケーキを焼こうとしていろんな失敗をしてしまうお話でしたが、今度はおばあちゃんちからヨットに乗ってともだちと一緒に家に帰っていく設定です。船長はセラフィナ。順調に航海していたと思ったら、いろんなハプニングが次々に起こって最後までドキドキしてしまいます。でも最後はホッと安心できる、そんなお話です。 

 

 『こうさぎとほしのどうくつ』わたりむつこ/作 でくねいく/絵 のら書店 2016/7

27863438_1こうさぎとほしのどうくつ [大型本]

わたり むつこ
のら書店
2016-07
 
わたりむつこさんの文章に出久根育さんが絵を描いた 『もりのおとぶくろ』(2010年4月刊)、そして『こうさぎと4ほんのマフラー』(2013年12月刊)に続く3冊目の絵本です。おばあちゃん思いのやさしい4ひきのうさぎのきょうだい。ともだちに誘われて、森の奥にあるどうくつ探検に出かけます。明かりを落として真っ暗になったとき、そこに見えたのは!・・・夏休みにちょうど読んであげたい、素敵な作品です。  
 

 『日本の川 あらかわ・すみだがわ』村松昭/作 偕成社 2016/7/7

 東京都の東部を流れる荒川そして隅田川。その源流から東京湾へ流れ込むまでを鳥瞰図で描きながら、沿岸の地勢の様子や名所などを案内してくれる作品です。この「日本の川」シリーズは、2008年1月発行の『たまがわ』にはじまり、『ちくごがわ』、『ちくまがわ・しなのがわ』、『よしのがわ』、『いしかりがわ』、『よどがわ』と続き、この本が7冊目となります。今回、この絵本を手に、Google MapとGoogle Earthで源流から東京湾まで辿ってみました。(本当は実地へ行って源流から歩いてみたいのですが・・・)そうすると、この絵本が正確であるだけでなく、子どもたちが興味を持つようなトピックスを取り上げていることがよくわかります。 

 
『なんでもないなつの日 「夏の夕ぐれ」』ウォルター・デ・ラ・メア/詩 カロリーナ・ラベイ/絵 海後礼子/訳 岩崎書店 2016/7/8
 
なんでもない なつの日 「夏の夕ぐれ」
ウォルター・デ・ラ・メア
岩崎書店
2016-07-08
 
 イギリスの詩人で児童文学作家、怪奇小説家でも知られているウォルター・デ・ラ・メアの短い詩が美しい絵本になりました。夏の太陽が傾き、夕日色にそまる農場の様子、家族は屋外で食卓を囲み、家畜たちもそれぞれに餌を食む・・・穏やかで静かなひとときを、心に残る色彩で描いてくれました。『ハロウィーンの星めぐり「夜に飛ぶものたち」』、『ホワイトクリスマス「雪」』に続くコンビの絵本です。 

 

『船を見にいく』アントニオ・コック/作 ルーカ・カインミ/絵 なかのじゅんこ/訳 きじとら出版 2016/7/11

船を見にいく
アントニオ・コック
きじとら出版
2016-07-11

 力のある海外の作品を精力的に出版している一人出版社きじとら出版の最新刊です。大型客船を造っている造船所へ、毎晩見に行く少年の目を通して、完成に向けて変化していく大型船の様子と、そこで働く人々の息吹を伝えてくれます。この絵本は、いたばしボローニャ子ども絵本館主催の第22回いたばし国際絵本翻訳大賞(イタリア語部門)受賞作品です。

 

 『えのでんタンコロ』倉部今日子/作 偕成社 2016/7/14

えのでん タンコロ
倉部 今日子
偕成社
2016-07-14

鎌倉を訪れたことのある人は一度は乗ったことのある「江ノ電」。この絵本では、孫のしょうちゃんと一緒に江ノ電に乗っていたおじいちゃんが、子どもの頃に江ノ電で活躍していた1両編成の100形電車「タンコロ」の思い出を語り始めます。昭和30年代の沿線の様子が描かれ、絵本でタイムスリップできてしまいます。作者は、鎌倉、江ノ電沿線にお住まいなんだとか。電車好きな子どもにも、昔を懐かしむ大人にもおすすめの1冊です。
 

児童書

 『モンスーンの贈りもの』ミタリ・バーキンス/作 永瀬比奈/訳 今井ちひろ/挿画 鈴木出版 2016/6/24

 アメリカ、バークレーに住む15歳の高校生のジャスミンは、夏休みの間、家族とともにインド・ムンバイに滞在することになります。目的は、社会運動家である母親が、ムンバイにある孤児院に妊婦さん向けのクリニックを立ち上げるのを、手伝うためでした。カースト制の考え方が色濃く残り、貧しい女性の生き方が限定されがちなインドという異文化に身を置く中で、自分をみつめ、そこで自分がどのように人の役に立てるのか、懸命に考えるジャスミンの姿はとても力強くて爽やかです。また、高校生が起業して自分で必要なもののためにお金を稼ぐ姿や、貧しい人でも起業できるようにする金利0のリボルビング・ローンの活用など、センチメンタルなだけでではない物語の展開は、現実を生きる若い世代の共感を呼ぶのではないでしょうか。

 

『アウシュヴィッツの図書係』アントニオ・G・イトゥルベ/著 小原京子/訳 集英社 2016/7/5 

アウシュヴィッツの図書係
アントニオ G イトゥルベ
集英社
2016-07-05

 人権剥奪の象徴のようなアウシュヴィッツ・ユダヤ人強制収容所の中に子どもたちを集めた学校があり、またその中に図書館があったなんて驚きです。戦後、生きて収容所を出ることができた図書係の少女に取材して書かれた作品です。本を持っているということが見つかれば射殺されかねないという過酷な環境の中で、8冊の「本」(どれもボロボロであったにもかかわらず)と、6冊の「生きた本」(先生たちが口述して伝える物語など)が、そこで生きる人々の希望の光となったというのです。「ディタは黙ったまま、今までに何本のマッチに火を点けてきただろうと思いめぐらした。(中略)ときには真っ暗闇のひどく辛い状況の中でも、本を開き、その世界に入り込むと灯りが灯った。彼女のちいさな図書館はマッチ箱だ。」(p312)主人公の少女ディタは、14歳。子ども時代に「本」の世界の持つ豊かさに出会っていたので、図書係という任務をやりとげることができたのです。ページを開くとびっしりと書かれた文字にひるみ、また強制収容所の酷い状況に読んでいて戦慄を覚えるのですが、ひたむきなディタの姿に希望を見出し、一気に読む進めることが出来ました。

 

 『もりモリさまの森』田島征三/作 さとうなおゆき/絵 理論社 2016/7

もりモリさまの森
田島 征三
理論社
2016-07

『やまからにげてきた・ゴミをぽいぽい』(童心社 1993)や、『たすけて』(宮入芳雄、さとうあきら/写真 童心社 1995)などの絵本で、環境問題について子ども達に投げかけてきた田島征三さんの初の童話です。理論社の編集者さんから、ぜひ読んでほしいとご案内をいただきました。「作者が20年かけて書き上げた初めての童話、人間の暮らしや行動をケモノの視点から見つめた視点が新鮮な作品」のとのことです。なお、田島征三さんのトーク&サイン会が8月30日(火)19:30~ジュンク堂池袋本店で、刊行記念講演会が8月31日(水)14:00~銀座・教文館ナルニア国ナルニアホールにて開催されます。

  

ノンフィクション

『宇宙人っているの?』長沼毅/著 吉田尚令/絵 金の星社 2016/6/21 

宇宙人っているの?
長沼 毅
金の星社
2016-06-21

 「ひとつの銀河は、およそ2000おく個の星でできているんだよ。宇宙には、その銀河が1000おく個いじょうあるんだ。」というプロローグから、おとうさんと子どもたちの会話が始まります。地球の環境から始まって太陽系、そしてその外へと次第に目線を広げながら、宇宙に存在する可能性がある生命体について、「この星に、もし宇宙人がいるとしたら、どんなすがたをしているだろう?」と、想像が広がっていきます。著者の長沼毅氏は広島大学大学院生物圏科学研究科の教授で、専門は深海生物学、微生物生態学、系統地理学です。その知識に裏付けられた想像上の宇宙生命体は、宇宙の広がりに興味を持つ子ども達に新鮮に映ることでしょう。50ページほどの絵本になっているので、低学年にもおすすめできそうです。

 

 その他

『あたらしい憲法草案のはなし』自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合 太郎次郎社エディタス 2016/6/22

あたらしい憲法草案のはなし
自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合
太郎次郎社エディタス
2016-07-02
 
2001年に童話屋から復刻出版された『あたらしい憲法のはなし』(童話屋編集部 2001)と比較しながら読めるように、装丁などを似せて出版された冊子です。今年から18歳選挙も始まり、参院選では改憲を肯定的に進めようとしている勢力が3分の2を超え、日本国憲法をこれからどうしていくのか、考えていく時期に入ってきました。改憲への考え方も、各党さまざまです。賛成するにしても、反対するにしても、今の憲法と、改正案とをしっかり比較研究することが大切です。とくにこれからこの国を担う若い世代に、関心をもってほしいと思います。『あたらしい憲法のはなし』といっしょに並べて、若い世代にぜひ手に取って欲しいなと思います。

 

『ねないこはわたし』せなけいこ/著 文藝春秋 2016/7/13

せな けいこ
文藝春秋
2016-07-13

 累計200万部と言われている『ねないこだれだ』(福音館書店 1969)の作者、せなけいこさんのエッセイです。『ねないこだれだ』と『にんじん』、『もじゃもじゃ』、『いやだいやだ』4冊でデビューしたせなさんは当時37才、2児のお母さん。『ねないこだれだ』は子どもを寝かしつけるしつけの絵本と誤解する向きもあるが、実はそうではないという告白からはじまるこの本には、せなワールドそのものが表現されています。また今まで公開されてこなかったデビュー作の原画もふんだんに紹介されています。小さい時にだれもが一度は読んでもらったこの絵本、最後はおばけになって飛んでいっちゃうというのでトラウマになったという話も聞きますが、このエッセイを読むとまた違った魅力を発見できるかもです。なお、8月31日まで銀座・教文館子どものほんの店ナルニア国の店内にてミニ原画展を開催中です。店内にはせなさんの画材道具などの展示もあります。また貼り絵で構成された原画は、絵本で見るのとは違った印象を受けます。ぜひお時間を作ってナルニア国へ行ってみてくださいね。 

 (作成K・J)

2016年5月、6月の新刊から(その2)(1冊追加あり)


 6月に出版された児童サービス向け出版物(絵本、児童書、ノンフィクション、YA向け、教育者・研究者向けなど)の中から、(その2)で幼年童話や長編の読物などを紹介します。また、ここに紹介している本は、実際に手にして読み終えた中から選んでいます。すべての新刊本を購入して読むことはできませんが、教文館ナルニア国の新刊本コーナーにある本から選書し、購入し、読んで記事にしています。

 (なお、画像はブログ用Amazonアフィリエイトを使用しています。奥付の出版年月日とAmazon入荷日とちがって表示されることがあります。ご了承ください。)

児童書

『カルペパー一家のおはなし』マリオン・アピントン/作 ルイス・スロボドキン/絵 清水真砂子/訳 瑞雲舎 2016/6/1

カルペパー一家のおはなし
マリオン・アピントン
瑞雲舎
2016-06-15
 

 デビーのお父さんが紙を切り抜いて作ってくれた紙の家に、紙人形の家族たち。ハンサムなおとうさんとエプロンをしたおかあさん、手をつないだままの4人の男の子、そして女の子も・・・ただしひとりだけ切り離されて3人の手をつないだ女の子とひとりの女の子も、器用にハサミで紙を切り出してくれました。デビーはこの一家に色を塗り「カルペパー一家」と名づけました。この紙人形の一家は人が見ていないと、その辺りを見回して冒険を始めます。紙人形たちが繰り広げる愉快なエピソードは、子どもたちを夢中にさせてくれることでしょう。私も紙人形遊びに夢中になっていた幼い頃を思い出して、楽しかったです。

 

『おめでたこぶたその3 サムのおしごと』アリソン・アトリー/作 すがはらひろくに/訳 やまわきゆりこ/絵 福音館書店 2016/6/5

サムのおしごと おめでたこぶたその3 (世界傑作童話シリーズ)
アリソン・アトリー
福音館書店
2016-06-01
 
 『チム・ラビットのぼうけん』などの著者、イギリスの代表的な児童文学者アリソン・アトリーのシリーズ「おめでたこぶた」の3が出版されました。このシリーズは全部で6冊ある「Sam pig」のお話集のうち、3冊目の「Sam Pig Goes to Market」(1941)、4冊目の「Sam Pig and Sally」(1942)、5冊目の「Sam Pig at The Circus」(1943)の中から全部で6つのおはなしが選んで掲載されています。こぶたの4兄弟のうち、末っ子サムの活躍する可愛らしいお話は、読んであげるのもいいし、一人読みの子どもたちにもおすすめできます。『ぐりとぐら』の山脇百合子さんの挿絵も、こどもたちには親しみが持てることでしょう。
 

 『きかせたがりやの魔女』岡田淳/作 はたこうしろう/挿絵 偕成社 2016/6

きかせたがりやの魔女
岡田 淳
偕成社
2016-06-09

 小学5年生のぼくが、ある雨の日の中休みに図工室へ急ぐ学校の階段踊り場で出会った不思議な女の人。その人は学校にいる魔女なんだという。その魔女の口癖は「いそがなくてもだいじょうぶ。〈学校の時間〉はとまってる。話をきいてくれるだけでいい。ふゆかいなことはおこらない。いやならいつでももとにもどれる。ひとこと、いやだといえばいい。それであんたは、教室にいる。」、そしていろんな学校の魔女や魔法使いの話を聞かせてくれるのです。この魔女、実は定年退職をし、たまたま知ったストーリーテリングのことを知り、これからは子どもにおはなしを聞かせようと決意した「聞かせたがり」の魔女だったのです。ひとつひとつのお話が面白く、その上はたこうしろうさんの挿絵が想像力をかきたててくれる素敵な作品です。小学校中学年から読めるお話です。

 

『せなか町から、ずっと』斉藤倫/作 junaida/イラスト 福音館書店 2016/6/20

せなか町から、ずっと (福音館創作童話シリーズ)せなか町から、ずっと (福音館創作童話シリーズ) [単行本]
斉藤 倫
福音館書店
2016-06-15

 2014年9月発行の『どろぼうのどろぼん』で児童文学者協会新人賞、小学館児童出版文化賞を受賞した斉藤倫さんの待望の新作です。空色と水色の間に漂っている大きなエイの背中に出来た「せなか町」で繰り広げられる不思議な7つの物語で構成される短編集です。このエイは空に輝く星に憧れて天空の昇り、海に叩きつけられた後、長く気を失って海を何百年と漂ううちに人々が住みつき、町が出来たのですが、とにかく不思議なことが起こるのです。そのひとつひとつがファンタジーなのに、どこかとても懐かしく感じられ、読み終わったあとに心にふんわりと温かなものが残る、そんなお話ばかりです。

 

 『古森のひみつ』ディーノ・ブッツァーティ/作 山村浩二/挿絵 岩波書店 2016/6/16 

古森のひみつ (岩波少年文庫)
ディーノ・ブッツァーティ
岩波書店
2016-06-17
 

 第二次世界大戦前後にイタリアで活躍した作家、ディーノ・ブッツァーティの、児童向けのはじめての訳出作品です。北イタリア、ドロミティ・アルプスを舞台としたファンタジーです。樹齢数百年というモミの木がそびえる古森を遺産相続して所有することとなったブローコロ大佐が、森を伐採し始めるところから物語は始まります。木の精ベルナルディや、風のマッティーオなど、人間以外の登場人物の名前とその役割が頭に入るまでは少し読みにくいのですが、ブローコロ大佐が甥のベンヴェヌートを亡き者にしようと風のマッティーオと画策し始めるあたりから、ぐいぐいと物語の中に引き込まれていきます。人間と、自然、そして動物たちが交わり、物語を紡ぎ出していく中盤からは一気に読めてしまいました。挿絵は、絵本画家の山村浩二さん。不思議な物語にさらなる魅力を加えています。ブッツァーディの他の作品は『シチリアを制服したクマ王国の物語』(天沢退二郎/増山暁子/訳 福音館日曜文庫 2008)、『タタール人の砂漠』(脇功/訳 岩波文庫 2013)、『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』(脇功/訳 岩波文庫 2013)があります。

 

 ノンフィクション

『世界の化学者12ヶ月 絵で見る科学の歴史』かこさとし 偕成社 2016/6

世界の化学者12か月 絵で見る科学の歴史
かこ さとし
偕成社
2016-06-15

 

1月から12月までのその月に生まれた化学者の功績を2~3人ずつ紹介するとともに、紀元前から現代までの科学年表や、各月の花ごよみ、味めぐりも盛り込まれた欲張りな1冊です。ご高齢のかこさとしさんが新たに書き下ろされたのかと思ったら、1982年に出版された『『かがやく年月 化学のこよみ~化学の偉人と科学の歴史〜』の改訂版として、一部新しい知見を加えて出版されました。たくさんのことが網羅されており、調べ学習の入口、ヒント探しに使える1冊です。

 

 

 その他

『折々のうた 春夏秋冬・春』大岡信/選 童話屋 2016/6/17

折々のうた 春夏秋冬・春
大岡信
童話屋
2016-06-23

 

 

『折々のうた 春夏秋冬・夏』大岡信/選 童話屋 2016/6/17

折々のうた 春夏秋冬・夏
大岡信
童話屋
2016-06-23


 朝日新聞創刊100年を記念して始められ1979年1月25日から2007年3月31日まで、朝刊紙上で足掛け29年、6762回にわたって連載された200文字ほどの詩歌の鑑賞文「折々のうた」が、子どもたちにも手に取りやすいように童話屋から詩集として出版されました。短歌、俳句、漢詩、川柳などを古典から現代の作品まで、季節や時事問題に絡めて解説したアンソロロジーとなったおり、「春」は谷川俊太郎さんが、「夏」は工藤直子さんが解説しています。座右に置いて折々に眺めたい、そんな詩集です。

(作成K・J)

2016年5月、6月の新刊から(その1)


5月~6月に出版された児童サービス向け出版物(絵本、児童書、ノンフィクション、YA向け、教育者・研究者向けなど)の中から、(その1)では絵本のおすすめの本をいくつか紹介します。なお、ここに紹介している本は、実際に手にして読み終えた中から選んでいます。(その2)で幼年童話や長編の読物などを紹介します。(その2)のUPは6月末を予定しています。

(なお、画像はブログ用Amazonアフィリエイトを使用しています。奥付の出版年月日とAmazon入荷日とちがって表示されることがあります。ご了承ください。)

 【絵本】

『すずめくん どこでごはんたべるの?』たしろちさと 福音館書店 2016/05/15

 福音館書店ちいさなかがくのとも2008年4月号がハードカバーになりました。小さなすずめの目線で動物園の動物たちが描かれています。すずめは自分専用の餌場を持たない代わりに、いろんな動物たちから餌のおすそ分け(つまみ食い?)をもらっているのですね。カバにキツネにライオン、動物たちがどんな食事をしているかも知ることが出来ます。 

 

 『夜空をみあげよう』松村由利子/文 ジョン・シェリー/絵 福音館書店 2016/5/15 

夜空をみあげよう (福音館の科学シリーズ)
松村 由利子
福音館書店
2016-05-11

夏の夕方にベランダで洗濯物を取り込んでいて一番星をみつけたはるか。それがきっかけで家族中での夜空の観測が始まります。子どもたちが関心をもったことを一緒に探求しようとしてくれる両親の姿勢はとても素晴らしいと思います。この絵本は科学絵本ではないのですが、読み終わると夜空を見上げてみたくなる、そんな作品です。「8月のおはなし会☆おすすめプラン」のその2としても、今回取り入れてみました。(→夏の夜に

 

『わたしのこねこ』澤口たまみ/文 あずみ虫/絵 福音館書店 2016/5/20

わたしのこねこ (福音館の科学シリーズ)
澤口 たまみ
福音館書店
2016-05-18

福音館の科学シリーズとして出版されました。わたしのところにやってきた小さな黒ねこ。「くろ」と名付けた子猫と仲良くなるために、前から家にいる「トラ」とのやりとりを通してねこの気持ちを理解していきます。ねこの気持ちがわかって、どんどん仲良しになれると嬉しいですね。切り絵で描かれたねこの表情がとても可愛らしい作品です。

 

『ぺんぎんたいそう』齎藤槙/作 福音館書店 2016/6/5

ぺんぎんたいそう (0.1.2.えほん)
齋藤 槙
福音館書店
2016-06-01

「こどものとも0.1.2」の2013年10月号でとても好評だった作品がハードカバーになりました。赤ちゃん向けの絵本ですが、大きい子に読んであげても「おっ」という感じで、最後の「おしりをふって~ またあした」というところでニンマリします。赤ちゃん向けのおはなし会でも大活躍しそうな1冊です。こちらも「8月のおはなし会☆おすすめプラン」に取り入れました。(→夏のいちにち

 

『ぞうきばやしのすもうたいかい』広野多珂子/作 廣野研一/絵 福音館書店 2016/6/5

「こどものとも年少版」2012年7月号のハードカバー版です。ぞうきばやしの切り株の上で虫たちの相撲大会です。カナブンとタマムシの勝負ではカナブンが勝つのは順当なのですが、ダンゴムシとカマキリの勝負ではなんとダンゴムシの勝ち。その他にもいろいろな虫たちが勝負をします。意外な結果に子どもたちも喜ぶことでしょう。絵は写実的ですが、内容は科学絵本ではなく、小さな子どもたちにふさわしいおはなし絵本です。 

 

『みみずくのナイトとプードルのデイ』ロジャー・デュボアザン/作 安藤紀子/訳 ロクリン社 2016/6/1 

みみずくのナイトとプードルのデイ
ロジャー・デュボアザン
ロクリン社
2016-06-01

 みみずくのナイトとプードルのデイはひょんなことから仲良くなります。でも夜行性のナイトと、夜になると家に入れられてしまうデイはなかなか会うことが出来ません。お互いに餌を相手のねぐらに置いていくだけのすれ違いが続きます。そのうち夜になると台所のドア越しに会話をするようになります。「フーッ、フーッ、ホー」「ウー、ワァー、ワァー」という鳴き声で家の人は寝付けません。デイを地下室に閉じ込めると、鳴き交わす声はますます大きくなりました。すると子どものボブがひらめきます。それはみんなが幸せになれる解決策でした。読後感がとても爽やかで心温まる1冊です。

 

『ハワイ島のボンダンス』いわねあい/文 おおともやすお/絵 福音館書店 2016/6/10

 ハワイに住む日系人たちの間で長い間大切に伝統が守られている「ボンダンス」つまりは「盆踊り」について、詳しく調べた福音館の科学シリーズです。作者のいわね氏は、ハワイを訪れた際に一世紀以上前に移住した日系人が心の拠り所としてきたハマクア浄土院というお寺と出会い、日系人の歴史や生活について調査をするようになりました。この絵本では、小学生のマサルが、ハワイに嫁いだ姉を尋ねる祖母の旅に父親と共に同行し日系人の暮らしを初めて知るという設定です。マサルの目から見た「ボンダンス」の様子を描き、日系人の文化を理解する読物として読み応えがあります。

 『小さなサンと天の竜』チェン・ジャンホン/作 平岡敦/訳 徳間書店 2016/6/30 

小さなサンと 天の竜 (児童書)
チェン ジャンホン
徳間書店
2016-06-11
 
『ウェン王子とトラ』や『この世でいちばんすばらしい馬』、『ハスの花の精リアン』、『ロンと海からきた漁師』(いずれも平岡敦/訳 徳間書店)に続く、チェン・ジャンホンの絵本です。三つの高い山に囲まれた谷に小さな集落がありました。谷では、生活が不便であることから村人はみんな山を降りていましたが、まもなく赤ん坊が生まれる家族だけは谷に残ります。生まれてきた男の子はサンと名付けられすくすくと育ちます。サンはそのうち家族を手伝うようになり、険しい山の暮らしが年々辛くなる母親のために山を動かそうと思い立ちます。毎日、少しずつ、つるはしで山を削っていくサン。サンのひたむきな願いと努力は、ある時、不思議なおじいさんと出会うことで大きく動き出します。大胆で力強い絵が印象的です。
 
(作成K・J)

基本図書を読む27『ピーター・パンとウェンディ』J・M・バリー


ディズニーのアニメやミュージカルで誰もが知っている「ピーターパン」の原作を、読んだことがありますか?今回、紹介するのは石井桃子さんが1957年に岩波文庫のために訳出したものを、子どものために改訳した福音館書店版の『ピーター・パンとウェンディ』(石井桃子/訳 F・D・ベッドフォード/画 1979年)です。2003年に童話シリーズとして福音館文庫になっています。

 

 


 

この作品は、子ども向けに出版される前の1904年12月に「ピーター・パン―おとなにならない少年」という題の劇がでロンドンで上演されて好評を博し、1911年にその劇を本にして出版した「Peter and Wendy」を訳したものです。ジェイムズ・マシュー・バリーはこの作品で作家としての功績が認められ、1913年に準男爵に任じられました。

夢見がちな少女ウェンディは、ある夜、子ども部屋に忘れた自分の影を探しにやってきたピーター・パンと出会います。ピーターの影をウェンディが縫い付けてあげることろから、この物語は大きく動き出し、弟のジョンとマイケルを巻き込んでネヴァーランドへ飛んでいき、個性豊かな海賊フックとその一味や、インディアンたちと心躍る冒険を繰り広げるのです。初めてこの作品を読んだン十年前、妖精の粉の力を借りて夜空を飛んでいけるなんて、なんて素敵だろう、誰もが子どものままで居られるネヴァーランドがほんとうにあったらどれだけ楽しいだろうとわくわくしたことを思い出します。

ところでピーターの姓名であるパンといえば、『たのしい川べ』(ケネス・グレアム・作 石井桃子/訳 岩波書店 1963)(基本図書を読む②)に出てくるパンの神を思い出す人もいるでしょうか。迷子になったカワウソの子が葦の根元でパンの神に見守られている第7章「あかつきのパンの笛」は印象的です。パンとはギリシャ神話に出てくる半身半獣の牧神で、大勢の妖精とも関係があります。作者バリーはそこからピーターの姓をつけたのではと類推したのですが、それに関しては徳島大学の山内暁彦氏の研究「ピーター・パンと牧神「パン」」が大変興味深いので、ぜひご一読ください。(「Hyperion」59、15-32、2013 徳島大学 →こちら

今回、大人になって読み返して気がついたことがありました。迷子たちの家でのウェンディの役割などをみると女性に良妻賢母を求めていることや、フックが有名なパブリックスクールの卒業生でその伝統と正しい作法というものにこだわっている、つまりはそれに価値を置いているということでした。この作品が書かれのが1900年代初頭で、そうした古い価値観が一般的だったわけですが、子ども時代にはまったく気にならなかった部分が引っかかってしまったのは意外でした。それだけ大人の分別を持ってしまったということなのでしょう。だからこそ、この作品に妖精の力を信じることの出来る時代に出会ってほしいと思います。

この作品については、猪熊葉子氏は、『英米児童文学史』の中で「一八世紀末ローマン派の詩人たちは一様に子どものもつ人間的価値に目ざめ、子どもたちを生命や成長の象徴としてとらえた。そしてそのような児童像が徐々に一九世紀の人びとの意識にきざみつけられていったのだが、バリの時代にはそのような前向きの児童像がかなり変化をみせ、幼年時代は浮世の苦渋にたえねばならぬ大人たちの心理的エスケープの対象であると受けとられるようになってきていたのである。永遠の子どものままであれば、大人になる痛みにたえる必要はなく、いつまでも楽しく過ごすことができるからである。バリが成功したのは、そのように現実逃避したい欲求をもつ大人の代弁者となったからであった。」(瀬田貞二/猪熊葉子/神宮輝男/共著『英米児童文学史』 研究社 1971 p160)と、評論しています。

瀬田 貞二/猪熊葉子/渡辺茂男
研究社出版
1971-08-30
 
 
 
 
大人になることを拒み、いつまでも子どものままでいるピーター・パンに対して、17章「ウェンディが大きくなって」では、子どもたちはそれぞれに大人になっていきます。大人になったウェンディとピーターが再会するところでは、ウェンディがすでに結婚して母親になっていて一緒に飛んでいけないことを知ってピーターがショックを受けて泣くシーンがあります。そのかわり娘のジェインが代わりにネヴァーランドへ行くことになるのですが、このことは子ども時代に豊かに持っている空想する力、物語の中にどっぷりと入り込んで楽しむ力は、学校で勉強をし、社会の常識を身につけ、大人になっていく中で失われていくことを暗示しています。このシーンも子ども時代に読んだ時には、さほど気にならず、とにかくネヴァーランドの冒険の楽しさがのほうが心に強く残ったのですが、今回読み返してみると印象的でした。たとえ「現実逃避したい欲求をもつ大人の代弁者」のように評される作品でも、子ども時代に出会って読めば、それは不思議な不思議な冒険へ誘う妖精の粉です。何度も言うようですが、だからこそ子ども時代にぜひ読んでほしいと思います。
 

 なお、岩波少年文庫のほうは、『ジェインのもうふ』(アーサー・ミラー/作 アル・パーカー/絵 偕成社 1971年)や『ロバのロバちゃん』(ロジャー・デュボアザン/作 偕成社 1969年)を翻訳した厨川圭子さんが1954年に翻訳したものが、2000年に新版となって版を重ねています。今回、2冊を比べ読みしましたが、どちらも甲乙つけがたく思いました。

ピーター・パン (岩波少年文庫)
J.M. バリ
岩波書店
2000-11-17


 

 (作成K・J)

訃報 灰島かりさん


2016年6月14日午前4時過ぎに児童文学翻訳家で研究者の灰島かりさんがお亡くなりになりました。お連れ合いの鈴木晶氏がブログで公表しました。(→こちら

「2016年4月、5月の新刊から」で取り上げた『疾走した画家 ランドルフ・コールデコット』(レナード・S・マーカス著 BL出版)が遺作となりました。コールデコットの伝記として読みやすく、また美しいこの本の翻訳は、闘病と重なっていたのだと思うと、胸に迫るものがあります。

訳者あとがきに「翻訳出版にあたっては、訳者の都合で翻訳が長びいてしまった。村田真由美氏にはアシスタントとして活躍していただいた。また編集者である内田広実氏の忍耐なくしては、刊行は不可能だったことを記して感謝したい。」とあり、出版が間に合ってほんとうに良かったと思います。

心より哀悼の意を捧げます。

『疾走した画家 ランドルフ・コールデコット』レナード・Sマーカス/著 灰島かり/訳 BL出版 2016/5/1

レナード・S. マーカス
BL出版
2016-05
 
 
 
 
 
 
灰島かりさんの主な作品
 
 
絵本翻訳教室へようこそ
灰島 かり
研究社
2005-05
 
 
 

猫語のノート (ちくま文庫)
ポール ギャリコ
筑摩書房
2016-05-10
 
 
 
 
 
 

びくびくビリー (児童図書館・絵本の部屋)
アンソニー ブラウン
評論社
2006-09
 
 
 

とけいのあおくん (こどものとも絵本)
エリザベス・ロバーツ
福音館書店
2014-03-05
 

大森林の少年
キャスリン ラスキー
あすなろ書房
1999-11
 
 
 

 
 
 

絵本の絵を読む
ジェーン・ドゥーナン
玉川大学出版部
2013-03-14
 
 
 

メリサンド姫: むてきの算数! (おはなしメリーゴーラウンド)
E. ネズビット
小峰書店
2014-02-21
 
 
 
(作成K・J)

基本図書を読む26『風と木の歌』 安房直子


 安房直子さんは豊かな感性から、数々の美しい物語を生み出した日本の作家です。日常の生活のすぐそばにありそうなふしぎな世界をみせてくれます。今回紹介する『風と木の歌』は、安房さんの初めての短編集で、8つの物語が入っています。

 

 

 何編か紹介すると、きつねがそめてくれた指から懐かしいものがみえる「きつねの窓」、サンショウの木の中に住んでいる不思議な女の子の話「さんしょっ子」、目のみえない女の子に空や海の色をみせてあげる風の子の話「空色のゆりいす」、祭りの晩に100年もの寿命を村人に贈るカメの話「だれも知らない時間」、などがあります。『風と木の歌』というタイトルがぴったり合っていて、すぐそばにあるのに普段の感じ方では気づくことができないものが美しく描き出されています。

次の場面は、「空色のゆりいす」のなかで、風の子が女の子のお父さんに空色をわけてあげるところです。

 「きみ、ぼくはね、絵の具をわけてもらいにきたんだよ。」

 すると、男の子はすずしい目でわらいました。

 「だって、おじさん、空の色がほしいんでしょ。ほんとうの空色は空からもらうんだよ。」

 男の子は、もう一つのポケットから、まっ白いハンカチをとりだして、草の上にひろげました。それから、あのガラスのぼうを、お日さまにかざしました。

 すると、どうでしょう。白いハンカチの上に、小さな小さなにじがかかったではありませんか。

 「空色のゆりいす」(『風と木の歌』 P57)

 ハッとするほど美しい情景ですが、どこか素朴で親しみやすさもあります。まっ白なハンカチが緑の草の上にふわりと広がり、透明なガラスの棒にお日さまがあたって虹が浮かびあがる光景は、別世界に行って驚くというよりは、実際にも起こりそうです。安房さんの描くふしぎは私たちの身近にありそうで、自然にその世界に入っていくことができます。物語を読んだ子が、どうしてハンカチの上ににじがかかるのだろう(「空色のゆりいす」)どうして染めた指からなつかしいものが見えるのだろう(「きつねの窓」)、と、素直にふしぎがっている様子を何度か目にしました。日常の中にこそふしぎで美しいものがあるという大切なことをそっと伝えてくれる、ぜひ出会ってほしい物語です。

 安房直子さんは、日本女子大学国文科に在学中より山室静氏に師事し、「目白児童文学」や同人誌「海賊」を中心に作品を発表しました。「さんしょっ子」で日本児童文学者協会新人賞、『風と木の歌』では小学館文学賞を受賞するなど、多くの賞を受けています。「きつねの窓」は教科書にも掲載され、多くの人に親しまれました。偕成社より「安房直子コレクション」が全7巻で出版されており、主要作品71点とエッセイ40点余りが収録されています。第7巻には、作品目録、年譜も収録されています。

 

「童話と私」というエッセイで、安房さんは次のように書いています。

「私が、童話をこころざした動機を、ひとことで言うとしたら、私自身が、子どもの好きなものが大好きだからということになるでしょうか。つまり子どもが夢みたり、憧れたり信じたりするもの――小人とか、妖精とか、魔女……等々、この世の中には決してあるはずのない、それでいて、ひょっと、どこかにかくれているかもしれない、そういうものたちに、子どものころから憧れて、おとなになっても憧れつづけて、それで結局、そういう物語を書くようになったのです。」(『安房直子コレクション1 なくしてしまった魔法の時間』 安房直子 偕成社 2004』 p312)

  安房さんの作品は、幼いころ愛読したというグリム童話やアンデルセンの作品におそろしく感じるものがあるように、幸せな結末のものばかりではありません。優しくあたたかですが、命あるものの哀しさ、きびしさも根底に流れています。憧れを描きつつ、甘ったれっていない清々しい作品は、子どもから、思春期に入った子、そして大人になっても、ひきつけられるものがあり、愛され続けています。

(作成者 I.S)

2016年4月、5月の新刊から


4月~5月に出版された児童サービス向け出版物(絵本、児童書、ノンフィクション、YA向け、教育者・研究者向けなど)の中から、おすすめの本をいくつか紹介します。一部3月末に出版されているものも含まれています。なお、ここに紹介している本は、実際に手にして読み終えた中から選んでいます。長編やYA向けの本は、読了してからの紹介しますので、翌月以降になることもあります。

(なお、画像はブログ用Amazonアフィリエイトを使用しています。奥付の出版年月日とAmazon入荷日とちがって表示されることがあります。ご了承ください。)

**************

絵本

『こうまくん』きくちちき 大日本図書 2016/3/25

こうまくん
きくち ちき
大日本図書
2016-03
 
3月末に出版されていたきくちちきさんの最新刊です。先月、見落としていました。春を迎えて生命の力みなぎるままに走り回るこうまの表情が、大胆で流れるような筆致で描かれています。テンポよく読めて、爽快感を感じることができます。幼い子どもたちも、子ども時代はとにかく走り回って自分の好奇心をたっぷり満たして欲しいと願います。
 
 
『ねずみにぴったりののりもの』マリー・ホール・エッツ/作 こみやゆう/訳 好学社 2016/5/26 
ねずみにぴったりの のりもの
マリー・ホール・エッツ
好学社
2016-05-23
 
『もりのなか』など長く愛される作品の多いマリー・ホール・エッツ。1月にはこの絵本と同じこみやゆうさんの翻訳で、エッツがセツルメント活動に関わっていた時の実話をもとに、移民の子どもが懸命に字を覚えていく様子を描いた『ロベルトのてがみ』(好学社)も出版されました。それに続く訳出絵本でエッツの1964年の作品です。『もりのなか』ほかのエッツの絵本とは少し絵柄も構図も違っているので、最初は「ほんとにエッツの絵かしら?」と思ってしまいました。ねずみ一家が子供部屋でジョニーが出しっぱなしにしたのりもののおもちゃを発見。自分たちにぴったりと喜ぶのですが・・・色合いも含めて新しいエッツの絵本との出会いになることでしょう。
 
 
児童書
『くろグミ団は名探偵 カラス岩の宝物』ユリアン・プレス/作・絵 大社玲子/訳 岩波書店 2016/4/22


新刊をチェックしに通っている銀座教文館ナルニア国には「文字だけの本をずーっと読んでいくのが苦手な人も楽しく読める」とPOPに書いてあり、手に取りました。(ナルニア国ブログ記事→こちら)横書きで、見開きの左側が文章、右側は細かく描かれたイラストで、各ページに絵さがしが必ず入ってきます。文字を読むのを苦手とする小学校高学年の子達が図書室の後ろの方で『ウォーリーをさがせ』に夢中になっていたのを思い出します。ただ、単に絵さがしの本かというと、そうにはあらず、物語の方にもぐいぐい引き込まれていくという不思議な力を持っている作品です。なお岩波少年文庫から出ている『くろて団は名探偵』(ハンス・ユルゲン・プレス 岩波少年文庫 2010)に題名が似ており、そのパクリかしらと思いましたが、『くろて団・・・』の作者の息子の作品が、『くろグミ団は名探偵』です。まずは、読むのが苦手な子に、『くろグミ団・・・』を手渡しておいてから、読了後に『くろて団・・・』をそっと手渡してみるのもよいかもしれません。
 
 
『玉川百科 こども博物誌 動物のくらし』小原芳明/監修 高槻成紀/編 浅野文彦/絵 玉川大学出版部 2016/5/20
動物のくらし (玉川百科 こども博物誌)
玉川大学出版部
2016-05-19
 
 日本で初めて子どものための玉川児童百科辞典が出版されたのは1932年(昭和7年)のことでした。子どもが自学自習できるようにと時間をかけて編纂された子ども向け百科事典は、戦後も続けられてきました。その後1979年(昭和54年)に出版されたあとはしばらく更新がないままとなってきました。今年は玉川学園90周年を迎え、玉川百科こどもの博物誌の記念出版が始まりました。その第1巻が『動物のくらし』です。玉川百科こどもの博物誌について書かれたこちらのサイトにあるように、調べるというよりはむしろ読み通すことで対象を詳しく知っていくための本になっています。また自分でするフィールドワークや自由研究に対応できるように、巻末に読書案内と関連施設のリストが整備されているのもありがたいことです。全12巻刊行の予定。公共図書館や学校図書館にはぜひ置いておいてほしいシリーズです。
 
 
 
その他
『疾走した画家 ランドルフ・コールデコット』レナード・Sマーカス/著 灰島かり/訳 BL出版 2016/5/1
レナード・S. マーカス
BL出版
2016-05
 
アメリカの優れた絵本に贈られる「コールデコット賞」、その名前の由来となったランドルフ・コールデコットの生涯と、彼が子どもの本に果たした功績について、彼や、同時代を生きた画家たちの絵をふんだんに使って描いた絵本スタイルの本です。 著者はアメリカの児童文学を研究するレナード・マーカス氏。先日もJBBY主催のマーカス氏の講演会が開催されたところです。絵本の仕事をしていると「コールデコット」という名前は何度も何度も口にするのに、彼が15歳で銀行員として働いていたこと、その傍ら絵を描き続いけていたこと、26歳で銀行員をやめ、絵で食べていくと決意したこと、32歳の時『ジャックがたてた家』、『ジョン・ギルビンのこっけいな出来事』の2冊の絵本が出版されたこと、その後アメリカに新天地を求めて渡ったにも関わらず渡米直後に40歳を目前に病死してしまうことなど、初めて知ることが多くありました。短い生涯ではあったものの、「子どもに最良の本だけを提供することを使命としていた」1900年代初頭の熱心な公共図書館員によって「コールデコットの絵本はほかの絵本作家が見習うべき理想の芸術性を示していた。」(p59)として、彼の名を冠して名誉ある賞が作られたことは、ほんとうに素晴らしいことと思います。この本を読みながら、子どもたちに何をどう選んで手渡すべきか、再確認できたように思います。 
 
 
『わんぱく天国』佐藤さとる/著 岡本順/画 ゴブリン書房 2016/3
わんぱく天国
佐藤 さとる
ゴブリン書房
2016-03
 
『わんぱく天国』はこれまでいろいろなバージョンで出版されてきました。この作品は、作者があとがきで「さて、いままで何度か装いを替えて刊行している本作ですが、このたび若干の加筆と修正をおこないました。いわば決定版『わんぱく天国』です。」(p213)と記している通りです。昭和十年代の横須賀市を舞台に繰り広げられる子どもたちによる秘密の人力飛行機建造計画。知恵を出し合い、力を合わせて目的に向かっていく子どもたちの姿はとてもたくましい。今、こんなふうに大人の干渉を一切受けずに遊び倒す経験が出来る子は少ないだろうなと思いました。「生きる力の育成」「コミュニケーション能力を身につけさせる」と声高に叫ぶ教育関係者たちに、いやこうやって異年齢の子どもたちだけでしっかりと遊び倒せる時間と環境を子どもたちに取り戻すことが何より大切だと知ってほしいと願わずにいられません。
 
(作成K・J)
 

訃報 末吉暁子さん


児童文学作家の末吉暁子さんが5月28日にお亡くなりになりました。73歳だったそうです。(ニュース記事→こちら

私にとっては末吉暁子さんといえば『もりのかくれんぼう』(林明子/絵 偕成社 1978)の絵本、というくらいこの作品が大好きで、2011年5月に日本国際児童図書評議会(JBBY)からJBBY賞(画家賞)を林明子さんが受賞された際のパーティーでお二人が寄り添っていらしたことも、つい昨日のことのように思い出されます。

もりのかくれんぼう (日本の絵本)
末吉 暁子
偕成社
1978-11

 



また、多くの方にとっては、NHK教育放送(Eテレ)で放送されていた「ざわざわ森のがんこちゃん」が印象に残っているのではと思います。こちらの脚本も子ども向けの読物になっています。

ざわざわ森のがんこちゃん 学校へいくのいや
末吉 暁子
講談社
1998-02-19

 



『ぞくぞく村のおばけ』シリーズ(垂石真子/絵 あかね書房)は1989年から刊行がはじまり、昨年7月に刊行された『ぞくぞく村のランプの精ジンジン』が最新刊で、26年間で全18冊になっています。このシリーズは小学低学年の子にとても読みやすいシリーズですが、私が最も印象に残っているのは、このシリーズを末吉さんがペープサート人形劇に仕立てていらしたことでした。JBBYが主催する大崎での子どもの本の日フェスティバルで、ご自身が魔女の格好をして演じてくださったり、被災地を精力的に回って子どもたちに笑いを届けてくださっていました。

 

 

 

また、昨年7月に出版されたYA向けの作品『波のそこにも』(佐竹美保/挿絵 偕成社)は、平家物語をモチーフにした作品で、2008年に羽衣伝説をベースに書かれた作品『水のしろたえ』(丹地陽子/画 理論社)に続く歴史ファンタジーとして、読み応えのある作品でした。

波のそこにも
末吉 暁子
偕成社
2015-07-15


 多くの作品を残してくださった末吉暁子さんに心より哀悼の意をお捧げいたします。

(作成K・J)

2016年3月、4月の新刊から


3月に出版されたもののうち見落としていたものと、4月に出版された児童サービス向け出版物(絵本、児童書、ノンフィクション、YA向け、教育者・研究者向けなど)の中から、おすすめの本をいくつか紹介します。なお、ここに紹介している本は、実際に手にして読み終えた中から選んでいます。長編やYA向けの本は、読了してからの紹介しますので、翌月以降になることもあります。

(なお、画像はブログ用Amazonアフィリエイトを使用しています。奥付の出版年月日とAmazon入荷日とちがって表示されることがあります。ご了承ください。)

絵本

『きかんしゃボブ・ノブ』ルース・エインズワース/作 安徳瑛/画 上條由美子/訳 福音館書店 2016/3/5

きかんしゃ ホブ・ノブ (こどものとも絵本)
ルース・エインズワース
福音館書店
2016-03-02

『こすずめのぼうけん』『ちいさなろば』など小さなものへの優しい眼差しで溢れる作品を多く発表しているイギリスの女流作家ルース・エインズワースの絵本です。「こどものとも年中向き」1985年8月号がハードカバーになりました。きかんしゃホブノブに次々動物が乗り込んで遊園地へ遊びに行きます。トンネルを怖がる動物たちにホブノブは素敵な配慮もしてくれます。電車・汽車好きの子どもにはたまらない1冊でしょう。

 

『かくれんぼ 朝鮮半島のわらべうた』池貴巳子/文・絵 福音館書店 2016/3/10


かくれんぼ 朝鮮半島のわらべうた (日本傑作絵本シリーズ)

 

子どもたちの生活に密接な関係だった「わらべうた」。日本だけでなくさまざまな国で口承で伝わってきていますが、この絵本は朝鮮半島に伝わるわらべうたを子どもたちの素朴な表情の絵とともに紹介してくれています。池さんの描く絵はその柔らかいタッチと色合いが素敵で、とくに表紙は韓国の国花木槿(ムクゲ)の絵はこの絵本が持っている魅力をストレートに伝えています。

 

『バンブルアーディ』モーリス・センダック/作 さくまゆみこ/訳 偕成社 2016/4

バンブルアーディ
モーリス・センダック
偕成社
2016-04-13

『かいじゅうたちのいるところ』をはじめ、多くの子どもたちに愛される絵本を作り続けたモーリス・センダックが2012年に亡くなる前年の2011年に描いた作品です。ぶたのバンブルは9才までお誕生日のお祝いをしてもらったことがありませんでした。両親と死別しおばさんが引き取ってくれた今年こそ9才になるお祝いをしてもらえることに!でもバンブルはおばさんが予定していたよりも早い時間に仮装した友だちをご招待。ああ、子ども達だったら、こんな風に大騒ぎ出来たら嬉しいはず!(でもおとなにとっては大変)そんな子どもの側に立った絵本を最後にこうして残してくれたことに感謝したいと思う絵本です。

 

『路線バスしゅっぱつ!』鎌田歩/作 ランドセルブックス 福音館書店 2016/4/15

路線バスしゅっぱつ! (ランドセルブックス)
鎌田 歩
福音館書店
2016-04-13

福音館書店の小学校1、2年生を対象としたランドセルブックスシリーズの新しい1冊です。子どもだけで路線バスに乗って目的地へ行くだけでも、なんだかすごい冒険ですよね。そんなわくわくした気持ちが伝わってくる1冊です。またバスの構造や、運転台の細かな描写など、物語を楽しむだけでなく知識の絵本としても楽しめる1冊で2度美味しい本です。細い道路で、対向車と離合するところの絵などは、ハンドルワークとタイヤの動きも図で説明されていて、乗り物好きにはたまりません。絵本というよりは、自分で読み始めた子ども向けの本という出版社のくくりですが、絵がふんだんに使われていて、ページ数も32ページと少ないので絵本の範疇に入れて紹介しました。

『ねこどけい』岸田衿子/作 山脇百合子/絵 福音館書店 2016/4/25

ねこどけい (こどものとも絵本)
岸田 衿子
福音館書店
2016-04-20

こちらも『きかんしゃボブノブ』と同じく「こどものとも年中向き」からのハードカバー化された絵本です。2009年4月号として発行されたものです。岸田衿子さんは2011年4月に82歳で亡くなられていますから、ちょうど80歳の時の作品です。鳩時計の鳩と遊びたがって壊してしまう猫の「ねねこ」。ことちゃんは仕方なく時計屋さんに修理を頼みに行きました。すると時計屋さんは、修理するだけでなく素敵なものを作ってくれました。愛らしい「ねねこ」の姿は好奇心いっぱいの子ども達と重なります。

 

『小湊鐵道沿線の旅 出発進行!里山トロッコ列車』かこさとし/作 偕成社 2016/5/1

出発進行! 里山トロッコ列車 小湊鐵道沿線の旅
かこ さとし
偕成社
2016-04-23

小湊鐵道が観光用のトロッコ列車を走らせることになり、そのポスターに絵を描いてほしいと小湊鐵道の石川社長に依頼されたことが、この絵本の生まれるきっかけになりました。これは単なる絵本というよりは、沿線の自然環境や歴史などを織り込んだガイドブックのようです。たとえば昨年発見された77年前の逆転層(地球の南北を示す地磁気が現在と逆になっていて、地球の成り立ちについて貴重な資料となる地層、国際地質学会でチバニアンと名付けるよう審議中)のことや、1300年前の壬申の乱にまつわる伝説なども盛り込み、とても面白い内容となっています。春や秋は花見や紅葉狩り、夏にはキャンプやハイキングにトロッコ列車に乗って行ってみたくなりました。

児童書

『雨の日のせんたくやさん 森の小さなおはなし』にしなさちこ/作・絵 のら書店    2016/4/15

森の片隅で暮らす小さな生き物、かたつむりやからすにくまねずみ、しまりすにはりねずみ、ふくろうや虫たちが登場する短い物語が6つある本です。中には「まっくろ雪のこり」も登場。さあ、これは一体なんでしょう?私も最初は真っ黒な生き物かしら?「こり」っていう名前かしら?と思いながら読み進めると・・・意外な展開にびっくりすると同時に心がほっこりとするのでした。ひとつひとつのお話は短くて、字を読み始めた子どもたちが自分で読んだり、家族の人が一話ずつ読んであげるのにちょうど良い本です。この物語と絵はにしなさんが両方担当していますが、実は山梨県大月図書館の館長さん。図書館のおはなし会で朗読してあげても良いでしょう。

 

『日本全国ふしぎ案内2 菜の子ちゃんとカッパ石』富安陽子/作 YUJI/画 福音館書店 2016/4/25

富安陽子さんの「日本全国ふしぎ案内」シリーズの2巻目です。(1巻目は昨年3月に『菜の子ちゃんと龍の子』として出版されています)座敷童子のようにいつの間にかクラスにいて誰もが当然のように受け入れていて、けれども主人公の記憶にしか残っていない不思議な転校生の山田菜の子ちゃん。1では、奈良の吉野に伝わる伝説をベースにはぐれた龍の子を水神の祭りの日に天に昇らせようとしましたが、今回は平家が滅んだ壇ノ浦のある下関に伝わる河童伝説をベースに物語は展開していきます。いきなり今夜赤間神宮で行われるかっぱ評定までに、昔の洪水で流れてしまったかっぱ石をみつけて元の場所に置くというミッションに菜の子ちゃんと関わることになったトオル。いろんな助っ人が現れ、あれよあれよという間にミッション達成。なのに、どうも本当にあったことなのに、次の日には菜の子ちゃんの姿は学校にはなく・・・少し長いお話に挑戦したくなる2、3年生におすすめの不思議なお話です。

 

YA向け

『お金さえあればいい?子どもと考える経済のはなし』浜矩子/著 高畠純/絵 クレヨンハウス 2016/3

大人は知らない・子どもは知りたい! お金さえあればいい? 子どもと考える経済のはなし
浜 矩子
クレヨンハウス
2016-03-12

 

三菱総合研究所主任研究員として英国駐在事務所長などを務めたあと、同志社大学大学院で教授を務める浜矩子さんが、「お金はなんのためにあるのか」「お金はどうやってお金になるのか」など、子どもたちが抱くであろう疑問に明確に答えてくれる本です。経済学の父といわれるアダム・スミスは「経済とは基本的人権の上に成り立つ」と説いたとして、「本当の経済とは利益優先ではなく、人をしあわせにするための手段である」と明快に伝えてくれています。格差の広がる中で、幸福な生き方とはなんだろうと悩む若い世代にぜひ手渡したい1冊です。

 

『18歳からの民主主義』岩波新書編集部 岩波書店 2016/4/20

今年の夏の選挙から、選挙権の年齢が「18歳以上」に引き下げられます。ちょうど我が家の四番目、末っ子の世代が今年その年齢にあたります。区役所からは、ひとりひとりに「選挙権が与えられました。選挙に行きましょう。」という内容の書類も届きました。いよいよ現実になったんだなと実感しました。今回、初めて投票する権利を持つ若い世代に、その1票の持つ意味を先輩たち(憲法学者や社会学者、経済学者や作家、芸術家、活動家など)や同世代を代表するアイドルグループのメンバーなどが語りかけるように問う内容になっています。図もふんだんに取り入れ、横書きで読みやすくなっています。ぜひ多くの若い人たちに読んで欲しいと思います。

 

その他

『幼い子は微笑む』長田弘/詩 いせひでこ/絵 講談社 2016/2/15

出版されてすぐ手にしていたにもかかわらず、3月に紹介しそびれていた1冊です。昨年の5月に亡くなった長田弘さんの詩に、いせひでこさんが柔らかいタッチで絵を描きました。二人のコラボレーションは『最初の質問』に続いて2冊目。人が生まれて、人になっていく過程の、「微笑む」ことに焦点を当てた詩は、心にずんと響きます。「まだことばを知らないので、幼い子は微笑む。微笑むことしか知らないので、幼い子は微笑む もう微笑むことをしない人たちを見て、幼い子は微笑む。」大人になるにつれて、ことばを獲得するにつれて失っていくものの多さを詩人は、静かに見つめていたのだと、そしてそれは私自身に問われているのだと感じました。子ども向けというよりは、子どもと常に相対する大人にぜひ読んでほしい詩です。

 

『小さな本の大きな世界』長田弘/著 酒井駒子/画 クレヨンハウス 2016/4/8

小さな本の大きな世界
長田 弘
クレヨンハウス
2016-04-08
 
こちらも長田弘さんの本です。長田さんがこれまでに書き溜めてこられた「本にまつわるエッセイ」145篇がぎゅっと詰め込まれています(2004年4月~2015年5月まで東京新聞・中日新聞連載の「小さな本の大きな世界」と、2005年4月~2006年3月までUCカード会員誌『てんとう虫』連載の「子どもの本のまわりで」を一部修正して集めてあります)。童話や小説、絵本に随筆、図鑑に至るまで、長田さんの選んださまざまなジャンルの本への長田さんの想いが伝わってきます。この中にきっとあなたの大好きな作品もあるはずです。また、未読の作品は読んでみたくなります。絵は酒井駒子さん。こちらの原画展は現在クレヨンハウス東京店絵本売り場で見ることが出来ます。(2016年5月8日まで開催中。詳しくは→こちら

(作成K・J)

 

基本図書を読む25『ハイジ』ヨハンナ・シュピーリ


 
2014年4月から始まった「基本図書を読む」の連載は、二巡し三年目に入りました。これまでに24冊紹介してきましたが、いかがでしたか?
この連載は今年度も続けることにしました。どうぞお楽しみに! →「基本図書を読む」ページ →「基本図書を読む」1回目の投稿
 
25回目に取り上げるのは『ハイジ』(ヨハンナ・シュピーリ/作 矢川澄子/訳  福音館書店 1974 ほか)です。1880年(明治13年)と1881年(明治14年)にスイスの女流作家ヨハンナ・シュピーリが出版した『ハイジの修行時代と遍歴時代』と『ハイジは習ったことを使うことができる』の2冊が原作です。最初は匿名で上巻を出版しましたが、大変な好評を得て下巻は本名で出版しました。『ハイジ』は日本でも1920年(大正9年)に野上弥生子によって最初の翻訳本が家庭読物刊行会から出版され、これまでに抄訳を含め30通りほどの翻訳本が出されています。中には登場人物を日本名にした『楓物語』(山本憲美/訳 福音書館 1925年(大正14年))などもありました。
 
ハイジ (福音館古典童話シリーズ (13))
J・シュピーリ
福音館書店
1974-12-10
 
生まれてまもなく両親を相次いで失い母の妹デーテに育てられていた5歳になるハイジが、そのデーテに連れられてアルムの山を登っていくところから物語は始まります。デーテは新しい奉公先が決まったため、幼いハイジをアルムの山小屋で一人暮らす父方の祖父に預けに行ったのでした。ハイジはその天真爛漫で素直な心でアルプスの大自然に囲まれた祖父との生活にすぐに慣れ、その生活を楽しむようになります。
ところが3年後、叔母のデーテが再び現れ、フランクフルトのゼーゼマン家の身体の弱い令嬢クララの遊び相手として連れて行かれるのです。クララとはすぐに打ち解けるものの、ハイジは山の生活を恋しがり、心の病になってしまいます。その状況を知ったゼーゼマン氏はハイジをすぐにアルプスに戻すことを決意します。
フランクフルトでクララのおばあさんに、字を読むことと、神に祈ることを教えてもらったハイジは、村の人と断絶していたおじいさんを改心させ、またヤギ飼いのペーターの盲目のおばあさんに祈りの詩を読んであげて励まします。やがてクララがハイジ恋しさにアルプスの山小屋を訪れます。ところが二人の仲の良さに嫉妬したペーターがクララの車椅子を斜面から落として壊してしまうのです。しかし、それがきっかけでクララは自分の足で歩こうと決意し、ハイジとペーターの肩を借りて歩けるようになるシーンは何度読んでも感動的です。 物語は、クララの足の回復を知ったゼーゼマン氏がクララをスイス国内の旅行に誘い、ハイジとの再会を約束して別れる一方で、ゼーゼマン家の医者がハイジの後見人となることをアルムのおじいさんに約束するところで終わります。心優しく健気なハイジの成長の物語は、世界中の多くの人に愛されてきました。

ヨハンナ・シュピーリ(Spyriという姓は、スピリ、シュピリなどに訳されていますが、ここでは福音館書店の本に合わせてシュピーリと表記します)は、1827年スイスのチューリヒ湖南岸近い山村ヒルツェルで、医者である父ヨハン・ホイサーと牧師の娘である母メタ・ホイサーのもとに生まれました。25歳で弁護士ヨハン・ベルンハルト・シュピーリと結婚しました。シュピーリが初めて子どものための本を書いたのは44歳の時で、三作目にあたる『ハイジの修行時代と遍歴時代』は53歳の時の作品でした。
 
敬虔なキリスト教徒である両親に育てられたシュピーリの作品には、宗教的な側面が色濃く残っています。『アルプスの少女ハイジとともに―シュピーリの生涯』(高橋健二/著 彌生書房 1984年)に、「人間としてあくまで真理と真実を求めて力を尽くすが、究極は神にまかせるという謙虚さがシュピーリの作品を貫いている。」(上述の本 p80)と書いてあるとおり、それはクララのおばあさんがハイジに祈りを教える場面や、アルムのおじいさんの改心、嫉妬にかられたペーターの呵責の念を責めずに諭すクララのおばあさんの姿勢などに如実に表れています。
 
この物語が描かれた時代のスイスには、「自然に帰れ」と唱えた教育者のジャン・ジャック・ルソー(1712~1778)や、子どもたちの自立性を重んじ子どもたちが人間本来の成長を遂げられるよう大人は見守るべきだと解いた教育者ヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチ(1748~1827)の教育思想が広まっており、この作品にもそれが反映されています。
『アルプスの少女ハイジとともに―シュピーリの生涯』を書いた高橋健二は、「「自然に帰れ」というルソーの叫びにこだまするように、シュピーリは山の自然な生活の健康な美しさを飽かずに書いた。都会はしばしば、人の心身をゆがめ、むしばむのに反し、母なる自然は本来の人間を育てる。自分は全く大地の子で、栄養を大地から引き出す、と彼女は言っている。自然への帰依は神への帰依である。彼女の自然感情は神への思いに通じている。「ハイジ」は自然児の最も美しい賛歌である。」(p113)と、そのことをについて書いています。
 
日本では1974年にテレビアニメ化され多くのファンを得ました。その際、極力宗教色は排除され、またクララが歩き出すエピソードは、ペーターの嫉妬による車椅子の破壊ではなく別の物語に仕立てられています。アニメで見て「ハイジ」を知っているという方にも、ぜひ原作を読んで欲しいと思います。
 
なお、私は今回、福音館書店版と岩波少年文庫版で読みました。福音館書店の古典童話シリーズ(矢川澄子/訳 1974)は、1880年の初版本のために描かれたパウル・ハイの挿絵が使われています。福音館文庫として上下巻になったものもあります。一方、2003年に出版された岩波少年文庫は、上田真而子が現代の子どもたちに馴染むよう訳し直しており、字体も大きく、とても読みやすくなっています。こちらは本来は『ハイジの修行時代と遍歴時代』つまり上巻に含まれる「日曜日、教会の鐘が鳴ると」を、下巻の最初に持ってきています。これはひとつの物語として連続している「ハイジ」を1冊の本とみなし上下巻を、文章量で調節したからだとのこと。絵もシュピーリ没後100年記念にチューリヒで出版された本のために描かれたものを使っているとのことです。
 
『ハイジ』上・下 ヨハンナ・シュピリ/著 上田真而子/訳 岩波少年文庫 岩波書店 2003
ハイジ (上) (岩波少年文庫 (106))
ヨハンナ・シュピリ
岩波書店
2003-04-18

 

 

ハイジ (下) (岩波少年文庫 (107))
ヨハンナ・シュピリ
岩波書店
2003-04-18
 
 


 さて、「ハイジ」についての研究書や評論は少なく、その一方で「ハイジ」ゆかりの地を巡る紀行写真集は何冊か出版されています。それらの中から、再読のお供になるおすすめの何冊かを取り上げてみます。

『アルプスの少女ハイジとともに―シュピーリの生涯』高橋健二/著 彌生書房 1984

1972年にドイツ文学者高橋健二が最初に著した『シュピーリの生涯』を判型と字体を一回り大きくして再版されたものです。1969年にチューリヒにヨハンナ・シュピーリ財団を設立した篤志家フランツ・カスパー氏からの貴重な資料の提供を受けて書かれた本格的なシュピーリの伝記です。

 

『アルプスの少女ハイジ―スイスメルヘン紀行』高橋健二/監修 矢川澄子/文・訳 西森聡/写真 求龍堂 1992

高橋 健二
求龍堂
1992-12
 
シュピーリの伝記を著した高橋健二が監修し、福音館書店版の翻訳を手がけた矢川澄子の文章と、写真家西森聡の美しいアルプスの大自然の写真で、「ハイジ」の世界観を余すことなく伝えてくれるガイドブックです。巻末には高橋健二による簡単なシュピーリの略歴が書かれており、年譜と作品リストもあります。
 
 
『アルプスの少女ハイジの文化史』福田二郎/著 国文社 2010

アルプスの少女ハイジの文化史
福田 二郎
国文社
2010-09
 
 子ども時代にアニメで「ハイジ」に親しみ、大人になって原作を読みますます「ハイジ」のファンになったという欧米文学者である著者が、この作品の文化的な背景を宗教、歴史、社会問題にまで広げて紐解いてくれた解説書です。とても読みやすい文体で書かれていて、「ハイジ」についてより深く理解ができることでしょう。
 
 『ハイジ神話―世界を制服した「アルプスの少女」』ジャン=ミシェル・ヴィスメール/作 川島隆/訳 晃洋書房 2015
 
ハイジ神話―世界を征服した「アルプスの少女」
ジャン=ミシェル ヴィスメール
晃洋書房
2015-03-24
 
 2014年春のジュネーヴ国際ブックフェアでスイスの文学者である著者と翻訳者の川島隆が「ハイジ」を題材にシンポジウムを開催したご縁で、この研究書が翻訳されました。豊富な資料を下敷きに書かれたスイス人文学者の目から見たシュピーリの研究、「ハイジ神話」論、そして「日本のハイジ」と題して「日本人にとってのハイジ像」の分析もあり興味を引きます。
 
 (作成K・J)

基本図書を読む24『ジャングル・ブック』 R・キップリング


森の中で動物たちと共に暮らせたら、どんなに楽しいだろう? どんなわくわくしたことが待ち受けているのだろう?と、考えたことがある人は多いのではないでしょうか。

『ジャングル・ブック』(R・キプリング作 木島始訳 福音館書店 1979)は、.インドのジャングルでオオカミの子として育てられた少年モーグリの物語です。イギリスの作家ラディヤード・キップリングが書いた2冊の本『ザ・ジャングル・ブック』(1894)と『ザ・セカンド・ジャンブル・ブック』(1895)におさめられている15編からモーグリが主人公になっている8編が訳されています。

ジャングル・ブック (福音館古典童話シリーズ (23))
ジョセフ・ラドヤード・キップリング
福音館書店
1979-07-10

 

 

  トラが人間を襲ったことから、オオカミの巣穴にやってきた人間の赤ん坊モーグリは、動物たちの会議でジャングルの一員として認められ、クマのバルー、ヒョウのパギーラ、白蛇のカーなどジャングルの仲間からジャングルの掟を教わりながら、成長していきます。掟は、くさった枝と上部な枝をどう見分けるか、また自分の土地以外で狩りをするときはどうするか、など自然の見方からお互いの領域の守り方まで様々なものがあります。ジャングルは豊かな恵みががあると同時に厳しい掟があり、それを守らないものは生きていけないのです。

 やがてモーグリは、宿敵のトラであるシアカーンをやっつけ、ジャングルに侵入してきたドールと呼ばれる殺しやの赤犬たちを一掃するほど、モーグリは力、知恵、勇気をもつようになります。それでも、モーグリはジャングルのものにもなりきれず、人間にもなりきれず、動物と人間の間で苦しむことになるのです。オオカミの頭アケーラは、モーグリにこう言います。

「ずっと目をかけてやってた、おおかみっ子だが、おまえは、やっぱり人間だよ、ぼうや。

おまえは、人間なんだ、さもなけりゃ、おおかみなかまたちは、ドールを前にして、逃げてしまっていたところだ。

おれが助かったのは、おまえのおかげだ。いつか、おまえを、おれが助けてやったように、今日は、おまえが、おおかみなかまを助けてくれた。

おまえは、もう忘れてしまったのか? あらゆる借りは、すっかり支払われたぞ。

おまえのなかま、人間たちのところへ、もどっていくがいい。おれの目といっていいおまえ、もう一度いうが、狩りは、終わったのだ。

人間のなかまへ、かえっていくがいい。」(P410)

  野生で育ち、やがて人間の世界にもどっていくモーグリの一連の物語は、一人の英雄を思わせる神話のような力強さ、神秘さがあります。自然や生き物の姿が鮮やかに描かれており、光、風、匂い、音を生き生きと感じ、ジャングルの鼓動が伝わってきます。読み手は、モーグリと共に大地を走り、木にぶらさがり、巣穴で休み、時には飢えに苦しみ、ジャングルでの暮らしを体で感じることができるのです。同時に、ジャングルのものになりきれないモーグリのかなしみ、さみしさも伝わってきます。自分とは何なのか苦しみながらも、愛し育ててくれたものに支えられ、最後は一人で自分の道を選んでいくモーグリの姿は、自分の居場所を探ろうとしている若い人たちの共感も得ることと思います。

人間のもとに戻ろうとするモーグリに、クマのバルー、ヒョウのパキーラ、白蛇のカーの3匹がおくった詩は、次のようにしめくくられています。

「森と水と 風と木と

知恵と 力強さと 礼儀正しさと

ジャングルのありがたさ おもえとともに!」

(「三匹のうた」より P475)

   作者キップリングは今から150年前、インドのボンベイで生まれ、5歳までインドで育ちました。『ジャングル・ブック』の舞台はインドのジャングルで、インドをよく知っていたキプリングだからこそ、野生の自然の厳しさ、美しさを鮮明に書くことができたのでしょう。他にも、『少年キム』(三辺律子訳 岩波書店 2015)、『ゾウの鼻が長いわけ-キプリングのなぜなぜ話』(藤松玲子訳 岩波書店 2014)などがあります。『少年キム』は「本のこまど」の新刊情報「2015年11月、12月の新刊から」でも紹介されています。

少年キム(上) (岩波少年文庫)
ラドヤード・キプリング
岩波書店
2015-11-18

 

 

 

 

 モーグリの物語は多く訳されており、他にも『ジャンブル・ブック』(三辺律子訳 岩波書店 2015)、『ジャングル・ブック―オオカミ少年モウグリの物語〈第1部〉〈第2部〉』(金原瑞人訳 岩波書店 1990)などもあります。今回は、表現がわかりやすく、詩のような響きのある文体の木島始訳を選びました。

 

 平成27度の『基本図書を読む』でも、12回にわたって基本図書を紹介してきました。平成26年度に紹介したものと合わせると24冊になります。第1回の記事にも書きましたが、基本図書とは、長い間子どもに愛され、読み継がれてきた本を言います。時の試練を経ても色あせることがない、読書の喜びを与えてくれる本で、図書館の蔵書の核となっている本です。基本図書を読むことで、子どもたちが本質的にどんなものを求めているのか、質の高い作品とはどのようなものなのか、図書館員としてどのようなものを手渡していくべきかが、自ずとみえてきます。読むのに時間がかかる作品も多いのですが、読むに値する作品ばかりので、ぜひ1冊ずつでも実際に読んでみてください。『基本図書から学ぶ』は来年度も続けていく予定です。どうぞお楽しみに!

(作成T.S)

トップページに戻る